宗三左文字は揺るがない
傾国は気だるげに首を擡げ、はあと吐息を漏らした。
手にはカップ酒…不動が甘酒と間違えて箱で購入したものだ。
自分が買ったのだから、と意地を張って二口三口ほど飲んですぐに眠ってしまった不動を布団に仕舞いこんでいる最中の事だった。

「答えは簡単ですよ。主に見てもらえないことに拗ねているだけでしょう」

俺は、不動が悪酔いをし始めて絡み始めたあたりでなぜこの本丸の奴らは主に物申さないのかと言うのを問うてみた。
何とか起きていた不動はただ単に頑張るのが嫌なんじゃないかと言った。
主は勤勉な方で努力や実力をお好みになる、話を聞いてもらうにはそれをせねばならないから皆嫌煙しているのではないかと。

「現に誉を取れば、主に1つ願いをかなえてもらえるんだ。本当に会いたいなら、長谷部みたいにお会いしたいと言えばいい。誉も取らずに…まあとっても別のことに使う奴もいるんだろうけどよ…まあ主様に会いたいなんて恥ずかしいことじゃないか。昔だって臣下が将に会うっつったら、何かしら誉を上げてただろお?」
「まあ…何もせずに我儘ばかり言うのはおかしな話だが。ただ、他の本丸の審神者は刀剣と食事を共にしたり、短刀と鬼事をしたりするそうだから、うちが多少変わっていると言っても過言ではない。他と比べてああして欲しいだとか羨む気持ちが出るのも仕方がないことだろう」

これを言っていたのは粟田口の短刀たちである。
他の本丸の自分たちはあんなに楽しそうに審神者と喋っているのに、なぜうちはできないのかと問い詰められたことが何度かあった。
その時に俺は何と答えたか思い出せない、多分何か適当なことを言ってごまかしたに違いなかった。

俺の言葉を聞いて、不動はきょとんと目を丸くした。

「は?俺たちは戦うために顕現してて、尚且つ今の主に顕現されたんだから…他がどうとか関係ないだろ」
「ふふ、不動はそのままでいてください」

話を切ったのは宗三だった。
訳が分からないと言った様子の不動の頭を撫でながら、得意げに微笑んでいる。
戦場から戻った小夜左文字が誉桜をくっつけていた時と同じような顔だ。

よく分からないままの不動は今の主がどれだけ優しいのかをペラペラと喋り出した。
アルコールが入り機嫌の良くなっていたからか、織田信長が自分の事を自慢したと言う話をした時と同じくらい嬉しそうに話すのだ。
不動はここに来てまだ間もないが、一度主に拝謁したことがある。
と言うのも彼は鍛刀ではなく特殊な戦場でのドロップできた刀で、どうしても主が触れないと顕現できない刀だった。
基本的に不動行光は後ろ向きで、自分を卑下するようなことを言ったかと思えば過去に愛されたことを自慢げに話したり、何かそれにあたって嫌なことがあるとすぐに拗ねたりと子供っぽい一面がある。
しかしうちの不動は違う。
顕現時に不動は何やら主と話をしたらしく、恐ろしく前向きで努力家である。
無論、主に対してもいい印象を持っているようだった。

つらつらと主の良いところを話し出した不動に対し、宗三は即座に酒を飲む用に煽った。
そうすればさっさと寝るだろうと言う魂胆だったのだろうが、それは大いに成功した。

ここまでが前置きだ。
不動の話も確かに有義であったが、一番気になっていたのはこの宗三左文字が何というかという点にあった。
我が本丸の初期六振りが一振りの彼は歯に衣着せぬ物言いで問いに答えた。

「まあ、この本丸は他と比べて多少変わっているとは思いますよ。ですが、それが何だと言うんです?他が違うからそれに合わせろと?馬鹿馬鹿しい」

吐き捨てるようにそう答える宗三はぐい、とカップ酒を一気に飲み干した。
美味とは言い難い味だったのだろう、怪訝そうな顔をした後で戸棚から一升瓶を取り出す。
そしてその中身を開いたカップ酒の瓶に注いでお湯を注ぐ。
うちの宗三左文字は毒を吐くことに関していえば一般的な傾国だが、その実、中身は日本号なんじゃないかと思わせる部分が多すぎる。
それを言えば相当痛い足蹴りを食らうことになるので言わないでおくが。

俺も一杯くらいは飲もうと湯呑みを探したが見つからなかったので仕方なく不動のカップ酒を手に取った。
あけて飲んでみると確かにあまり美味くはない、酒の味といったところだ。

「で、長谷部。貴方はどうなんです」
「何がだ」
「主にお会いして主命を賜りたいと思います?」

硝子瓶を片手に、宗三は手近なところに会った煎餅を取り出す。
激辛!という赤い文字が躍る煎餅だったので、俺は手を出すのを止めた。
うちの本丸内において左文字は辛党で有名である。
小夜左文字すらこの煎餅を食べるが、他の短刀は触るだけでひりひりするような気がすると言って触れることもないほど真っ赤だ。
そんな赤い煎餅を小袋の中で細かく割りつつ、宗三は話を続ける。

主命を賜りたいと思うか、といえば答えは1つだけだった。
その答えを口にしようとしたが、言いにくいと思った。
酒を一口含んで、その後にようやく言えた。

「それは…できればそうしたいが」

ここでは主命を直に賜りたいという自らの願いを言うことも憚られるような気がする。
主がそれを拒絶しているのであれば、なおさらの事。
その思いを誤魔化すように、カップ酒を一気に煽った。
俺は何も悪いことは言ってはいないはずだ。

しかし宗三は俺を眇め見て非常に嫌そうな顔をするのだから罪悪感も増すというもの。
宗三は手に持っていたカップ酒の器を置いて億劫そうに薄い唇を開く。

「そういうところが、ここの刀剣の嫌なところなんですよ」
「お前、その言い方はないだろう」
「言い換えましょう。刀剣男士全体的に言えることですが、皆考えに個体差がある」

宗三の手は俺の手元にあった開いたカップ酒の器に焼酎を注いでいる。
明日も出陣があるからある程度控えたいのだが、そう言える雰囲気でもない。
器の半分ほどに焼酎を入れられ、その上から湯を注がれる。
宗三はそれでいいかもしれないが、俺はそこまで酒豪ではない。

一通り、酒を入れ終えて満足したらしい宗三ははあ、とため息をついた。
自分の手持ちの器にも焼酎を注いで、今度はストレートで飲み始めた。
左文字の上二人は基本的にワクである。
彼らのペースに合わせると碌なことにならないことを、俺は良く知っている。

「忘れちゃいませんか、僕らは刀ですよ?僕らは主の物であり、敵を倒すための武器です。無論、人としての心も多少なりとも持ち合わせるでしょうが…本質は刀で、この戦争を終わらせるために降りてきたんです」

それは重々承知のことだ。
俺たちは刀で、敵を切り殺すために降りてきた。
だからこの本丸の刀剣たちも毎日毎日、文句は言わずに出陣を繰り返しているのだ。

ただ、自分が物であると言われたときに果たして迷いなく頷けるかといえば否であった。
俺たちは悩む心を持ち、誰か一言に一喜一憂し、兄弟が揃えば喜ぶ。
主に見て欲しい褒めて欲しいと言う気持ちも無論存在し、其れ故苦しい。
女々しいと一蹴されてもおかしくない感情であることもよくわかっている。
だが、儘ならない。

「主が戦うことを僕たちに求めることは、僕たちの存在意義そのものですよ」

宗三の言うことは正しい、まさにその通りである。
ただそれだけではどうしても済まされないこともある、割り切れないこともある。

「だが、俺たちにも心はある。存在意義というわけで割り切るのは難しいだろう」

舐めるように焼酎を飲む宗三に俺は何と返せばいいのか、咄嗟には出てこなかった。
要領を得ない回答しかできずにむず痒い思いがする。
呆れた様子の宗三の目から逃げるように俺も焼酎に口を付けた。
喉が焼けるような度数の高いお湯割りで、これは明日に響きそうだと他人事のように思った。

宗三は激辛煎餅を一欠口に入れて、噛み砕き、咀嚼する。
それが終わると、優しく俺に言った。

「存在意義だけで十分でしょう。存在さえできていれば主が僕にある程度の働きを求めて、僕はそれに応えることができる。主の命にきちんと実績で応えたらいいんです。応えたうえでの発言に対してはきちんと返してくださる方ですよ、うちの主は。少なくとも僕や兄上の進言を聞かないことはありませんから」

意外だった。
確認したことはなかったが、江雪や宗三などの近侍からの命は全て主の独断であると思い込んでいた。
言い訳にはなるが、以前御簾越しに拝謁した際の主の様子はどうにも冷たく業務的であると感じた。
悪いわけではないが、昔に俺を持っていた主たちと比べどこか物足りない。
無論、一般の人の子にそのような完全な将を求めるわけではない。
ただどうしても比べてしまう部分はあるし、何より懸命さに欠けた独裁的な様子であったから猶更可愛げはなかった。
いや、可愛げなど求めているわけではない、ないはずなのだが…。

どうしても自分も思いが把握しきれないのが心苦しい。
恐らく欲望の理想と求めるべき理想、やるべきことが綯交ぜになっているからだ。
更には、考え込んだ俺に対し、宗三は皮肉めいた笑みを浮かべていうのだ。

「何もしない口だけの煩い刀になどならないでくださいよ、長谷部」

それだと何のために時間を割いて現代語を教え込んだのか分からなくなります、と宗三は物憂げにため息をつきながら。
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