1.

人は死ぬとわかると、汚らしく足掻いてみたくなる。
這ってでも泥を啜ってでも生きていたいと思ってしまう。
薄暗く寒い洞窟で、私は懸命に目を凝らして外を見ていた。
隣には先ほどの戦闘で重傷になってしまい、浅い呼吸を繰り返す清光がいる。
私の生命線は彼だけだ、彼が折れたら私の命は1週間と持たずに阿津樫山の土壌の一部になるだろう。
死にたくない、まだ美鈴堂の春の新作を食べていないし来週公開予定の映画だって見たかったし、実家に帰る約束だってしていた。
こんなところで死にたくない。

それに私は死ぬべきことをしていない、むしろされた側の被害者だ。
見習いによる本丸の乗っ取り、最近多発しているということは聞いていたが、まさか己の身に降りかかるなんて思ってもいなかった。
そもそもそういうことをする見習いは女だと思い込んでいたというものある。
私のところに来た見習いは私と同い年くらいの男で、真面目で取っつきにくい雰囲気のある人だったのに。
見習いが来てから1か月後には本丸の全員が見習いを主とすることを是としていた。
特に中がよさそうな素振りもなく、本当に青天の霹靂だった。
何も言えない私を庇うように立ったのは初期刀の清光だけで、それ以外は皆当然のように見習いのほうが優秀であるからそちらにつくと言ってのけた。

私はなぜなのかと散々詰ったが、刀剣たちはなぜ私がそんなことを言うのかと不思議そうにするばかり。
世界とは不条理なもので、最終的にはまるで私が聞き分けのない悪い子みたいに言われて唯一味方をしてくれた加州清光と共に本丸を放り出された。
特別な閉鎖空間の中にある本丸から出られる場所は政府と万事屋街、それから戦場のみ。
言うまでもなく私たちは戦場、阿津樫山に放り出された。
それが昨日のこと、単体で何とか敵を倒してくれていた清光が重傷になったのが今朝のことだ。
それからはこの洞窟でじっと外の様子をうかがっている。
昨日は打刀の中でも索敵が得意な清光がやっていたけれど、今は私がやっている。
この洞窟は戦場から一本奥に入った場所にあるので良くも悪くも静かだ。
遠くから銃兵と思われる銃声が聞こえてきたり刀剣男士の鋭い声が聞こえたりするが、どれもぼんやりとしている。

日が昇り、昼過ぎくらいになったころのことだ。
少し眠たくなってきて、うつらうつらしていると視界の端で枝が揺れた。

「っ、何かいる?」

見間違えかと思ったけれど、次にガサリと枝をかきわけるような音がはっきり聞こえたので慌てて洞窟の奥に戻った。
奥に着くや否や、清光に腕を引かれて座るように促される。
今朝がたまで眠っていたのにいつの間に起きたのかわからないけれど、しっかりと覚醒しているようで洞窟の外に鋭い視線をやっている。

「…じっとしてて、主。俺が見てくるから」
「清光…、でも、」
「だいじょーぶ、絶対戻ってくるから。主のためにも、俺が折れるわけにはいかないよ」

重傷の清光だけを行かせるなんてと思う感情と私が行っても足手纏いにしかならないという理性が鬩ぎ合い、涙となって溢れそうになる。
清光は笑って、幼子に言い聞かせるようにここにいてねと優しく囁いて、洞窟の入り口のほうへと歩いていく。

清光が入口に辿り着いたのとほぼ同時に、洞窟前の木が大きく揺れた。
枝を掻き分ける腕が見えたのと同時に、清光は柄に手をやった。

「ほれ見ろ、やっぱいるじゃないか」
「あ!?何言って…え、マジ?」

枝葉の先にいたのは、満足げな顔をしている山姥切国広と驚いた様子の大和守安定だった。
山姥切国広は汗の浮いた額を隠すことなく、きらきらとした金髪を風に揺らせている。
顔がよく見える…、やっぱり山姥切国広はきれいな男であるなあと思う。
…なんで布、被っていないんだろう。
山姥切国広といえば汚い襤褸布を常に被っていて、写しの俺の顔なんて見たくないだろうと拗らせているのが一般的である。
今の彼のように悪戯を成功させた鶴丸国永のような顔はしないし、したとしても大体目視できない。

その山姥切国広を咎めるように彼の一歩後ろを歩いていたらしい大和守安定は清光を上から下まで舐めるように見て、きょとんとした顔をした。

「…やすさだ?」

あまりにも危機感のない一言に、私の足が一歩洞窟の外のほうへと動いた。
あの二振りが自分たちを助けてくれる刀剣であるのか、私自身も確認したかった。

2振は軽傷程度の怪我をしているようではあるがたいしたことはないようで、いつも本丸で見ていた彼らと殆ど変わらない姿だ。

「ってか清光お前めっちゃ汚れてんじゃん、何やってんの?」
「いや、何って…ちょっといろいろあってさ」

気さくな様子は大和守安定らしい発言だが、今ここでそれを気にするというのは随分と暢気なものだ。
清光は汚れているというより重傷の怪我を負っている。
それは見てわかるはずなのに、大和守安定はそこに関して何も言わない。
さらに言えば、辛うじて大和守安定はこちらに興味をもって話しかけてくれているが、その隣の山姥切国広は清光から視線を外してしまっている。
山姥切国広は最初に清光を見つけたときこそあんなに嬉しそうにしていたのに、今は来た道をじっと見るばかりだ。
なんだろう、この2振随分と私の本丸にいた同一個体と違う。

言葉を濁した清光に大和守安定は小首を傾げてそうなんだ、とよくわからないけどまあいいかといわんばかりに答えた。
それだけかい、と突っ込みたくなったのは私の性格上の問題だ。普通他にも言うことあるでしょ。
さらに次の瞬間には、隣の山姥切国広が踵を返していたから驚きだ。

「あ、こら!国広どこ行くんだよ」
「見つけたから満足した。帰る」
「見つけたのお前じゃん!どうすんのさ、これ!」

その上、これ呼ばわりされているあたりから鑑みるに彼らは清光や私に関心がない。
寧ろ面倒なものを見つけてしまったと思われていて、あわよくば見なかったことにしようとすらしている。
大怪我を負った一振りの刀剣がいたら同情の一つでもしそうなものだが、その欠片もない。
これは本気で置いていかれる可能性がある。
そう考えたのは私だけではなかったようで、清光が慌てて声をかけた。

「ちょ、ちょっと待って。…本丸から一振りで放り出されたんだ。連絡機もないから、二人の本丸で連絡だけ取らせてほしいんだけど」
「僕はそういう決定権ないから。国広、お前どう思う?」

大和守はきっぱりと断った。
めちゃくちゃ驚いた、たぶん清光も驚いていると思う。
確かに大和守は竹を割ったような性格で、思ったことをはっきり言うタイプではあるけれど思いやりがないわけではないし、情もある。
特に清光とは過去の主が一緒だったこともあり基本的には仲がいいし、困っているなら助けようと思ってくれる…と思っていた。
他本丸の清光だから塩対応なのかもしれないが、それにしても塩すぎる。

「俺が連れ帰ろうものなら変なものを拾ってくるなと江雪に叱られるだろう」

日頃の行いのせいじゃん、と呆れ顔の大和守安定だが山姥切国広を止めようとはしない。
あと山姥切国広は江雪左文字を気にしているようだった。
まるで捨て猫を拾ってきた子供を叱る親の姿が一瞬脳裏を過った。
…江雪左文字はどちらかといえば小さな生き物を可愛がりそうな刀剣だが、そうではないのだろうか。

「えー…、でも清光だしなあ…国広!宗三にでもいいから伝えてくんない?」
「やだ」
「はあ!?お前マジでガキ!もういい!俺が行くからお前はここにいろよ!」
「誰がガキだ!このクソサダ!」
「あ?今なんつった??」

辛うじて安定は本丸に連絡しようとしてくれているようだ。
ただ山姥切国広がとにかく嫌がっている。
ここにいろといった安定が山姥切の襤褸布の首の部分を強く引っ張って彼の逃亡を阻止。
その上で自分が前に行こうとしてマフラーを握られて阻止される。
互いに互いの服を握って一度顔を見合わせる…バチバチという効果音が聞こえそうな勢いである。

「ちょっとまって!?なんで喧嘩になってんの!?」
「いや、意見が衝突したときは殴り合いが一番早いだろ。勝ったほうの言うこと聞けばいいんだからな」
「それ、江雪さんの前で言ってみろよ。和睦されるぞ」
「それは絶対嫌だ!」

キレ気味な2人は無言で拳を握って殴り合いを始めようとしたので、重傷の清光が慌てて止めに入る。
なんでこんなに野蛮なんだろう、この2人…。
あと所々で江雪左文字の名前が出るのは何なんだ。2人の親か何かだろうか。
薄々思ってはいたけれど、この2振は亜種なのかもしれない。
堀川派は脳筋と聞いたことがあるけど、この山姥切国広を見ている限りだと本当にそうなんだなと思う。
うちの山姥切国広はあまり人前に出てこないし卑屈を極めていたからそんな感じはしなかったけれど。

とにかく俺は連絡しないぞ!と山姥切は騒いでいる。
これは彼にお願いするのは無理かもしれないと清光も思ったらしい、情に訴えられる大和守に視線をやる。
視線を感じたらしい彼は困ったように眉をハの字にして肩をすくめた。

「あー、ごめんね、清光。僕、まだ練度低いし変なもの持って帰れる身分じゃないんだよね」
「え、なにそれ」
「うち、実力主義って感じだから。練度の高い奴がダメって言ったらダメ」

ああ…本丸全体が脳筋なのか。
それってどうなんだろうと思うところもあるが、それでうまく回っているならブラック入りするほどではない。ただの審神者の方針であるし。
しかし、今の私たちにとっては死活問題だ。
方針とはいえ、何とかうまくできないだろうか。

今までの話をまとめると、まず主に連絡を取れる刀剣が決まっている。
それはうちも同じで、通信端末を持っている刀剣は大抵隊に一人だけだ。
その人に話を通すかどうかで今揉めている。
なぜ通さないかといえば、私たちを拾って帰れば怒られるから。
確かに刀剣だけだったら、堕ちている可能性があるため面倒なものを持ち帰るな通られてもおかしくはない。
ならば、主である人間の私がいるなら?

清光は出るなと手を払っていたが、私は洞窟の奥からそっと外へ出た。
2振はきょとんと私を見ている。

「すみません、ずっと隠れていて。清光の主です」
「あーなるほどね。主持ちなら、まあ堕ちてる可能性は低いか」
「はい。見ての通り、清光は重傷で人間である私を庇ってこれ以上ここにいるのは無理です。どうか保護をお願いしたいのですが」
「主と直接連絡できる奴、限られてるからなあ…まあ、ここにいるけど」

大和守は私の姿を見ると同時に納得顔で頷いた。
やはり清光が堕ちている可能性をある程度は考えていたらしい。
話し合いができても堕ちているケースというものもあるらしいから、それ故だろう。
主である私がまだ清光と縁があり、制御できているというのは大きい。
これで大和守の警戒は解けただろうが、彼はちらと山姥切を見た。
この場で最も主に近いのは山姥切だという。
随分と幼い様子の山姥切はむすっとした顔で私を見ている。

「なんでこんなところに人の子がいるんだ。戦場だぞ」
「諸事情で、本丸を追い出されたのです。山姥切国広さま、どうかお願いします。このままだと清光が折れてしまいます。怪しいとは重々承知しています、ですが、どうか」
「いや、無理だ。写しの俺に期待するな」
「なんでさ」
「昨晩、日付が変わるまで主の寝室で遊んでいたら江雪がきて怒られたからな。2度目はない」
「馬鹿なの?ってかそれとこれとは話が別だし」

江雪左文字は近侍なんだろう、そしてこの子供っぽい山姥切とそれに付き合う主を窘めていると、まあそういうことなんだと思う。
それにしても幼いにもほどがある、深夜まで主の部屋で遊ぶってお泊りをしに来た男子高校生じゃあるまいし…。
大和守も山姥切の話に呆れた様子でため息をついた。
だが、彼を動かさないとこちらが困る。
どうしたものだろうと思案していると、清光が私の手首を握って、前に躍り出た。
驚いて前を見ると、また茂みが揺れている。また誰か来るらしい。

「こんなところにいたのですか、二人とも…。ってなんです、それ」
「…頼むならコイツに頼め。コイツも主と直接連絡ができるぞ」
「はあ?何の話です」

茂みから出てきたのは宗三左文字だった。私たちを見ては柳眉を寄せているから彼もまた、私たちを面倒に思っている…のだろうか。宗三は気難しく本音がわかりにくい刀剣だから読み切れない。
ただ、山姥切の他に宗三も主に連絡が取れるらしい。
山姥切は投げやりにそういって逃げようとしたが、宗三に襤褸布を掴まれていた。
事情を説明しなさい、と山姥切と大和守にきつい目線を投げかける。
拗ねている山姥切の代わりに蒼白とした様子の大和守が現在の状況を伝え、こちらの願いも伝えた。

宗三はすごく嫌そうなのを包み隠さず顔に出している。
だから山姥切と出陣するのは嫌なのだと嫌味というか、普通に愚痴を零している。
この山姥切、信頼度が低すぎないか。
話を聞き終えた宗三はため息を一つついて気だるげに薄い唇を開く。

「いやです。今日の近侍、兄様ですし。それって怒られるの僕じゃないですか」
「そんなことは知っている。俺だって江雪に拳骨食らうのは嫌だ。今の軽傷だと重傷までもっていかれる可能性があるだろ」
「打刀最弱の僕だってそうなります」

彼らの本丸の江雪左文字は一体何なんだ。
元々左文字兄弟は排他的なところはあれど、懐の内に入った存在に対しては非常に優しい。
中でも江雪左文字は戦嫌いで有名な太刀であるし、言い争いはもちろん、あの儚い見た目で拳骨を落とす姿など想像もつかなかった。
ただ実際にあの打撃力の拳骨を食らったらひとたまりもないということだけは想像に容易かった。
統率と生存値の低い宗三が不安がるのもわかる。…いや兄弟間で手加減も何もなく殴り合いになるってどうなのかと思うけれど。
しかし先ほども大和守と山姥切が掴み合いの喧嘩をしていたし、そういう本丸なのかもしれない。
ちょっと保護されるのが不安になってきたが、彼らしか頼れないのだから仕方ない。
戦場よりはちょっと喧嘩っ早い刀剣がいる本丸にいたほうが間違いなく安全なのだから。

宗三は上から下まで清光を見て、私も同じように舐めるように見て、ため息をついた。

「ただ…まあ見殺しにするわけにもいきません。大倶利伽羅に頼めばいいでしょう」
「アイツ、大体こういうことの処理に使われるな」

宗三は多少なりとも常識的なようだ。この場に私たちを置いていけば見殺し同然であり、それを気にするだけの情緒はあるみたいだった。
山姥切の中にそれがなさそうということは先ほどの会話の中で漠然と感じ取れていて、大和守もその感覚が薄そうだった。
だからもしや他の刀剣もそうなのではないかと思ったが、本当に良かった。

大倶利伽羅にとそういった宗三は端末を取り出して電話を始めた。
そのころになってようやく山姥切は逃げるのをやめて、こちらを見るようになっていた。
翡翠色の瞳がじっと清光を見ている。何が言いたいのかはわからない。
大和守は清光の傍によって座ったら?とか痛くない?とか言って構い倒している。清光は少し警戒心を緩めたのか、お前ねえ…と呆れ顔だ。
わかる、わかるよ、清光…子の刀剣たち本当にちょっとおかしいし、話していると疲れる。
山姥切にじっと見られること数分、茂みの奥から大倶利伽羅がやってきた。
大倶利伽羅の後ろには枝葉が髪につくのが気になるのかしきりに髪を気にしている歌仙がいる。

宗三が今あった話を全て大倶利伽羅にしてくれている。大倶利伽羅は私と清光をちらと見て、呆れ顔になった。表情豊かな大倶利伽羅だ。

「それで俺が呼ばれたのか」
「仕方ないじゃないですか。今日の部隊長は僕…ただでさえ監督不行届で叱られるのが決定しているんです」
「…先に加州清光の怪我の心配をしてやれ」

今の一言だけでスタンディングオベーションしたくなった。この大倶利伽羅、まともである。
大和守も山姥切も宗三も全くそこに関しては触れてこなかったし、気にもされていなかったくらいだったから余計に感動した。
いやそれが一般的な反応であることは理解しているけれど!清光はまさか誰よりも先に大倶利伽羅がそれを気にしてくれたことに目を丸くしたけれど!
彼は清光に近寄るぞと一言声をかけて、それに対しての返答を待ってからそばによって怪我を見てくれた。流石伊達男、気遣いも一級品である。
大倶利伽羅は清光の怪我の程度を確認してから手持ちの腰布を割いて簡単に止血し、私の様子も声掛けで確認してくれ、その上私が昨日放り出されてから何も食べていないことを大倶利伽羅は心配してくれた。

「ともかく、連絡するならしたらどうだ?俺も腹が減った」
「何様だお前は」

清光の怪我をある程度手当して、私に対しても様々声を掛けてくれていた大倶利伽羅に対してさっさと帰りたいらしい山姥切が面倒そうにそういう。
あまりに存分な言い方に対して呆れしか滲ませないあたり、もう怒っても無駄という境地に達しているのだろうと感じる。

ため息をつきつつ、大倶利伽羅は上着のポケットからタッチパネル式の通信端末を取り出した。それは最新式のもので、相手側とテレビ通話ができる代物である。
慣れた様子でそれを操作し、回線をつなげる。
その間にも何も考えていない幼い駄々っ子のように山姥切は帰ろうとせっついているし、それをどうどうとふさげた様子で往なす大和守と我関せずの宗三、明後日の方向を見てふらふらし出した歌仙、連絡機を片手に歌仙を止めている大倶利伽羅。
ここの審神者は何を考えているのだろう、大倶利伽羅に負担がかかりすぎる隊だ。
幸いにも回線はすぐつながった。空中に格子窓を背にした江雪左文字が映る。ホログラム機能付の本当に最新式のモデルだ、私も欲しかったけどすごく高くてやめた。それを刀剣たちが使っているとは驚いた。

『いかがなさいましたか…?進軍が遅れているようですが』
「進軍中に他本丸の審神者とその刀剣一振を発見した。対処に困ったものでな」
『…穢れはありませんか』
「俺が見る分には。おい、歌仙お前どこに行くんだ…国広、代われ」

歌仙がふらふらと勝手に他の方向に行こうとするのを大倶利伽羅が止めていたが、それを振り切って彼は私たちのいる洞窟の脇のほうへと向かっていってしまった。
大倶利伽羅は少し慌てた様子で傍にいた山姥切に通信機を山姥切に押し付けて、歌仙を追いかける。

江雪は映像の端に消える大倶利伽羅を少し目で追っていたが、見切れるや否や山姥切を見据えて静かに問いかける。

『国広、お前はどうです』
「ん?別に。悪いものじゃなさそうだが。面倒くさいから捨て置こうかと思ってた」
『国広…私はお前に敵以外のモノにある程度の慈悲を持てと何度も言っているはずですが』
「敵でない確証はない。そんな得体の知れないモノを持って帰る気にはならないからな」

やはり呆れた様子だ。この本丸の山姥切国広はこういう個性を持った亜種なのだと認知されているのだろう。
だがこの江雪左文字もまた違和感がある。言葉にするのは難しいが、少なくともうちの江雪左文字とは全く違う気がする。
江雪左文字の独特な語頭や語尾の間はなく、てきぱきとしていた話し方。それに子どものような山姥切を窘め、叱るような姿勢からは面倒見の良さが伺える。
左文字という刀派は排他的で、あまり人を寄せ付けないイメージがある。一般的に兄弟3人で静かに固まっているイメージが強い。その中でも最も話しかけづらいのが江雪左文字だと私的には思う。
だって宗三は織田、小夜は細川や黒田という別のつながりがあるが、江雪にはそれがない。
とっかかりが少ない上に、物静かで戦嫌いという性格がある故に付き合いにくいし、少し怖いと思う。だって私たちは戦嫌いの神様に戦をお願いしている身だし、そんなことはないと思っていても嫌われているのではないかと不安になる事すらあった。
江雪は私と清光をちらと流し見る。冷ややかということもなく、観察という感じでもない。ただ確認しているだけといわんばかりの淡白な視線だ。
この江雪左文字は少し手厳しい様子はあれどしっかりしていて、少なくとも排他的とは思えないしあまり怖くない。

『よしんば敵であったとしてもお前なら切り捨てるのは簡単でしょう…』
「それもそうか。うちの大和守と大差ないし」

あ、嘘。かなり怖い。思考回路が恐ろしすぎない?
敵だったとしても負ける気はしないしまあいいんじゃないですか、ってところか。
確かにうちの清光はまだカンストに至っていないから、この場にいる山姥切なら問題なく切り倒せると判断したんだろう。
間違いではないけれど、一応私たちが聞いているのを知っているだろうにそれを言うあたり物凄い図太いのか気にしていないのか。
あと山姥切、それで納得するのか。それでいいのか。

ホログラムの中の江雪左文字は、主にも聞いてみますからと席を立った。
そういえば、ここは刀剣同士で連絡を取り合っているらしい。
私の本丸では戦場にいる刀剣の連絡先は直接主である私につながるようになっていたから少し新鮮だ。

『連れ帰って構わないとのことです…。15分後に臨時で開門しますので…そのつもりでいてください。迎えは…薬研にお願いします…』
「了解した」

江雪の言葉に私も清光もほっとした。これで助かるんだと思うと、へなへなとその場に崩れ落ちるくらいにはほっとした。
山姥切は手慣れた様子で端末の電源を切って、私たちの傍に寄った。

「だそうだ」
「…アンタたち、変わってるね」
「そうか?」

敵意の全くなくなった山姥切に清光も安心したのか、その場に座り込んだ。
先ほど大倶利伽羅に応急手当を受けたとはいえ、清光は重傷。今までのやり取りの最中もずっと気を這っていたのだろう。
慌てて清光の傍に寄るとぎゅっと手を握り締めてよかったと心底安心したみたいに言われた。泣きそうになったので清光の怪我していない方の腕に額をくっつけて隠した。

「話は終わったのか。連れ帰っていいと?」
「ああ、主から了承をもらった」

ややあって大倶利伽羅と山姥切の話し声が聞こえたので顔を上げる。大倶利伽羅と歌仙が戻ってきていた。
大倶利伽羅に手をつながれた歌仙は不機嫌そうな顔をしていて、やはりこちらにはちっとも関心を示さない。
そんな歌仙を宗三の傍に置いて大倶利伽羅は山姥切の隣に戻る。恐らく山姥切が何かしでかさないようにするためだと思うが…なんというかここの大倶利伽羅は本当に大変そうだ。
現に山姥切がいいことを思いついた、と言わんばかりに好奇心塗れの翡翠の瞳こちらを見ている。彼とは短い付き合いだけど、嫌な予感がするのは気のせいじゃないと思う。

「ん?そうなるとコイツらは客人か?」
「…あーあ、」
「なら案内は俺がやる!」

小学生か何かだろうか、この山姥切は。何でもやりたい年頃なんだろうか。
ここまで卑屈さがない山姥切も珍しい、どう見たって亜種だ。
布は被っているが目深に被るでもなく、その上手振りが激しいので脱げかけているし、それを気にする様子もない。
明るく無邪気な子どものような山姥切国広。

「いや、お前は主につけ。初期刀だろう、客人といえど何が起こるかわからん」
「それもそうか…?」
「そうだ。主もお前がいれば安心する」
「それもそうだな!アイツは人見知りだしな!」

大倶利伽羅が手慣れた様子で山姥切をうまくあしらって、私たちの案内係から外した。
小さな子供をうまく言い包める親のような様子に唖然とする。
確かに彼は伊達の刀なだけあって不愛想とはいえ気は回るが、ここまで口が回るのは珍しい。言うほど私は大倶利伽羅と仲が良かったわけではないから、もしかしたらそういう隠された一面があったのかもしれないけれど。
ただそうであったとしても、やはりこの大倶利伽羅もまた少し変わっている。

全体的にこの部隊は少し他と違う。
大倶利伽羅は慣れ合いも吝かでない様子だし、歌仙は三日月のようにふらふらするし…比較的に一般的に見えるのはずっと我関せずを貫き通している宗三と天然すぎる大和守くらいだろうか。
大和守をちらと見ると、彼と目が合った。あ、と思った次の瞬間には大和守がちょこちょここちらにやってきて清光の隣にしゃがんで笑いかける。

「ごめんね、うちの国広、ちょっと阿呆なんだ」
「…ああ、うん…」

でも面白い奴なんだよ、と笑っているがそれでいいのか。まあ大和守は愉快なことが嫌いな子ではないから見ている分にはいいのかもしれないけど。
遠い目をして山姥切を見ている清光が呆然とした様子で答えた。私はちょっとだけではないと突っ込みたくなったがやめておいた。
刀剣たちも自分たちの中に変わり者が多いのは自覚しているらしい。

大和守は清光の隣から周囲をきょろきょろ見て小首を傾げた。

「というか、和泉守はどこ行ったんだろ?」
「僕はその和泉守を探しに行ったんだけどね。勝手に徘徊老人だと思われてたというわけさ、遺憾だ」
「万事屋で迷子にならなくなってから言え」

そういえば、先ほどから5振しかいない。
一部隊は基本的に6振で組まれるが、あくまで最大値が6振だというだけなので、5振での出陣ができないわけではない。
だから5振だけの部隊かとも思っていたがそうではないらしい。元々は和泉守兼定がいたということだが、最初から姿が見えていない。
兼定派の歌仙は彼を探しに出ていたらしいが、和泉守は一緒ではない。
大倶利伽羅曰く、歌仙は迷子になりやすいようだがここの兼定組は迷子気質があるのだろうか。
ただそれにしては大倶利伽羅が探しに出ていない。大倶利伽羅が動いていないということは、別に心配する必要はないということだろうか。

「で、その和泉守は?」
「ここにいるぜ。ちょっと気になるモンを見つけてな」

和泉守は洞窟の反対脇から出てきた。
どこに行っていたんだい、とぽこぽこ怒る歌仙に悪い悪いと快活に笑いながら答える和泉守の手には一振りの短刀。
それをちらと見た瞬間、叫ばずにはいられなかった。

「前田!」
「やっぱ主持ちか。悪いな、襲い掛かってきたから折れない程度にして戻した」

その短刀は見慣れた拵えと私の霊力を纏っている。間違いない、見間違うわけない、私の初鍛刀の前田藤四郎だ。
襲い掛かって来たという割には傷一つない和泉守にぞっとした、昼戦で相手は元太刀の打刀。練度も和泉守のほうが高そうだ。ただで済むわけがない。
慌てて駆け寄ろうとした私を清光が腕をとって止めた。

「あーまあ、そんなに怖い顔すんな。重傷だけど折れちゃいねえよ。…そっちに連れてく」

和泉守は清光を一瞥して、断りを入れてからこちらの傍にやってきた。
大和守の隣にしゃがみ込んで、私の手に前田を置いてくれる。
恐る恐る抜いてみると、刃零れが酷い状態だったが大きな罅などは入っていなかった。
清光もそれなら大丈夫だよ、と言ってくれたので丁寧に鞘に戻す。

まさか前田まで追いかけてきていたとは思いもよらなかった。
前田はあの時、一期一振の隣に座っていて動けない様子だったから、兄に言われて残ることにしてしまったとばかり思っていたのだ。
彼は私を思って単身ゲートを潜って昼の阿津樫山に飛び込んだ。短刀一振りで阿津樫山なんて折れてもおかしくないのに、その危険を顧みずに。
その事実に視界がぼやける、皆が皆、私を主と認めなかったわけではないんだ。

「そいつも主がいるってんなら、手入れすりゃ一発だろ。さっさと帰ろうぜ」
「ああ…そろそろですね。では全員こちらへ」

今まで巨木に凭れてばかりで何も言わなかった宗三が懐中時計片手に一歩前に出た。
それをきっかけに大和守が清光の腕の下に自分の肩を差し入れて立たせ、他の刀剣も皆彼の傍に近寄っていく。
慌てて私も立ち上がって宗三のもとに向かう。

宗三は銀の懐中時計を手に持っている。その懐中時計は模様もないシンプルなもので、ただゼンマイ部分に五色の紐が括られている。
それにしても刀剣が懐中時計を持っているのも珍しい。平安や室町に生まれた彼らにとって時間のありさまとは十二時辰が主流で、私たちにとっては一般的なアラビア数字と12時間で区切られた時刻表示には基本的に慣れていない。
その上本丸での時間はあってないようなもので、少なくとも私の本丸は何時に何をするという概念がなかった。食事すら大抵誰かが起き始めて起こして回って、全員が揃ったらという流れで、それが当たり前のように同じような時間帯に繰り返されていた。
ただここの刀剣たちは現代の時刻表示にも慣れているようだし、何より時間に正確だ。

刀剣たちは皆、懐中時計の文字盤を見ている。時刻は14時15分の30秒前。

「あ、やば。清光はこっち持って!一緒で平気かな?」
「無理はしない方がいいと思いますけど」
「え、どうすんのさ」
「俺と山姥切が残る」
「は?俺も残るのか」
「アンタが一番見つけやすいからな」

懐中時計を持っている宗三以外の全員が五色の紐を一本ずつ持つ。大和守が赤、和泉守が白、歌仙が紫、余った緑と黄色を私と清光に手渡して大倶利伽羅と山姥切がその場からそっと離れた。
やばい、と大和守が言っていたのが気になったが、詳細は聞けずに紐を持たされる。
山姥切が駄々を捏ねそうな雰囲気はあったが、呆然としている間に2振りの姿が消えた。

次の瞬間、私たちは大きな橋の袂に立っていた。

「…は、なにこれ…」
「やっぱ驚くよね、わかるよ」
「うちの本丸くらいですよ、こんな面倒なゲートを使っているのは。ああ、驚くのは勝手ですけど紐は絶対に手放さないで下さい」
「ゲート、なんですか、これ」
「そうです。さっさと行きますよ、あの2人も迎えに行かなくてはいけませんし」

呆然とした様子の清光がぽろりと零したから、たぶんこれは普通の出陣帰路とは違うのだろう。
三条大橋ほどの幅の橋が濃霧の向こうに伸びている。霧が濃いとはいえ先が見えないくらいの長さだ。手に持っていた紐が、橋の向こう側へとつながっている。
隣の清光の手にある紐も、他の刀剣が持っている紐もそうだ。
宗三は懐中時計を手にしたまま、橋を渡っていく。
微かに湾曲している橋は緩やかな登り坂が続く。橋外の風景は濃霧のため、何も見えない。ただ暗いわけではなく、うっすらと明るい不思議な風景が続く。
登りが終わったころ、つまりは橋の天辺にあたる場所に小さな影が立っていた。

「お、来たな」
「お迎え、どうも。代わっていただけます?」
「おう」

小さな影は薬研藤四郎だった。彼もまた、手に一本の紐を持っている。
宗三は緑黄白の紐を縁ってできたその紐と懐中時計をそっと交換し、自分は一歩私たちから離れた。
代わる、といったのはおそらく先導のことだ。ここから先は薬研が先導するらしい。
懐中時計を手にした薬研はその文字盤を見てから宗三を見上げた。

「これでうまくいくのか?」
「さあ…幾分初めてのことですから。でもまあお互いに主の刀剣ですし、何とかなるでしょう。時間は?」
「念のため1時間後だと。時計はあるか?」

こてり、と無表情のまま小首を傾げた薬研に宗三は気だるげに自分のなら、と答えた。うまくいくのかどうかわからないことを今まさにしているというのは不安が残る。
一時間後、ですかと物凄く嫌そうに零した宗三はため息をつきながらも3本の紐をもって来た道を戻っていく。

「え、宗三は…」
「アイツは大倶利伽羅と国広の旦那のとこに戻った。うちじゃ迎えがないと本丸に戻れないからな」
「…特殊すぎない?それってすごく不便じゃん。時間もかかってるし」
「まあな。でもそういうもんなんだ、うちは」

宗三の持った紐は、私たちの紐と同じ場所につながっている。つまりは本丸につながっているのだ。私と清光を迎え入れるために足りなかった紐を渡しに行くということだろうか。
それに加えて、また時間設定。出陣から帰還するだけなのに、一体どんな複雑な仕組みを作っているのだろうか。
薬研は宗三のほうを振り返りもせずに、歩き始める。橋はなだらかに下っていく。道のりがあと半分だとすれば、もう10分もせずに到着できる計算だ。

不思議な仕組みを持った本丸の話は聞いたことがない。隣を歩いていた清光にちらと視線をやると、意を汲んだらしい清光が肩を貸してくれている大和守にこれはどういう仕組みなのかと聞いてくれた。
大和守曰く、ちょっと説明しづらいという。もともと大和守は物事を理路整然と説明するタイプではないし、まとめるのは苦手だ。だが私たちもそんな大和守に慣れているから問題はない。
彼はうーんとちょっと考えて、順序立てて話し出した。

「まず、本丸から出陣するときに各々紐を持つ。出陣できたらそれを懐中時計に括って部隊長が管理。帰りは本丸に連絡して時間を決めてもらってその時間まで懐中時計の紐を握っておく。時間になるとゲートが開くけど、紐を持った人以外はここから先に進めない。迷子になるんだって」

ちなみに紐の先は誰か刀剣がいて、その役割のことを迎えって呼んでる、と大和守は締めくくった。
紐という特殊な道具とゲートの開門時間制限はあるが、それ以外は一般的な出陣と大差ない。でも確かにゲートの開門時間について考えたこともなかった。
基本的にゲートは合戦場の一定位置に定点ゲートがある。刀剣たちは戦いが終わったらそのゲートの場所を見つけて通る。刀剣は各々の審神者の霊力を頼りにゲートから本丸に戻るようにできているそうだ。また定点ゲートは政府によって設置、管理されており、これに関しては審神者の関与できるものではない。
そのゲートの開門時間に関しては、刀剣が通過したらそのまま閉じるものだと思っていた。

ここの刀剣たちはその政府認定の定点ゲートを一切利用せず、審神者が直に作ったとみられるゲートを利用している。
だから特別なルールの設定ができると推測されるが、安定性に欠けると思う。

「…本丸に連絡できない事態になったらどうなるんですか」
「一応12時間経過しても連絡がなければ強制的に橋の袂に送られるけど、その時点で紐がないなら帰還はできない。僕だったらそうなるくらいなら戦場で折れるね」
「なん…何ですかそれ!そんなの、ひどすぎます!」

一見問題のなさそうな独自ゲートだが、その実は刀剣を見捨てる選択を差し迫られる可能性がある。もし、舞台から一振りだけはぐれてしまったり、舞台全員が重傷を負ったら。そうなったときの保険が何一つ存在しない。
定点ゲートを使う一般的な方法であれば、ここの審神者が利用している特殊ゲート…一般的に審神者の緊急用のゲート開門許可を利用して緊急事態に備えることができる。
だがこの審神者はその緊急時のゲートをメインゲートとして利用しているために、緊急事態の際は何もできない。
この本丸の特別なルールによって刀剣たちは縛られているといっても過言ではない。
ひどすぎると声を荒げたが、大和守はきょとんとした様子で事態の深刻性を認知していないようだった。歌仙や和泉守も何も言わない。これが当たり前だと思っているからだろうか。

「でもそれで本丸に敵が入り込む可能性がほぼなくせるんだよ?それに紐さえあれば迎えは僕らを探すことができるから、何とか帰れる可能性はあるし」
「そのひと手間だけで主への危険が軽減できるなら儲けモンだろ」

至極当たり前のように二振りはそういう。私は愕然とした。
これが当たり前だから、きっと認知ができないのだろう。
そう思って清光を見た。清光は困ったように曖昧な微笑みを湛えている。

「主、これは和泉守の言うとおりだと思う。悪くないんだよ、この仕組み」
「なんで?これじゃあ清光たちが帰ってこられないかもしれないじゃない…!」
「うん。でも俺たちはあくまで主が一番大切なの。主を危険にさらしてまで帰還しようと思う刀剣男士はいないんだよ、主。…主は優しいから怒るかもしれないけど、俺だってそう」

聞き分けのない子どもに言い聞かせるような優しい声音。
俺たちは主の神様で刀だから主を守りたいから、と清光はそういう。

清光の言うことはわかる。確かにそうだ、彼らは刀剣男士で私たち人の子とは違う。人としての常識を彼らに無理に当てはめるのは、彼らの矜持や存在意義をゆがめる可能性があるからしてはいけない。
彼らは刀剣男士で、戦争をしている私たちの為にと戦うために力を貸してくれている神様。だから彼らが主たる審神者を助けようとするのを決して私は止めてはならない。彼らが守ろうとしている尊い人の子を人の子自身が蔑ろにすることは、彼らの大切なものを蔑ろにしているのと同意になる。

「…難しいよ」
「そうだね」

だけど、それはモノとして彼らを扱っていいことにはならないと思う。彼らが人としての心を持つ限り、私は彼らをモノとして扱うことはできない。彼らにとって私が大切な主であるのと同じように、私にとっても彼らは大切な神様なのだ。どうしても大切にしたいと思ってしまう、自分だけが助かりたいと思えない。

その思いはきっと多くの審神者が抱くジレンマで、どこまでも続き終わりがない。
それを清光もよく分かってくれているから、やはり彼は曖昧に微笑むだけだ。
そんなやり取りを見ていた大和守が感心したように気の抜けた声を上げる。

「なんていうか、清光の主さん、すごく優しいひとなんだね」
「そっちは違うわけ?」

優しいっていうかまあ普通だと思っている。一般的な審神者なら誰しもが一度は考え悩み通る道だと思っている。それが優しいと評されるなんて思いもよらなかった。
清光もそれを感じたのか怪訝そうに大和守を見る、彼はマイペースにうーんと唸った。

「そんなことないけど、優しいっていうかまっすぐな人だよ。まっすぐでわかり易くて、僕は好きかな」

大和守は決して頭の回転が速い方でも語彙力があるほうではない。ただその率直な感情だらけの言葉をよく人の心に通る。そんな大和守がまっすぐな人と評する審神者。
隣の和泉守も確かにあの人はまっすぐだといい、歌仙も雅ではないがその通りだとそういう。

「まあ、うちの大将はちょっと不器用なところはあるな。まっすぐが過ぎるってのも大変なもんだ」
「でも最近はよくなってきてんだろ」
「まだ年若い子だから仕方ないさ」

刀剣が口々にいう。まっすぐで不器用、そしてまだ年若い。最近の審神者の中には未成年者もいるようだから、彼らの主さんもそうなのかもしれないと思い年齢について聞けば、私と同じか少し年下だろうといっていた。…まあ彼らからみれば私も年若いんだろうけど。
風変わりな仕組みを利用しているが彼らにとっては悪くない主のようだ。気になるところはあれど、こちらは助けてもらう身。悪く言うのはやめた方がいい。どんな主であれ彼らにとっては大切なお人なのだから。

いつの間にか橋の脇に雪洞が並び道を照らしだしていた。霧は薄くなっていて、行く先が白く照らされている。橋の袂と見られる場所には大きな鳥居が見えた。見慣れた朱塗りのものではなくて、白い…たぶん木造の鳥居。良く見るとその両脇に祠があり、そこに人影が見える。更にその先、目を凝らすと遠くに家屋が見えた。きっとあれが本丸なのだろう。

「あー…こりゃ…俺が先に行く」
「頼んだよ、和泉」

私の隣を歩いていた和泉守がばりばりと頭を掻きながら、薬研の隣に進み出た。
歌仙が苦笑しながらそれを見送り、無表情の薬研が肩をすくめた。一体何なのかと問えば大和守が笑いながらいう。

「まあ見ればわかるよ」

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