2.
雪洞が途切れた先に橋の袂があった。袂の両脇には太い鳥居の柱があり、柱の脇には祠が並んでいる。紐は2つに別れて両脇の祠につながっている。
和泉守が先に鳥居の外に出て祠の傍に行った。薬研がそれに続き、歌仙が私たちを鳥居の前で止める。落ち着くまでちょっと待っていてくれるかい、とそういって。
清光と共に足を止めて待っていると、祠の下からひょっこりと藍色の狩衣が揺れた。

「戻ったぜ、じい様方」
「和泉!」
「おー、戻ったぜ。チカ、紐もらうぜ」
「あい、わかっている!」

――あれは三日月宗近なんだろうか。いや見た目も何もかも三日月宗近その人なのだけれど。
うちにも三日月宗近はいた。私の本丸は幸運にも始動から1年足らずで彼が来たのだ。
三日月宗近という太刀は老獪な刀で穏やかで、マイペース。お茶目な部分はあれどどちらかといえば千年という長い年月を生きただけのことはある、落ち着いた様子の刀剣。――のはずなのだが。演練でも三日月宗近は迷子にこそなれど、落ち着いていたと思う。

だがこの三日月宗近はどうだ。和泉守の姿を見るや否や飛付かん勢いでやってきて、にこにこと屈託なく笑う。その様子はまるで幼子だ。その手には五色の紐が握られている。
和泉守は三日月から紐を一本受け取って、自分のほうをと手繰る。手繰った紐は丁寧に折られて祠へ戻された。和泉守はそのまま本丸のほうへと戻っていき、そのあとに続くように歌仙も戻っていった。

「お疲れさん。よく戻った」
「おう。…お疲れさん」
「薬研がいてくれたからまだ、な。青江もいるし」

続いて祠のほうから出てきたのは鶴丸国永だ。彼の手には3本の紐があり、それらはまだ橋の先に続いている。先ほど薬研が持ってきて宗三が持って行った紐の端だ。こうして本丸側で刀剣たちが出陣した刀剣を待ってくれているというわけか。
若干鶴丸がくたびれて見えるのは、恐らくこの三日月宗近のせいだろう。その証拠に三日月宗近の狩衣と鶴丸の真っ白な装束には泥が撥ねたようなシミが、更に言えば鶴丸の袖には強く掴まれたらしい皺が寄っていた。
大倶利伽羅もそうだったが、ここの伊達刀は皆苦労性なのかもしれない。燭台切光忠が心配だ。

そのあとから続けてやってきたのはにっかり青江だ。彼はやはり怪しげな微笑みを湛えて立っている。彼はこちらをちらと見ただけで、すぐに視線を鶴丸のほうに向けた。

「流石に大変だろうからねえ――老老介護のことだよ?」
「っ」

私の隣で盛大に笑ってしまった清光は傷口を抑えてやめてよ!と悲痛そうに言っている。ちなみに大和守は大笑いしている。
そんな中何とか噴出さずにいられた自分を褒めたい。よそ様の青江のこととはいえ、笑うわそんなの。言い当て妙だ、確かにお互い千年を生きた鶴丸と三日月で老老介護。私が笑いを堪えているのに気付いているのか青江は満足げに微笑んだ。確信犯だ。
落ち着きなくひょこひょことしていた三日月はその様子を見てむすっと頬を膨らせた。皆が笑っているのに自分だけ仲間はずれにされたのが気に入らないのかもしれない。

笑っている大和守の傍までやってきた三日月は、彼の肩に凭れている清光をじっと覗き込む。その距離、ほぼゼロ。私もぎょっとしたし、さすがのに清光も驚きそのあと怯えたたように何さ、と警戒心をそのままに言う。
三日月は爺らしいほけほけとした暢気な笑みを浮かべたまま嬉しそうにしているばかりで、特に何か害を成すようなことはないようだ。青江も鶴丸も大和守も何も言わない。

「あなや、愛い子だなあ。初めて見る」
「え、なに。俺?主じゃなくて?」
「お前はなんというのだ?」
「…加州、加州清光だよ。新撰組の沖田くんの刀」
「そうかそうか。今日はよき日よな、新しいことを知ることができた故な!国広に報告せねば!」

ははは、と楽しそうに笑った三日月は当たりを見渡して国広はどこだ?と言い出した。出迎えに来ていたのに山姥切がいないことにも気づいていない上にいない理由も知らないらしい。
その上、この三日月宗近は清光を知らない。加州清光は珍しくない刀だ。初期刀にも選ばれている刀剣たちの中では有名な刀。それをここの三日月宗近は知らない。つまりはこの本丸に加州清光はいないということだ。そういえば大和守もそんなことを言っていた気がする。
ただ刀剣が同じ刀剣男士を認知していないというのは少しおかしい。少なくとも私の本丸で顕現した刀剣たちは所縁がなくともある程度知識として他の刀剣の名前くらいは知っていた。その理由はわからないが、少なくともこの様子だと確かにこの三日月宗近は介護が必須だ。

「はいはい、じいさん。落ち着いてね〜さ、行こうか」
「それがいいね。ふふ、もう準備万端だからね――手入れ部屋のことだよ?」

大和守が清光をのぞき込んでいた三日月を引き剥がして鶴丸の傍に戻す。鶴丸が困ったような顔で頼むから大人しくしていてくれよ、と三日月の狩衣の裾を掴んだ。三日月はうむ大人しくしているぞ、と満足げに笑っている。こんな扱いだが本刃は気にしていないらしい。

手入れ部屋に案内するからね、と青江が手招きする。大和守が清光の傍に戻って肩を貸してくれた。青江の傍まで行くと彼は私たちの手から紐を取って、やはり綺麗に畳んで祠に戻した。

「もう行ってしまうのか?」
「よしよし、チカ。君は鶴丸さんと一緒に国広の帰りを待っていてね。国広に報告をするんだろう?」
「そうだったな、あいわかった!」
「おいおい、連れて行ってくれよ」
「僕は客人のこともあるからね。大丈夫、あとで手の空いている子に声をかけておくから」

その場を離れようとすると三日月が寂しそうに声をかけてきた。先ほどから脳裏にちらついているのはご主人様大好きな甘えん坊のゴールデンレトリバーだ。青江の切り返しもこなれた様子で、まあ幼子を相手にするような感じだった。彼は幼子を斬った刀だけれど、幼子の相手は上手なようだった。

ちなみに立ち去ろうとした青江たちを絶望顔で引き止めたのは老老介護の鶴丸である。切実そうだったが青江はそれもバッサリと切り捨てる。ばっさり青江。
そのまますたすたと先に行ってしまうので慌てて後を追って、目の前に見えている大きな平屋建ての建物のほうへと進んだ。


大きな玄関は昔に私がいた本丸と少し作りが違っていた。私のところの玄関は言わなきゃ靴が散乱してごちゃごちゃとしていて、玄関を上がればすぐに廊下だったから余計に何だか狭苦しかった。その時はあまり気にしていなかったけれど、ここの玄関を見た今はそう思う。
ここの玄関は広々としている。敲きには靴が一つもなく、清掃が行き届いていて埃すらない。また座って靴を脱げるように広い段差があって、廊下は更にその上だ。廊下と玄関は曇りガラスの引き戸で区切られていて、一つのスペースとして確立されている。広い古民家やお寺にあるような作りだ。
そこから上がって、引き戸の先の左手が手入れ部屋だった。

「僕は鶴丸のところに遣いをやるから少しの間頼むよ、大和守」
「りょーかい。確か鯰尾が暇してるよ、今日」
「うーん。彼だと穴が開きそうだからやめておこうかな――鶴丸さんの胃にだよ」

鯰尾と鶴丸だと確かに庭に穴が開きそうだなと思っていたのにまさかの内臓のほうだった。二重の意味で笑った清光がまた傷口を抑えてしゃがみ込む。可哀想にうちの清光は笑いの沸点が低いから大変だ。
苦笑いしている青江は手入れ部屋から反対側に歩いていってしまった。
それを見送った大和守は、清光が一頻り笑い終わるのを待ってから手入れ部屋の戸を開ける。

「手入れ部屋は好きに使っていいってさ」
「――ここ、手入れ部屋なの?」
「そうだけど?ほらさっさと横になりなよ。重傷なんでしょ」

部屋の中は薄暗い。足元に雪洞、刀置きとして使われているだろう白いクッションが置かれた机にだけランプがついている。それ以外の明かりはなく、窓もないからとにかく暗い。
清光はこっち、と部屋の奥に進んでいく。夜目の効かない私はまだ目が慣れておらず、部屋の間取りが把握し切れていない。清光のちょっと待ってよ、という焦った声が部屋の奥から聞こえるが姿は見えない。
少しして目が慣れてくると、部屋の中にはラタンだろうか、植物で編まれたパーティションがあって部屋の奥が見えないようにされている。
部屋の右側に一定の間隔で置かれている雪洞を手掛かりに大和守と清光が消えたパーティションの向こう側をのぞき込む。そこは段差が設けられていて、布団が敷かれていた。清光はそこに寝かされていた。

「はい、これ。清光のね。じゃパパッと手入れしちゃて」

大和守が清光の本体を私に手渡して、そのままパーティションの手前に案内する。先ほど入って左手に見えていた机の上のクッションに清光を置く。大和守はええっと、確かここになどと言いながら壁際の棚をあさっている。そこにはいくらかの資源や打粉などが並んでいた。

「あったあった。これも使って」
「いいんですか?」
「うん。重傷だしさくっと治しちゃった方がいいよ」

大和守が持ってきたのは手伝い札だ。勝手に使っていいのかと思ったが、大和守が気にするなという。彼の言う通り、重傷の刀剣にとっては手入れですら負担になることがある。そのため早く重い症状だけを治すほうがいい場合があるのだ。今回はそれにあたる。
ただ本丸によっては手伝い札が貴重である場合もあるので遠慮しておこうかと思ったが、大和守はさっさと使いなよというので言葉に甘えることにした。

大きな傷を修復して、清光を磨き上げながら思う。この本丸は随分と改築に改築を重ねているようだ。先ほどのゲートの一件もそうだが、玄関や手入れ部屋、どれをとっても通常の本丸とは全く違う。本丸はもともとスタンダードモデルがあり、そこから改築増築は刀剣や審神者の意向と経済面を考えて、各々行っていくものだ。
この手入れ部屋は明らかに改築を終えている、スタンダードモデルの手入れ部屋には刀剣用の寝台などついていない。あるのは机と棚くらいなものだ。

清光の手入れは終わったので前田の手入れに移る。せっかくだしゆっくり直して、清光には少し眠っていてもらおう。10分くらいなら迷惑にもならないだろうし。本当ならここの審神者さんに早く挨拶をするべきなのだとは思うが、少しだけ許してほしい。
私は手入れの終わった清光を鞘に戻してからそっとクッションの上に置いて、机の傍にあったらしいラタンの椅子に腰かけていた大和守に声をかける。

「…大和守、ここって稼働してからどれくらいなの?」
「え?うーん、僕はここに来てからまだ2年くらいだからなあ…でも初期刀の山姥切がもう10年は顕現してるからそれくらいじゃない?」
「じゅ、10年!?それって大ベテランさんじゃ」
「うん。主はそれなりに名が通ってる人らしいよ。まあ滅多に外に出ないからあんまり実感わかないけど」

普段使う場所とはいえ、改築は増築の次にすることだ。大抵の審神者は増える刀剣たちの部屋や手入れ部屋の部屋数を増やす増築をまずする。そのあと、これまた大抵は決まって祈祷部屋を作ったり茶室を作ったりということに使われたりする。改築は更にそのあとに回されるうえに、大抵は審神者の執務室の警護をより強固にするとかそういうところに回されがちだ。うちがそうだった。
しかしこの本丸は手入れ部屋まで綺麗に改築されている。それを考えるとそれなりの年数が経っていると予測したが、まさか10年とは思いもよらなかった。
現在、本丸の平均稼働年数は3年程度といわれている。それ以上で10年未満を俗に中堅と呼び、それ以上はベテランと呼ばれる。私のところは稼働してちょうど3年だったからぎりぎり中堅といったところだ。

政府からの仕事も多かろうしきっと有名な人に違いないと思ったが、意外なことにそうでもないらしい。でもまあ確かにあのゲートではなかなか政府にも出向けないだろう。むしろどうやって行っているのか謎だ。

「とにかくうちは他と違うからさ。いろんな意味でね。まあでも悪くは――っ」

大和守はのんびりと話していたが、突然話を止めた。何だろうと小首を傾げたその瞬間、勢いよく手入れ部屋の戸が開かれた。それと同時に、私は大和守に組み敷かれる。

「伏せろ!」
「何事!?」
「きゃっ」

私の上に伏せた大和守の上を何かが飛んでいき、パーティションが破壊される。大きな音に飛び起きた清光が壊れたパーティションの上を走り、机の上の刀を手に取って部屋の奥を見据える。
部屋の奥、先ほどまで清光が横になっていた寝台の奥にゆらりと小柄な影が揺れている。どろりと濁った青の瞳がこちらを見た瞬間、言いようのない寒気に襲われた。ぞっとするくらいに冷たくておどろおどろしいモノが足元を漂っている。清光も私の上から退いた大和守も抜刀していて、それに立ち向かっている。
部屋の奥の影は、ゆらりと立ち上がってぼそぼそと何かを呟いていた。小さな声は徐々に私のほうへとにじり寄るように聞こえてくる。

「あなた、また来たんですか…?僕が何度追い払って追い払っても、来るんですね?ああ、もうまた殺さないといけないんですか、なんで来るんですか。なんで…僕らが幸せにしてるから?僕は幸せになっちゃいけないの?」

憎悪の籠った言葉たちが少し幼さを残すアルトテノールの声に乗ってこちらに飛んでくる。にくい、かなしい、くるしい、そんな混ぜこぜの感情が上から私の頭上にべちゃりと降ってきたような感覚。穢れだ、これは間違いなく穢れ。清浄であるはずの本丸では感じることなどなかったモノ。
それを刀剣男士が、末席とはいえ神である彼らが纏っているという事実が齎すのは。彼が堕ちているということだ。
影はなんでなんでと自分の身に降りかかる恐ろしいものに対して逃げるように頭を振る。幸せになりたいのに、そうなれずに苦しんだ神様。それがあの影の正体であることは確かだった。

「誰か来て!!誰だよ堀川から目を離した奴!!!」

大和守が焦ったように外に声を張ったので、私ははっとした。あの影は堀川国広。大和守の大声に反応もせず、堀川はじっとこちらを見ている。私が恐る恐る、彼の目をみた次の瞬間。

「堀川っ!」
「ころしてやる、今度こそ、ころさなきゃ」

大和守が彼の脇差を受け止めて、押し倒そうとしている。私はドッドッと早鐘を打つ胸を抑えた。一瞬のことで何もわからなかったが、目の前に堀川がいる。私を庇うように構えている清光の背に手を置いて、落ち着こうとするがうまくいかない。私に向けられたまっすぐすぎる殺気に、額から冷汗が流れ落ちる。気を抜けば倒れてしまいそうだった。
堀川の練度がそれなりに高いのか、大和守でも押し切れない。だとすれば清光でも押し切れない可能性が高い。その上、彼が飛び込んできたときに雪洞が倒れて火が消えてしまっているこの暗い手入れ部屋の中だ。脇差の彼のほうが有利に動けてしまう。

「ヒッ、」
「ころしてやる」

切迫した大和守と堀川だったが、私が呼吸を聞きつけて大和守を撥ね飛ばした。それを確認した清光が私を手入れ部屋の外に出すように押しのけて、刀を構える。尻餅をついた私の脇を小さな黒い影がさっと通り抜けていった。

「なんで邪魔するの!?なんで!?あいつが、あいつが傷つけたんだ、折ったんだ、僕の兼さんを――っ!」
「悪い、今落すからな」

発狂しているけれど、堀川の声は震えていて今にも泣いてしまいそうだった。堀川国広は和泉守の相棒で事あるごとに彼のあとを追いかけている。しょうがないななんて言いながら嬉しそうに彼の世話を焼く優しくて面倒見の良い刀だ。その彼が、ああも取り乱して堕ちかけるなんて、ただ事ではない。
先ほどまで大和守と鍔迫り合いをしていた堀川は今、小さな黒い影に抑え込まれて床に縫い付けられている。先ほど私の脇を通り抜けて行った、恐らくは短刀だ。短刀はぐ、と堀川の片手で首筋あたりを押さえつけ、足で右肩を抑えている。恐らくは失神させるために太い血管をふさいでいるのだと気づいたのは堀川の声がしなくなってからだった。

堀川が完全に気を失ったのを確認したらしい短刀は、何やら衣服から取り出して彼の脇差に張り付ける。すると堀川はあっという間に顕現を解かれ、ただのモノ言わぬ脇差になった。

「御客人、ほんっと悪かった、申し訳ない」
「不動行光――?」
「ああ。――とりあえず、こっから出るか。もう堀川は悪さできないから、安心してくれ」

どうやら飛び込んできた短刀は不動行光だったようだ。はきはきとした口調から、既に修行を終えているであろうことが見受けられる。はあああ、と長い息をついたのは大和守で不機嫌そうに不動のあとをついて外に出ていく。
私もそのあとを追おうとしたが、足に力を入れても立ち上がることができなかった。腰が抜けたらしい。それに気づいた清光が私を抱きかかえて外へ出た。

外には極姿の不動と鶯丸が立っていて、2振りともしゅんとした様子だった。

「すまん、俺が呼んだばかりに」
「いや、鶯の爺さまは悪くない。本当に悪かった、御客人。怖い思いをさせて」
「俺からも謝ろう、本当にすまなかった」

なんでこんなことになったのかと若干怒っている大和守が聞いたところによれば。もともと堀川の面倒を見ている不動が隣室の鶯丸に呼ばれた。その時、堀川は顕現を解いていたので大事には至らないだろうと5分ほど目を離したそうだ。そのあと自室に戻ったら堀川がいなかった。慌てて隣室の鶯丸と共に探していたところ、大和守の声を聞きつけたそうだ。
たった5分で顕現をして審神者である私を見つけて襲い掛かるとは、相当な執念だ。自分の主ではなくて私にというのが、またすごい。それだけの理性が残っているということだろうか。――恐らくほぼ堕ちているであろうに。

「――彼、堕ちかけてますよね」
「ああ。堀川はここに来たばかりだから、まだこっちに戻ってこられないんだ」

不動も鶯丸も堀川が堕ちかけていることに対しては何一つ驚いていないし、対処も素早かった。彼らは堀川がああなっていることを理解したうえで、この本丸にともにいることになる。
それにしても戻ってくる、とはどういうことだろうか。堕ちかけということは元に戻る可能性があるとそういっているのだろうか。そうだとしたら、楽観的過ぎる。一度堕ちた刀剣は元に戻らない。その記憶は神格を破壊し、刀剣男士という付喪神から祟神へと変貌させてしまう。その途中の堕ちかけの状態であったとしても、神格の一部が欠けるそうだからまっさらな堀川国広には戻れない。戻れたとしても相当の年月を要するはずだし、そのためには一度刀剣に戻って祈祷され続けないといけないと聞いたことがある。心のある人の身を持っている状態だとうまくいかないそうだが。
警戒心をあらわにしすぎたのか、鶯丸が困ったように微笑んだ。

「詳しいことはこれから主のところに行けば聞ける。――不動、堀川は責任をもって和泉守の元へ届けてくれ。俺はここの掃除をする」
「悪いな、じいさま。あとで俺もやるから!」

まあ気にするな、と鶯丸は不動の頭を撫でてめちゃくちゃになってしまっている手入れ部屋の中に入っていった。不動は堀川を握り締めて手入れ部屋とは逆方向に駆けていった。一人でやらせるのは可哀想なのではと思ったが、大和守はそのまま手入れ部屋から出て廊下の先へといってしまった。
手入れ部屋にはまだ前田がいる。彼も連れていかなくてはと思うが、まだ重症よりの中傷までしか直せておらず、持運ぶのはばかられる。どうしたものかと後ろ髪をひかれて手入れ部屋を振り返っていた。

「あと前田はまだ動かさない方がいい。俺が見ておくから審神者は主に会ってくるといい」

そんな様子に気づいたのか手入れ部屋の奥で若草色の瞳が優しげに細められた。気にしないで先に行ってくれと言われたので大和守を追いかけることにした。小走りで廊下を走ると水気の多い風が頬を撫でた。ふと視線を横にずらせば、太陽が反射して眩しかった。

「え、待って。この下って、池なの?」
「そ。うちの本丸は本殿含め、九割が大きな池の上に建ってるんだ。こっちから見るとあんまりだけど――反対側から見るとわかり易いかな。すごくきれいなんだ」
「ほんとだ、鯉が泳いでる」

渡殿の下がキラキラと反射しているので何かと思ったら水が張ってあった。慌てて周りを見てみると、渡殿だけではなく、今いた手入れ部屋のある建物の下も隣の建物の下も…すべての建物が水の上に建っている。どういう改築をしたらこうなるのだ。聞けば庭や畑は別途にあるので地面がないわけではないらしいが、圧倒的に水場が多い本丸なのだという。水は裏山から流れてきているものをそのまま貯めており、それは本丸の外――先ほど渡ってきた橋の下にある川と合流している。
大和守がいつかは水田を作りたいんだと目をキラキラさせていっていた。これだけ豊富な水資源があるならすぐにでも作れそうなものだけれど。
手入れ部屋と玄関のあった建物から伸びる渡殿の先は本殿と見られる背の高い建物の影に建っており、綺麗な池の姿が見られなくて少し残念だ。反対側、部屋の脇に掛けられている木札には資源部屋、鍛刀部屋と記載されていた。この建物にはこの二部屋しかなく、すぐにまた次の渡殿が見えた。

「この先が本殿。大広間とか主のいる執務室があるんだけど。ほら、あっち。綺麗でしょ」
「うっわあ」

渡殿を渡ると、前に立っている大和守のダンダラ模様の羽織が大きくはためき、目の前が一気に明るくなった。とても眩しくて綺麗も何も見えない。ただ、私の隣の清光は見えているらしく、感嘆の声を上げていた。

「主、平気?見える?」
「うん、なんとか――って、マジでか」

目が慣れてきたのでそっと瞼を押し上げると、そこには美しい湖があった。あるのだが、透明度が高すぎてないようにも見える。辛うじて日の光が湖面に反射しているから、そこに水があるのはわかるし、鯉が泳いでいるからわかるけど…湖ってここまで透明になるのだろうかと思うほど下の水草や苔がよく見える。ふらふらと欄干のほうへ向かって下の湖を見下ろすと所々深い青緑になっている部分が見えた。そこから水が湧いているのか、水面が常に揺らめている。
清光も目を丸くしてその風景に見入っていた。その様子を見ていた大和守が欄干に腰を掛けてにこにこ笑っている。

「すごいよ、ここ。なんか空気いいなとは思ってたけど――御神刀でも霊刀でもない俺でもわかるくらい清らかってやばくない?」
「うちの主、霊力が空気よりも水に溶けるタイプらしいよ。だからこうやってたくさん水を流しているんだって」

残念ながら私は穢れや清らかさとはとんと無縁な審神者で、そういった認知力がほぼない。私の刀剣は御神刀を除いた全員がそういうのに鈍感で、よく石切丸に怒られていたくらいだ。私はここが清らかかどうかはいまいちわからない。言われてみれば体が軽いような気がしないでもないレベルだが清光は何か確実に違うとわかっていたようだ。
それにしても水に溶けやすいタイプって薬じゃあるまいしと思ったが、清光がそれに対して感心した様子だったので本当にそうなのだろう。一般的な審神者は基本的に自分の霊力を空気中に垂れ流しの状態で、本丸にいる間は本丸の結界によってそれらが充満する。充満することで刀剣男士が暮らしやすく、また草木が育ちやすいなどの効力を示すらしい。ここの審神者はそれが空気よりも水のほうに流れやすいということだろうか。それはまた特殊なことである。
湖面から顔を上げると、湖の向こうの3階建ての建物の2階の欄干に誰かが座っているのが見えた。彼は手に細長い…煙管だろうか、を持っていてこちらを見ているようだった。残念ながら私の視力では刀剣男士の誰なのかわからない。
私の視線に気づいたらしい大和守が欄干に足をかけてその男士に手を振ると、彼もまたひらりと一度手を振り返してくれた。友好的な人のようだ。誰かと聞いたら同田貫だという。同田貫に煙管とは何だか渋い組み合わせだ。

「とりあえず行こっか」

大和守はのんびりそう言って欄干から降りて、また前を歩く。私たちもそのあとを追った。ふともう一度先ほどの2階の欄干をみると、そこにはもう同田貫の姿はなかった。


本殿の一番端、先ほどいた建物のすぐ脇に2階へ続く階段があった。
先程までいた手入れ部屋と玄関のある建物(初殿とここの人たちは呼んでいるそうだ)と直接つなげた方が楽だろうに、ここは直接つながっていないらしい。不思議な造りをしている。

「ここが執務室ね、ちょっと待ってて。ーー江雪、大和守安定だよ。客人を連れてきた」

2階についてすぐ左手に見事な杜若と川の襖絵描かれた襖があった。大和守はその前で私たちを座らせて、そのあと自分も綺麗に座した。ほんの少しだけ、それこそ深呼吸一回分くらいの間を空けてから大和守ははきはきと話し出した
襖絵は静かに閉ざされたままだったが、ややあって声が返ってきた。

「話は聞いている、入れ」
「あれ、長谷部。江雪は?」

こちらが開ける前に襖がそっと開いた。人が一人通れるかというくらいの隙間からこちらを除きこんでいたのはへし切長谷部だ。彼は私たちを見てから、立ちあがって襖を全て開けて中に入るように促した。私たちもそのまま中に入る。
部屋の中は文机が両脇に一つずつ、右手の文机には電源の落されたモニターとキーボードが置かれている。もう片方の文机には書類と万年筆、それから時計が置かれている。その他に各々の文机に一段低い卓袱台のようなものがついていて、そこにはマグカップやちょっとしたお菓子が盛られた小さな籠などか置かれている。OLのデスクみたいだ。
見慣れたジャージ姿の長谷部は困り顔で部屋の奥の襖を見ている。川面に撥ねる鯉の絵が描かれた襖はぴっちりと閉ざされている。

「主のところだ。ーー客人の前に姿を出すのを躊躇っていらっしゃるのを、な」
「あーなるほどね。どうするの?」
「流石にもう片を付けるだろうから少し待っていてくれ」

長谷部は肩をすくめて、左側の文机の前に座った。一応こちらを見ているから仕事を始めるつもりはないようだ。大和守が彼の目の前に座ってあらら、と苦笑いしている。どうやら彼らの主は人見知りか出不精からしい。大和守は襖の奥をじっと見て何も言わなくなってしまったので、部屋の中は静かになる。
静かにしていると襖の奥からは微かに人の声が聞こえるが、何を話しているかまでは聞き取れなかった。

「長谷部、僕もう行っていい?堀川が大暴れでさ、鶯さんが一人で片してるんだ」
「そうか。なら行って来い、鶯を働かせすぎるな」
「了解。じゃ、清光。あとは主と話すだけだから!」
「は?え、」

襖の方を見ていた大和守が徐にもぞもぞと右側の文机の卓袱台からお菓子を一掴みして、自分の袖の中に仕舞って立ち上がった。かと思えば、もう戻るという。清光が驚いている間に大和守はじゃあね!と手を振って風のように出て行ってしまった。
私も情報の処理に手間取っている。まず、鶯丸が働きすぎとはどういうことだ。彼は仕事をしないことに定評があり、どこの審神者も内番をさせるのに困る刀剣としてよく名前が上がるくらいだ。そういえば、先ほどであった鶯丸はあの手入れ部屋を片付けようと自発的に言っていたことを思い出す。あの時は堀川のことばかりが頭にあって気にならなかったが、よくよく考えてみればちょっと変だ。うちの鶯丸なら、堀川を探す方をやろうというだろう。そうすればあわよくばサボれるから。少なくともうちの彼は、自発的に片づけをしようなんて言うことはなかった。

「お二人に関してはおそらく俺がつくことになります。練度上限に達していないものをお付きにはできないので」
「ーーさっきみたいなことがあるから?」
「そうだ。これから説明があるが、この本丸には特殊な事情がある。それ故、人や練度の低い刀剣の一人歩きはご法度。客人ならばなおさらだ」

驚きでぼんやりしていた私を引きもどしたのは、長谷部だった。ここまで皆少し変わっている刀剣だと、もしや長谷部もそうなのではと思ってしまう。まあ彼は問題なく真面目な長谷部のようだが。長谷部が審神者である私に対しては敬語で、刀剣である清光に対しては普通に話し分けているところも彼らしい。
まだ開かぬ奥間の襖を背に長谷部は淡々と本丸内での規則について話し出した。特殊な事情と様々な刀剣から聞いているが、先ほどの堀川を見て何となく察しがついている。もしその予想が当たっているなら、確かに私たちには誰かしらついていた方がいい。
清光はまだ何か言いたげだったが、その後ろの襖が少しだけ開いたのを見てすぐに口をつぐんだ。

「お疲れのところお待たせしてしまい、申し訳ありません」
「ーーあなたがここの審神者様ですか」
「はい。大和国八○二番本丸、審神者の汀です」

奥の襖が控えめに開いて、小柄な人が姿を現した。その後ろには江雪左文字が控えている。小さく澄んだ声音は高く、女性であることが伺えた。
汀、と名乗ったこの本丸の主は私たちの前に座して、三つ指を着き一礼する。私も慌てて一礼した。

「初めまして。私は大和国三一四番本丸、三科と申します。このたびは私と加州清光、前田藤四郎を保護してくださり、ありがとうございます」
「いえ、当然のことですので」

顔を上げてください、と言われて顔を上げた。目の前に汀さんがいる。彼女の顔は全く伺えない、珍しいことに面布をしているからだ。
面布は審神者の中の一部、刀剣男士たちを本当の神様として扱う神職の審神者が発案したものだ。人である私たちが神である刀剣男士の御前に顔を晒すのは無礼にあたるという考えからできた。今は殆どそういった考えをする人はいない。刀剣男士のほうが主たる審神者にそのような対応をされると萎縮する傾向があったからだ。ただ、むろん今も面布を利用する審神者は確かにいる。
この本丸は非常に清浄なようだし、汀さんは何かそういった神職の方なのかもしれない。汀さんは淡々と職務に則った様子で受け応えをしているし、本職の可能性は高い。

「貴女方のことは私の担当に話を通してありますがーー私の本丸は見ての通り特殊本丸でして担当官の来訪は日時が定められており、それ以外では基本的にいらっしゃいません。幸いにも次の来訪が明後日でございますのでその際に貴女方の対処について話があるかと思います。それまではここでごゆるりとお過ごし頂ください」

汀さんは決められている文言を読み上げるように話している。イレギュラーなことなど何一つなく、ただ業務的に話していく。ただきちんとした担当官が明後日に来ることが決定しているというのは本当に良かった。肩の力を抜くことができた。来訪の日時が合わなかったら、この本丸で何日過ごすことになっていたのかなんて怖くて聞けない。終わりが見えれば、少しは楽になる。
自分のある程度の無事が確立したところで、私はずっと気になっていたことを問うことにした。失礼にあたるかもしれないが、気になるし。

「――特殊な事情というのはお伺いしてもよろしいことですか?」
「守秘義務はありませんので構いません」

きっぱりと言い切った汀さんに、私は拍子抜けした。もっとしぶられるかと思ったのだけれど、汀さんは気にしていないらしい。よかった、と思うと同時に後ろに座す江雪左文字がすっと切れ目をこちらに向けたので、ドキッとする。
彼は何を言うわけでもないが、咎めるような目をこちらに向けた。隣の清光もそれに気づいたようで、脇に置いていた自分の刀にそっと指先を滑らせている。江雪左文字はこちらを見るだけで何も言わないから何が起こるわけでもないし、汀さんに至ってはたぶん気づいてすらいないけれど。深入りするなという意味だろうか。でも汀さんは淡々と口を開く。

「結論から申し上げますと、ここは浄化特化本丸です。堕ちかけて神格を欠いてしまった刀剣の穢れを払い、その後刀解ないしは引継ぎをすることが私の仕事の一つです」

特化本丸。話には聞いたことがある。
審神者の一部には能力特化型という種類の人がいる。例えば極端に霊力が強いだとか結界術に長けるだとか戦闘能力が高いだとか、様々な能力を持つ審神者が存在するという。彼らはその能力を政府に買われて、通常任務のほかに特殊任務を担うことがあるそうだ。そういった特殊任務を担う審神者の中で、主に本丸内で力を発揮する審神者の運営する本丸を特化本丸と呼ぶ。
曰く、汀さんは生まれつき浄化の力に長けており、その力を本丸内に充満させることが可能らしい。私はそこでようやく気が付いた、大和守が主の霊力は水に溶けやすいといっていたのはこのことを言っていたのだ。この本丸に水が多いのは彼女の浄化の力を本丸中に行き届かせるためだということだろう。

「先ほど襲い掛かった堀川国広は1年前に刀剣の身でここにきて、つい3か月前に再顕現した方でして…再顕現した刀剣には必ず練度上限か極の刀剣を相方としてつけるのですが、今回はそれが一時的に機能しなかったようですね。偶にあることですが」
「ブラック本丸ですか」
「俗にそのように呼ばれる本丸からいらした方です」

つまり、先ほどやってきた不動行光は堀川国広の相方というわけだ。だから彼は責任を感じて私たちに頭を下げた。なるほどつながった。
それにしてもブラック本丸の刀剣を預かるのは相当大変だろう。ブラック本丸といえば、審神者たる人の子が刀剣男士に言霊を利用して無理に屈服させたり、夜伽を強いたり、暴力を働いたりーー中には刀剣同士で折らせたりなどする非道な行為が見られた本丸である。私に襲い掛かってきた堀川国広はそういった地獄から救い上げられた。
本丸の中に知らない審神者がいて彼は驚いたのかもしれない。そういえば彼はしきりに幸せになってはいけないのか、と問うていた。知らない審神者が、自分の幸せを奪いに来たとそう思ったのかもしれなかった。そう考えるとやるせない。本当の、無邪気に和泉守の背を追いかける堀川国広を知っている身からすれば、余計に。

「ここにいる刀剣たちの八割がそういった本丸を経験した上で私の刀剣になってくださった方々です。皆、同位体と違うところがあるかもしれませんが、私にとっては大切な神様です」

八割。本丸のほぼ全員がブラック本丸からやってきた。それを聞いた瞬間に血の気が引いた。清光もは?と素で驚いているのを隠しきれない。私もそうだ。

「それ、本丸のほとんどがアンタに牙をむく可能性があるってことでしょ、それ。なんでそんな平気な顔してるの?」
「牙をむく可能性はありますが、そうさせないように様々趣向を凝らしていますし。抑々彼らをこうしてしまったのは私たち人間ですから。私は刀剣男士に助けられている身です。彼らを労わるのは当然のことです」

刀剣男士は顕現した際に契約をした主以外には基本的に主従関係を結ばない。例外として、正式な手順を踏んだ譲渡であれば鞍替えは可能だが、それ以外では主従関係を結びきれない。主従がなければ、彼らは自分の気分次第で審神者を害することもできる。なんといっても帯刀した神が傍にいるのだから。神というものは基本的にわがままで自分勝手な存在。
むろん、一般的な刀剣男士がそのような行為をすることはあまりないというが、それでも不安を覚える審神者が多いだろう。
ただ汀さんは清光の言葉に困ったように答えるばかりだった。よく言われていることなのかもしれない。彼女はちらりと江雪左文字のほうを見た。彼は淡々とこちらを見据えている。

「そう簡単に主を害されるほど、私は甘くありませんのでーー。謀反刀はへし折ります」
「江雪さん。へし折左文字とかはちょっと、語呂が」
「語呂云々よりも普通に嫌なのですが。ですからそうならないようにしないといけないと、この加州清光は忠告しているのでしょう」
「わかっていますが。実際にできる人が限られていますし」

ーー汀さんも江雪左文字も天然なんだろうか。いや、汀さんのほうが天然で江雪左文字はそれに対して真面目に答えているだけか。真面目に答えるあたりが天然なんだろうけど。
へし折る、と真顔でそういう江雪左文字に驚きかけたが、そういえば戦場で山姥切に対して私たちが謀反を起こしてもお前なら折れるだろうといっていた。ブラック本丸から来ていようがなんだろうが、主への謀反に対して慈悲はないということだ。
きっと汀さんも危険に関してはわかっている。ただこの人はとにかく優しい人だ。大和守は私のことを優しいといったが、その比ではない。優しくすることへの覚悟も勇気も何もかも、汀さんのほうが持ち合わせている。暗に断れないのだと気弱そうな声で言うが、それでもきちんと制度を作ってうまくやっているのだ、この本丸は。

「加州清光。正直、あなたの言うことは正しい。和睦は、力なくして成し遂げることはできません。ーーですから、私たちは強くなるべきなのでしょう」
「物理に訴えるタイプの江雪左文字かあ、」

清光は包み隠さずそういった。いくらなんでもストレート過ぎると戦々恐々したのは私だけのようで、当の本人は特に表情も何も変えなかった。隣の汀さんも特に気にしていないようで江雪左文字を見るばかりだ。

「そう言われるのは多少遺憾ですがーー事実、そうですね。主に鍛刀された刀剣は、全員そうです。短刀や脇差、打刀は極に入ったにもかかわらず、いまだにカンストを目指して毎日出陣していますよ。早く太刀も修行ができるようになればよいのですがーー」

遺憾、という割に声音は落ち着いている。そこまで遺憾と思っていないように見える。むしろ修行をしたいというくらいーー暗に戦いに身を投じて強くなりたいとすら言っているのだ。環境がそうしたのか、江雪左文字もまた実力主義らしい。
つまるところ、江雪左文字は本丸内で保護刀剣を浄化する危険性もわかったうえでそれを許している。それは自分の力に絶対的な自信があるからであり、なおかつ自分の仲間とそうでないものを徹底的に冷徹に切り分けることができるということだ。同じ本丸に暮らしていようが兄弟だろうが所縁の者だろうが、主に仇を成した瞬間に切り捨てる覚悟ができているということ。恐ろしいほどにストイックで単純で、そこに感情論は存在しないのだろうと思った。

「まあ、そういうことですのでーー貴女方には長谷部をつけます。本丸内を動くときは必ず長谷部を呼ぶようにして、保身を図ってください。部屋は離れをお使いいただければよいかとーーどうでしょう?」
「はい、それでよいかと。長谷部、客人の護衛を最優先でお願いします」
「ええ、主命とあらば」

話が脱線していた。江雪左文字は面倒になったのか元の話に半ば無理やり戻して、ちらりと汀さんのほうを見た。彼女はこくりと頷いて、襖の脇に控えていた長谷部に声をかける。長谷部は恭しく一礼して、私たちの脇に立った。長谷部らしい動作だ。

「では、長谷部。後は頼みます」
「は。ーーではこちらへ」

立ち上がった私たちと同時に、汀さんと江雪左文字も立ち上がった。立ってみると汀さんがとても小柄な人であることがよくわかる。私の身長が160センチであることを考えると、汀さんは155センチあるかないかくらいだろうか。脇差と同じかそれよりも低いかもしれない。
襖の敷居を跨いでからすぐ振り返ると、汀さんはまた一礼して手を振って見送ってくれた。何だか礼儀正しい子どもみたいな様子に、少しだけおかしく思った。


来た道を戻って鍛刀部屋のある棟の脇道を降りると、きちんと地面があった。
借りたサンダルをつっかけて離らしい建物のほうへと向かう。
その建物は昔ながらの瓦屋根が青々とした生垣の向こうに見える小さな家だった。門をくぐった先には飛び石があって、その下は玉砂利。玄関は一般的な家のそれだった。

「離には炊事場や風呂、厠など暮らすに困らない程度の設備があるので、基本的にはここで過ごしてください」

長谷部は丁寧に家の中を案内してくれる。玄関を入ってすぐの右手にお手洗い、左手に二階に上がる階段。その少し先の左手に一部屋あり、その部屋の先は襖続きで卓袱台の置かれた居間がある。廊下をまっすぐ進めば右手に風呂、その先に台所と小さな縁側があった。
長谷部は話しながらも台所の冷蔵庫を開けて中を確認したり、薬缶に水を入れてガスコンロに掛けたりしている。
清光は2階が気になったのか階段を上がっていった。私は居間に入り、中を見渡す。和室なのだが、床の間などはなく窓がついていたりテレビがあったり、背の低い硝子戸の棚があったり、その上にダイヤル式の電話があったりと昭和の匂いがする居間だ。

「外に出たいときは俺や…恐らくは俺がいないときは別の誰かが付きますので、声をかけてから出てください」

話を聞きながらも、居間の奥へ進む。奥には広々とした縁側があり、洗濯場もついていた。本当にここで住めそうだ。縁側の一番隅に棚とその上に金魚の泳ぐ水槽があった。その前にはいくつかの座布団が積まれ、脇には動物用のブラシや御弾き、独楽、剣玉が置かれている――どうやらここで短刀たちが遊んでいるらしい。
居間に戻ると、既に長谷部がお茶を入れて待っていた。清光もざっと2階を確認したのか居間に戻ってきた。

「あ、はい。お茶ありがとうございます」
「いいえ。この後はどうなさいますか。お疲れでしたら、夕餉までお休みになられてもよいかと思いますが」
「うーん、――少しこの本丸のこと教えてもらっても?」
「俺が知る限りで宜しければ」

長谷部はお茶を3人分注ぎ、湯呑を回す。瑠璃色の丸い湯呑は手にしっとり馴染み、じんわりと手のひらを温めてくれる。ほう、と一息ついている間に長谷部は硝子戸の棚を物色しはじめていた。戸からはクッキーの缶や御煎餅の袋、インスタンスコーヒー、カップ麺など様々なものが見え隠れしている。ここで誰かが住んでいるかのような様子だ。
長谷部は丸い木でできた器にいくらかのチョコレートや小袋の煎餅を盛ったものとクッキー缶を卓袱台の上に置いて、話をする体制を整えた。おばあちゃん家にいるかのような気持ちになる。随分と気さくな長谷部らしい。

「ここって何振りくらいの刀剣がいるのですか?」
「ここには現在、31振りの刀剣がいます。大太刀、槍、薙刀はいません」
「え、大太刀いないの」
「いませんね。大太刀は御神刀。保護された刀剣のいた本丸には大抵御神刀は居ないんですよ。真っ先に折れるか、顕現させられません」
「穢れに弱いからか…」
「ええ、その通りです」

31とはそう多くない人数である。はっきり言えば少ない。併せて数の少ない槍や薙刀がいないのは分かるが大太刀がいないのは気になった。ただ長谷部の話を聞いて納得した。大太刀の中でも出会いやすい石切丸、太郎太刀、次郎太刀は共に穢れに敏感であるから、ブラック本丸に残っているケースは稀だろう。また穢れた本丸には降りてこない。保護をメインで行っているならいなくてもおかしくない。彼らがこの清らかな本丸に来たらどんな反応をするのかが気になるところではあるけど。

「長谷部さんは、保護刀剣なんですか?」
「――はい。ここの刀剣で主が鍛刀したのは6振りのみです。初期刀の山姥切国広ですら、ブラック本丸から保護されて長く政府に放置されていた刀剣だったそうです」

ーー先程の質問はしてはいけなかった。長谷部は表情こそ変えないで淡々と答えてくれたが話を逸らした。深くは聞かれたくないことだったのだろう。申し訳ないことをしてしまった。謝ろうとしたが、長谷部の話は止まらない。藤色の瞳がちらりと揺らぐ。動揺している。

「幸いなことに国広は昔のことをすっかり忘れてしまっていたようで、全く問題はなかったそうです。ただ昔のことと同時に刀剣としてあるべき知識まで欠落している部分があり――そのあとに鍛刀された江雪と平野が苦労したようですが」

少々早口のまま彼は訥々と話し続ける。その話は山姥切国広のほうへ飛び火した。私の脳裏には戦場で私たちを見つけてすぐに飽きたように退屈そうに木に凭れていた山姥切国広が思い出された。
まるで稚児のような山姥切国広だったでしょう?と長谷部は苦笑いしながら言った。確かにその通りだ。だがそんな事情があるなど誰が想像するだろうか。

「国広は山姥切国広らしい卑屈さもその中にあるはずの矜持も全て忘れてしまったようです。江雪曰く、小田原で見た――本科長義に可愛がられていた、付喪神として幼かった時のようだと」

小田原城。江雪左文字と山姥切国広、山姥切長義などの刀剣が人々と共に籠城した場所。人々は大変だっただろうが、刀剣たちにそんなことはあまり関係がないのかもしれない。その時にはまだ山姥切国広は打たれたばかりだというから、先に打たれた山姥切長義や江雪左文字に面倒を見られていた―――付喪神にも幼い頃とかあるのかと驚いたが、長谷部は当たり前のように言うのでたぶんあるのだろう。聞いたことがないけれど。
さておき、まだ写しといわれていない頃の山姥切国広でいることは幸せなことなんだろうか。山姥切国広は卑屈でありながらも、国広の傑作としての矜持を以て刀剣として優秀であろうと努力をする刀だと思っていた。その苦渋の先の矜持こそが、その美徳の根本であると私は思っている。別に彼が卑屈でないことに対してネガティブな要素を感じるわけではないが、それを忘れてしまったというのはどうしても悲しく寂しいことであるような気がした。
長谷部はようやく落ち着いてきたのか、湯呑をぐと煽ってぬるくなっているであろう中身を飲み干した。私もそれに倣って手元のぬるい湯呑の淵を唇につけた。ふわりと優しい緑茶の香りが鼻をくすぐる。一口飲んでみるととてもおいしかった。うちの鶯丸よりうまいかもしれない。

「主は幼児退行と言っておりましたが――実際のところはわかりません。ただここにはそのように幼子のような刀剣がいくらかいます」
「ちなみに、誰?」

長谷部はクッキー缶を開けてこちらに向けた。一枚、丸くて真ん中が赤く着色されたクッキーを手に取った。清光はその隣のチョコチップの入ったクッキーを取り、最後に長谷部がシンプルなプレーンクッキーを指先で摘まんで齧りながら話す。
幼児退行、まさにその通りなのかもしれない。人もあまりに重度の精神的苦痛を受けるとそうなるというから、人の身を得た刀剣がそうなるのも頷ける。清光がぽりぽりと小さくクッキーを食べながら何気なく聞く。何だか気が抜けてしまった、シリアスなムードだったはずなのに。

「お前も見ただろう、加州清光。三日月宗近がその代表だ。あれは重罪を犯した末顕現を解かれた状態でここにきて、顕現し直したときにはもうああだった。――まあ国広の部屋に置かれたのも原因の一端だろうが」

そういえばそうだった。橋の袂で出会った、あの老老介護と称された鶴丸国永と三日月宗近。鶴丸国永は随分と落ち着いていたが、三日月宗近は幼子のように来客に興味津々な様子を隠すこともなく無邪気に笑っていた。言われてみれば彼の性質はここの山姥切国広に似ている。現に国広はどこだと探していし、仲がいいと見える。たしかに気は合いそうな2人だ。
清光の持っていたチョコチップクッキーが無残にも半分にばきりと割れた音で私は隣を見た。清光は赤い瞳を細めてそのあとの言葉に食って掛かった。

「ちょっと待って――重罪って、まさか」
「恐らくお前が考えているもので間違いない」

重罪。あまりにもさらりと言われたその言葉に私は気づいていなかった。無垢な三日月宗近の楽しそうな姿からは全くそのようなことは連想できなかった。長谷部の肯定に清光がさっと顔色を変えた。
人ならざる付喪神の刀剣男士における罪は、一つしかない。

「ここにいる刀剣の半数ほどは自分の主に手をかけている。――宗近はその中でも、主の命を奪うに至った刀剣だ」

残りは命を取るに至っていない、長谷部は淡々とそう言った。呆然としている清光と私を気にかけることなく、長谷部は自分の背後に置いていたポットを手に取り茶を入れ始めた。急須にお湯を注ぎ、私たちの傍にあった湯呑を回収し、交互に茶を注いでいく。

「ブラック本丸から救出された刀剣には穢れの状態によってランクがあります。第一から第五まであるうち、うちに来るのは主に第四と第五。この2種は主を斬りつけている刀剣です。第四は命を奪うまでではなく、第五は命を奪うに至った刀――先ほどの質問に答えましょう、審神者様。俺は第四級、主を斬りつけ緊急搬送させた刀剣です」

いい香りのする湯呑をこちらに渡しながら、長谷部は微笑んでそういった。あまりにも穏やかな様子だった。藤色の瞳は濁るでも虚空を見るでもなく、ただ私の目を見ていた。私は長谷部の手から湯呑を受け取る。節くれだった、刀剣によくある大きな手。その手が主を――それこそ、主命で有名な長谷部のその手で主を斬り捨てた。

「どんな審神者だったんですか」
「主、」
「聞いておきたいんです。私たちはどんな罪を犯したのですか」

手が震える。声が震える。長谷部は怒ってもおかしくない。非道な行いをした人を恨んでおかしくない。だというのに、長谷部は笑っている。もう過ぎたことなのかもしれない。思い出したくもないことかもしれない。でもどうしても聞いておきたかった。
長谷部は私の言葉に驚いた顔をした。清光にも湯呑を渡し、少し考えるように顎に手を当てていたがややあって彼は一口茶を飲み、話し出した。

「――過剰出陣本丸です。ただ俺は審神者の代わりに内務を行う刀剣としてあって、一切の出陣をさせられていませんでした」

長谷部の口から語られた彼の過去は、時折ネットで見るような典型的なブラック本丸だった。
過剰出陣のきっかけは、三日月宗近の入手。内務を行う長谷部以外の刀剣は強制的に出陣を繰り返され、鍛刀の為に資源を使うために刀剣が傷ついても直されない状況が続いた。まずは弱い短刀から戦場で散るようになった。短刀の兄たち―― 一期一振や江雪左文字は苦言を呈したが、レア刀であった彼らは離に幽閉されてしまった。残るは少しの太刀と打刀、脇差、短刀。出陣の際の犠牲が一気に増えたのはここからだったそうだ。審神者は内務を行う長谷部に主命として資材量の管理や本丸内の経理、出陣報告書の偽装までもをさせていた。長谷部は内務の傍ら折れた刀を記録し続けていた。自分が知らないところで顕現され、知らないところで散っていった刀を長くここに居続けるであろう自分だけでも覚えておくために。

「――ある時、何振り目かの小夜を失くした宗三が執務室で謀反を起こしました。俺は宗三を折れと主命を受けました。」

俺は宗三を折った後に、主を斬り殺そうとしました。結果、殺せなかったのですが。
藤色の瞳は柔らかく細められる。あの宗三は馬鹿みたいに気が強くていい奴でした、と微笑んでそういう。あまりにも穏やかな様子に私はぞっとした。
ブラック本丸出身の長谷部は幼子に昔話を聞かせるように穏やかだ。怒っていいのだ、恨んでいい。もともとはあまり仲が良くないというのにいい奴だったというくらいに仲の良かった宗三左文字を折るに至った原因たちを恨んで然る。それだというのに長谷部は信じられないくらいに落ち着いていた。いっそ怒ってくれていたならどんなに良かっただろう。
長谷部は私が固まっているのを見て苦笑いをして付け加えた。

「もう3年以上も前の話です。俺も眠っていたので記憶は大分薄れていますし、起き抜けの時は忘れてもいましたが―――思い出してからはあの時のこと、あの本丸、そこで折れた刀剣たちのことは忘れぬようにしています」

怒ったり恨んだりするのはこの3年内で飽きるほどやりましたから、と長谷部はそう締めくくった。彼は何でもないようにクッキー缶を再度私たちのほうに向けたので、私はまたもう一枚クッキーをもらった。何を手に取ったかなど見ずに、私は長谷部を見ていた。長谷部はやはり清光にもクッキーを差し出していた。清光も私と同じように手元など見ずに適当に手に触れたクッキーを取って機械的に口に運んでいた。わかる、わかるよ。信じられない。
私が審神者を始めて3年ちょっと。いろいろなことがあった。同じ3年という年月を長谷部は一体どんな風に過ごしたのだろう。忘れかけているとはいえ同胞を折ってしまった折らざるを得ない状態に陥った、陥らされた元凶の同胞を目の前にして彼はどんな思いで3年を過ごしたのだろう。
長谷部は私たちの胸の内など知らずに、淡々とまた本丸内の仕組みの話をし始めた。

「ここではパワーバランスが崩れないように、主と正式に主従関係を結んだ刀剣でないと修行を許されません。俺はもう極を終えています。そういうことです」
「なるほどね。アンタはもうずっと前に過去を乗り越えてるってことだ」
「まあそんなところだな」

確かに極の状態の刀剣が謀反を起こしたら被害甚大だろう。長谷部は再度清光にクッキー缶を差し出している、どれだけ食べさせる気だろうか。清光も清光でクッキーが気に入ったのか差し出されるがまま受け取っては食べている。クッキー缶の中身はどんどん減っていく。
清光は長谷部の言葉に少し安心したらしい。もともとのお喋りな気質もあってか長谷部にいろいろと聞いている。私はそれらの会話に耳を傾けながら手に持ったままのクッキーを口に入れた。プレーンだった。

「3年って長くない?」
「いや、短い方だ。再顕現したあの堀川国広なんては3年顕現を解いて寝ていたし―――最も長く眠っていたやつで10年近く寝ていたそうだ」
「は、10年?」

確かに3年という月日は長い。刀として在った時ならともかく、人の身にとって3年は永かろうと思ったが上には上がいるらしい。10年とは随分と長い。清光も驚いて聞き返している。
そもそも10年も顕現を解いた状態でよく刀解しなかったものだ。それは顕現の意思なしと見られてもおかしくないだろうに。

「そいつは元の本丸ですでに5年顕現していた――5年も地獄に耐えてたんだ、まあそうもなる。ちなみにこれはうちの三日月宗近のことだな」
「ってかなんで刀解しないの?そんなに時間かけてもどうせ刀解しろっていうでしょ」
「そのまま刀解して本霊に還すと何らかの悪影響を与える可能性があるからだ。だから適度に穢れが薄れるまで極力刀解はしない」

なるほど、穢れは本霊にとってもよくないものだ。それが刀解という形で本霊に還ってしまったらどんな影響を及ぼすのかわからない。
というそれ以前に、こんなやばい穢れを連れて帰るとかお前たち大切な分霊に何してくれているんだとカチこまれる可能性だってある。本霊が分霊をどう思っているのか――例えば子どもみたいに思っているのか分身のように思っているのかは定かでないが、自分と同じ姿形をしたものを無碍にされれば怒って当然である。むしろカチこむべきレベルのブラック本丸が多数あるからいつ本霊たちにボイコットされてもおかしくはないのだ。

「でも三日月宗近は刀解しなかったんだ」
「先ほどの国広と同じ事で宗近もまた、過去のことを全て忘れている。――第五級の九割が再顕現の後に刀解を望む。一割は残るわけだが――その場合は殆ど国広や宗近のようにすべてを忘れてしまっている」

聞けばここの三日月宗近は政府の禊を1年に亘って受け続け、その後1年安置。更にその後この本丸に安置されて8年。10年近く顕現を解いた状態で過ごしていたらしい。この本丸にいる間に穢れはほぼすべて払えたにも関わらず、三日月宗近は再顕現しなかった。穢れは払えているから再顕現を待たずに刀解をしようかという話もあったそうだが、三日月宗近を自室に置いていた山姥切国広が拒否をしたそうだ。曰く、愛着が湧いたと。犬猫ではないのだから還してやれと説得しても手放そうとせず、仕方がなく起きなくても置いておこうという話になっていた。
誰もが諦めていたのにある日何事もなかったかのように再顕現していて、その時にはもう前の本丸のことは覚えていなかった。ただただ無邪気に、同じ部屋にいた山姥切国広に良く懐いて遊べ遊べとせがんでいたという。

「忘れてしまうこと、覚えていること。どちらが幸せなのかは俺にはわかりません。でも俺は今幸せですし、宗近もたぶんそうだと思いますよ」

長谷部は微笑んでそう締めくくった。

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