山姥切国広と大倶利加羅は刀である
昼餉後の厨は穏やかだ。
厨番は怒涛の配膳を終えると静かに遅い昼餉を摂り始める。
無論、皆で食べたいという厨番は優先的に先に上がらせ、静かに食事をしたい者だけが最後まで配膳をするのが暗黙の了解となっている。
それだけでも面倒だと言うのに併せて、うちの厨番は慣れ合うことに対してかなり敏感な奴だ。
そんな事情もあり、本当に静かに食事を摂りたい奴以外は厨に残らない。

そんな昼下がりの厨を覗きこむと案の定、厨番の大倶利加羅と山姥切国広だけが黙々と食事を摂っていた。
この2人は同時期に顕現したことや元々の性格もあってか仲が良い。
俺が厨に足を踏み入れると出入口側を向いていた山姥切と目が合った。
といっても目が合っていたのはほんの一瞬で、すぐに襤褸布を目深に被り俯いた。
山姥切のその様子を見た大倶利加羅が振り返って俺の方を見て、目を細めた。
こいつらは本丸内でも2人でつるんでばかりで、どうにも排他的である。

「もう残り物はない」
「そうじゃない。少し話がしたかった」

気だるげにそう言ったのは大倶利加羅の方だった。
彼は俺を視界に入れるとすぐそう言って、体勢を戻してした。
慣れ合うつもりはないという意思表示なのだろう。
ただ、この期を逃したら大倶利加羅と話ができるのは1週間以上先になる。
練度の差ゆえ、お互い部隊も違えば出陣のタイミングも違う。
そうなると休みも合わず、内番も早々に合わない…兄弟刀であっても1週間ざらに顔を合わせないなんてことがある。
ともかく、何とか話を聞いてもらうように仕向けねばならない。

俺は大倶利加羅の隣の椅子を乱暴に引いた。
大倶利加羅は目を眇めて俺をちらと見るだけだった。
基本的に慣れ合わないが慣れ合わない為だけに労力を要するのも嫌いな奴だから、しつこく食い下がれば話を聞くくらいはするだろう。

「…、俺は行く」
「山姥切、皿洗いを手伝い約束だ」
「後で戻ればいいだろう…」
「お前のお替りは他には秘密だ。二度と出さんぞ」

俺が座るや否や、丼だけ持って立ち上がって逃げようとした山姥切の腕を大倶利加羅が掴んだ。
人見知りの生来のあるらしい山姥切は大倶利加羅や仲の良い刀剣以外との接触を極端に裂ける傾向にある。
逃げてばかりでは仕方ないだろうと思うのだが、出陣の時は人が変わったように堂々としているので何も困らないのが逆に恐れ入る奴だ。

それはさておき、ちらと見えた丼の中身は天婦羅だった。
今日の昼餉は天婦羅饂飩だったからその天婦羅を使って天丼にしたのだろう。
大倶利加羅は普通なのだが、うちの山姥切はなぜか食べる量が多い。
打刀どころか大太刀よりもよく食べる。
彼は先ほど大広間で天婦羅饂飩を替え玉までしっかり食べきっていたように見受けられたが、足りなかったらしい。
なるほど、こっそりと毎食余計に食べていたらしい。
そのことを人質にとられた山姥切は渋々と言った様子で椅子に座り直した。

「…それで。何の用だ」
「主の事を知りたい」
「俺もそんなには知らない」

何を言っているんだお前はと言わんばかりの顔を一瞬したかと思えば、ふいと顔を逸らされた。
確かに彼らは出陣がメインで、近侍をすることは殆どない。
ただ何の文句も言わずに毎日出陣して敵将を打ち取って、暇があれば好戦的な奴らの打ち合いに付き合い、時折2人で手合わせをして…とにかく戦うことが好きなのか何なのか延々と戦っている。
戦っていないときは専ら料理を作って、…山姥切は食べる専門だが…と言う様子である。

確かに主と会話をするような時間はなさそうである。
ただ、彼らはそんなに知らないというが、大倶利加羅も山姥切国広も最初期の6振りの中に入っている。
主のお顔を見たことがあり、共に食卓を囲んだこともあるだろう。

「なぜ主は俺たちをこんなにも出陣させるんだ、不満だって聞こえていないわけではないだろう。なぜ主に進言しない?」

少し前にも乱藤四郎が不満を漏らしていたのを知っているはずだ。
ああ…、と山姥切が思い出したようにつぶやく。
彼もその場にいたし、大倶利加羅は聞いていないにしろ気付いているはずだ。

不愛想な奴だが、大倶利加羅は伊達家に置かれて長い刀だ。
燭台切や鶴丸の様なコミュニケーション能力はないが、彼らよりもさり気なく気を回して行動している。
厨のことだって最初期の7振りの中で最も早く最新式の器具に慣れ、歌仙や後から来た燭台切に教えて回っていたらしい。
短刀たちが暇をしていれば手合わせをしてやり、馬の様子もよく見ている。
慣れ合いを好まないと言う割には優しすぎる刀である。

その大倶利加羅がこの状態に気づいていないわけがないし、恐らくは懸念も感じていることだろうと思う。
大倶利加羅は最後の天婦羅を食い終わると、不機嫌そうに答えた。

「俺たちは刀だろう…確かに人としての心とやらがあるが、刀だ。ある程度、皆それは認識しているだろう。それ故、そう過激なことにはならないと思うから放っていいと思っている」

宗三と同じような答えだ。
本当に最初の六振りは自分たちが刀であることを軸に考えているのだ。

どうしても理解できない。
俺たちは確かに刀だが、今は人の身を得ているし心なる面倒なものまで備えついているときている。
それ故。

「使われ方が悪ければ言いたいことも出るだろう。その上、今の俺たちには言いたいことを言える口があるわけだからな」
「何だ、皆不満なのか。主の采配が」
「采配に不満があるかといえばそうではないだろうが…中傷で進軍することや御姿を見られないことに不満を持つ奴らもいる」

俺たちは今や物言わぬモノではない。
下げ渡されそうになったら、今の俺は主に縋るかもしれないし文句の1つも零すかもしれないのだ。
現に短刀たちは抱えた不満を多少なりとも口にする。
脇差以上の刀剣たちはある程度の見目に伴った精神年齢をしているから口にすることはないが、見目に精神年齢が出やすい短刀は無垢に言うのだ。
主様と遊びたい、出陣もいいけれど万屋に行きたい、と。

意外なことに俺の言葉に食って掛かったのは山姥切の方だった。
丼を黙々と食っていた彼はムッとした様子で口を挟む。
大倶利加羅と比べ、山姥切国広はどうにも幼い部分があるように思える…あと鈍感である。
もしかしたら、主に不満がある奴が居るということもそこまで深刻に考えていないのかもしれない。
丼を食い終わったらしい山姥切が欠伸をし乍ら席を立ったのと同時に、俺はもう一つ聞きたいことがあったのを思い出した。

「お前たちは不満がないのか?」
「食事の量が足りないことへの不満はあるな」
「それはお前だけだ、山姥切」
「それは伝えておけ、山姥切」

コンロの前で湯を沸かす準備をしている山姥切だけは即答した。
追加を作らされている大倶利加羅も即答した。
山姥切国広はこの本丸における初期刀である…到底そのようには見えないが、実際にはそうなのである。
だというのに、この男は戦と飯の事しか考えていないのか…呆れる。
それに足りないと言っても、勝手に追加で食べているだろうに。

頼りになるのは大倶利加羅くらいなものだ。
大倶利加羅は何やら考え込んでいたようだが、山姥切が淹れた茶が目の前に置かれたと同時にはっきりと答えた。

「俺たちは主の為に戦う、ただそれだけだ」
「ああ…そうだな。主が戦えと言うなら戦う。俺たちが戦い続ける限り、主は俺たちを使い続けてくれるからな…こんな写しであっても」

2人の答えに少し怖気づきそうになる。
宗三といい、大倶利加羅たちといい…なんでこいつらはこうも自信があるんだ。

自分で言うのも難だが、へし切長谷部という刀は基本的に主至上主義の生来がある。
無論俺自身にもその自覚はあり、主の事を悪く言うつもりもないし、寧ろ今の状態が主にとって良くない状態なのではないかと思っての行動でもある。
ただ聞いて回ると、確かに俺たちの主が他の審神者よりも出陣頻度か高かったり、姿を見る機会が少なすぎたりしているということが分かった。
余所は余所とはいえど、それに関して不満が出ているのであれば早急に解消した方がいい。
懸念事項は全て排除しておきたいというのが俺の持論であった。
…まあ、その一方であわよくば主にお近づきできればと思う下心もあるわけだが。

それはともかく。
初期メンバーは現状に問題を感じていないということに、驚きを通り越していっそ恐ろしささえ感じた。
妄信的といえばそうであろう。
これだけ声が上がっていても彼らは主の肩を持つ。

「中傷で進軍させるような無理な采配でもか?このままだと誰か折れるかもしれん」
「「それはない」」
「主は俺たちを折るような采配は決してしない。俺が覚えている限りで、重傷進軍をしたことはただの一度もないしな」
「それに、全員御守を持っているだろ」

それはないと断言されたため、これ以上追及はできまいと口をつぐんだ。
大倶利加羅と山姥切は主を全面的に肯定しており、過ちは犯していないとそう思っているのだ。

何より、こいつらは本当に折れることを想定している。
そもそも俺の発言の意味は最悪の可能性をいつでも抱かせるような進軍をすることに懸念を感じているのだが、彼らは恐らくそこに懸念を感じていない。
というより、折れると聞いた瞬間にこいつらは本当に折れることを想定した。
折れるような、ではなくて、折れると言った断定的な受け取り方をした。
それはこいつらがいつでも折れることを念頭に置いていることの現れに他ならない。
刀の意識があまりに強すぎる。

「…そうだな」

…もとより、俺は彼らの否定をしに来たわけではない。
ここに居る刀剣たちが何を考え、動いているのか多少把握しておきたかった。
それでもし俺の不安感や不明瞭な部分が少しでも晴れれば、それがよいと思っていた。
両方とも晴れることはないが、ただ把握はできた。
大倶利加羅、山姥切国広は宗三と同じだ。
この様子だと、初期に顕現した6振りは全員こうであると考えても良いかもしれない。


大倶利加羅は話は終わったと言わんばかりに俺から目を逸らして茶を飲み始めた。
彼とは逆に俺を見たのは山姥切だった。
猫舌だからかしきりに湯呑を掌で覆って冷やそうと息を吹きかけていた山姥切が翡翠色の瞳を俺の方にしっかり向けている。

「それに主が姿を見せないのがなんだ。俺への当てつけか」
「なぜそうなる!?」
「姿を見せたくない奴だっているということだ」

山姥切は誇示するかの如く、自らの頭の上に在る襤褸切れを引っ張って目深に被った。
この男は本科山姥切の写しであることを気にする一方で、国広の最高傑作としての矜持も持ち合わせるという、どうにも不可解且つ面倒な刀である。

初期刀の彼は、主に最も近しく最も長いときを共に過ごす。
無論、主の御姿も御顔も良く知っているのだろう。
それ故、自らの事を盾にして守ろうとしていると見える。
つまりは、主は御姿を我々に見られたくないとはっきり思っているということだ。
そしてその理由を、初期刀は知っている。

「…俺は、主に言われた。写しだと切れ味が悪いのか、と。そんなことはないと返したら、ならば何でもいいと。刀なんて切れればどれも同じだろうと言った」
「それは…どうなんだ、それは」
「さあな。でも俺は嬉しかった。写しだろうが何だろが、俺は確かに刀だ。戦場においては切れれば確かに何でもいい。…俺は実戦にはあまり持ち出されなかったからな。そういう発想はなかった」

山姥切国広にとって写しであるということは卑下することでもあるが、矜持でもある。
その彼に、切れればいいと言ったのか。
彼の写しであると言う謂れも何もかも関係ないとそう言ったのだ。
あまりにも無知で真っ直ぐすぎる言葉だが、確かにそれは正論でもある。
この山姥切にはその言葉が救いになったようだった。

俺だったら怒ったかもしれない。
どうしてそのようなことを言うのか、俺は俺だと言うのに、と。
その言葉は、俺たちが俺たちであるという個性を全て否定しているようなものだ。
どんな名前の刀だろうが、全て等しく刀という人を切り殺す道具であるとそう言っているようなものだ。

「他の奴らは知らないが、俺は主を信じている。だから、もし今不満を持っているとかいう奴らが主に危害を加えると言うなら、容赦はしない」

ギラギラした翡翠の瞳が俺の目を射止める。
白刃のように煌めく瞳を、俺は見ていられなかった。
確かに山姥切国広は刀だと、そう思わざるを得なかった。
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