冷え症なきみへ
抱きかかえた彼女はまるで氷のように冷たかった。
僕は氷像なんて持ったことはないけれど、きっと持ったらこんな気持ちになるんだろうと、冷え切った心の隅でそんなことを考えた。

冷たくて、僕の体温で融けて、腕の中をすり抜けてしまいそうな。

「名無しさん、お願い、しっかりして…!」

掠れた声が静かな廊下に響いた。
一体僕は今どんな顔をしているのだろう、廊下の絵画たちが怪訝そうに僕を見ていた。

本来なら、きっとこんな取り乱すことはないし、こんな必死な声を出すこともない。
それは僕なりの矜持だったし、僕なりの強さだと思っていた。
だけど、そんなもの、もういらないから。

神様なんて信じちゃいなかった、だけど、もしも、そんな存在がいるというのなら。
どれだけ頭を垂れてもいい、だから、この子を助けてください。

冷え切った彼女の身体は、ピクリとも動かない。
僕の体温を奪って、腕の中で、その薄い唇を硬く閉じて。
…いつもそうだった、僕が話しかけたって、その唇は滅多に開かれることはなかったし、三日月のように歪められることもなかった。
でも、僕はそんな彼女が好きだった。

すき、なのに。

学校の、一番空に近い場所で、彼女は倒れていた。
外はもう真っ暗で、月はなくて、星だけが部屋中に散らばっていて。
床はまだうっすらと水が残っていて、天の川みたいだった。

その闇に身を委ねる様に、名無しさんは床に横たわっていた。
ローブも、セーターも脱がされ、水浸しになって。
震えることも忘れてしまったようで、ただ、そこに。
僕が慌てて駆け寄ると、波紋が広がって星は散り散りに消えていった。


走馬灯を見た気がした。
歩き慣れているはずの廊下が、長く、暗く、見えた。

目的の場所に着くと、ノックもせず、乱暴に扉を蹴り開けた。
今の僕の手は名無しさんを抱き、温める仕事をしているのだから、足を使う以外ない。

「マダム!いませんか!」
「いますよ!扉は足で開けるものではありません!…えぇ?リドルじゃあありませんか…?」

奥のほうから怪訝そうな声が聞こえる。
足で開けたせいで、扉が悲鳴を上げたので、それに関して怒っているのだろう。
そして、僕の姿を見て驚いたような顔をした。

普段の僕からは考えられないような行動だったからだろう。
でも、そんなことはどうだっていい。

「助けてください…!」

ああ、僕は今、どんな顔をしているんだろう。
マダムの顔に驚愕の色が、瞬時に広がった。

震える声を絞り出して、腕の中の名無しさんを強く抱きしめた。
夏場だって冷えていた彼女の身体は、氷のように硬直していて、ぎゅっと握り締めると砕けてしまいそうだった。



(まだ、伝えたいこともたくさんあったんだ)
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