へし切長谷部は疑問に思う
江雪左文字は一般的に戦いを好まぬ刀剣と言われている。
それは彼の持つ…というよりは持たれてきた来歴によるものだ。
彼の主は戦乱の世において切り合いではなく、言葉と知識、経験をうまく利用して戦を極力避けるように尽力した人であったという。
俺の元の主とは大違いである…いや、それはさておき。
その主の影響を受けた江雪左文字は刀でありながら戦いを好まず、ただそれ故自分の存在否定を繰り返す、不思議な刀である。
このどうにも度し難い江雪左文字には兄弟が居り、彼もまた七面倒くさい来歴と性格をしているのであるがいやそれもさておき。

この本丸の江雪左文字は、その限りではない。
俺が言いたいことはそういうことである。
内番着の作務衣を着て俺の方を見ている江雪は怪訝そうに眼鏡の上の眉を寄せた。

「…何か」
「いや…、何でもない。これがまとめた報告書だ」

執務室の隣、近侍室。
ここの主の意向で刀剣男士は執務室内に入ることを許されていない。
そのため近侍である刀剣専用の部屋が隣に設けられ、何かあった時は急行できるようになっている。
この本丸における近侍は大抵左文字が執り行っている。
主に江雪左文字と宗三左文字…2振りともこの本丸の中で非常に歴の長い刀剣であり、最初期の6振りの中に食い込んでいる刀である。
小夜左文字もまた主から多大な信頼を得ている刀だが、修行に出てからは専ら戦場に出ずっぱりか主の懐刀として守護の任をしてるかで近侍室にいることは少ない。
また宗三に関しても修行を終えてからは出陣する機会が増え、現在は江雪左文字に近侍を一任されることが多くなっている。

今日の近侍は例に漏れず江雪左文字で、俺は第二部隊長。
近侍は主に出陣や遠征の報告を刀剣男士から聞き纏め、それを主にお渡しすることが大きな仕事の1つである。

「ありがとうございます…報告書、分かり易くて助かります。これはこのまま主にお渡ししましょう…」

昔は部隊長が各々主に報告していたそうだが、如何せん平安刀などは現代語が書けず主を困らせたらしいと言う話を宗三に聞いた。
そのため、現代語を習得した左文字兄弟が刀剣男士たちの報告を代表して聞くようになり、そこから自ずと近侍になった。
俺も近侍になれるよう、腹立たしくはあったが宗三に教えを乞うて今は何とか現代語の読み書きができるようになった。

ぜひとも主から直接褒められたいものだが、俺たちの主は滅多に姿を御見せにならない。
ただ功績を上げると必ず直筆で文が送られ、願いを聞いてくれる。
俺は特付きになったとき、初めてのお願いを聞き入れて頂けることになった。
その時に俺は初めて主と合い見え、拝謁したのだ…御簾越しではあるが。
ともかく主に会いたい、それだけの為に俺は努力していると言っても過言ではない。
少なくとも、江雪左文字に褒められてもそこまで嬉しくはないということだ。

「負傷者は…?」
「手入れ部屋に突っ込んである。大倶利加羅、鯰尾が重傷。中傷者はいつも通り、薬研が手当てをしている」

今回は平均70程度の奴らを連れての厚樫山出陣だったため、重傷者が出た。
江雪は眼鏡を取ってから、報告書に目を通し始めた。

近侍をしているとどうしても絡繰りを触らねばならず、また絡繰りは外の風景や紙と違って独特の光を出しているとのことで目が疲れるらしい。
確かに絡繰りを見ていると視界の一部で光が点滅しているような錯覚を起こすことがあるから、恐らくそれだろうと思う。
あまり見過ぎるとそのうち目が乾燥したり、霞んだりと大変なのだと宗三がごちでいたのを思い出す。
代わってやると言ったら鼻で笑われ、さっさとローマ字を覚えろと言われたのが腹立たしい。

そんなことを考えているうちに江雪は報告書に目を通し終えたようだ。
文机の引き出しから札を2枚取り出している。

「…状況は分かりました。ではこれを」
「手伝い札か」
「ええ。第二部隊は予定通りに一刻後に椿寺へ出陣してください。この程度の傷ならば問題ないでしょう…」
「承知した」

江雪に手渡されたのは手伝い札…重傷の2人に使えということだ。
俺はそれを受け取って、江雪とその後ろの襖を見る。
手入れは本来、審神者が手ずから行うことであると知ったのは特付きになった少し後の事である。
演練に行った際に、他の刀剣がここは手入れが必要ないから主の手を煩わせなくて済むと笑いあっているのを聞いた。
俺たちの主は手入れに札を使い、手ずから行うことはない。
昔は違っていたのかもしれないが、俺が来てからは一度たりともなかった。

それ以前に、主は一定の刀剣…具体的に言えば最初期に自らで鍛刀し顕現した刀6振り以外とはお会いにならない。
その上、主に近しいであろう宗三ですら主と話すのは3日に1度あればよい方だと言っていた。
最も近しい江雪がどうなのかは分からないが、如何せん、主は俺たちと距離がありすぎる。

「何か…?」
「いや、なんでもない」

これに関して思うところがあるのは俺だけではないだろう。
他の刀剣も主の姿が見えないことに不信感を持つ者もいる。
俺は主を信じている、御姿は見えずとも。
ただそう思えぬ奴らも居る。

近侍部屋を出て、重傷者のいる手入れ部屋に向かう。
その最中、軽傷の乱藤四郎が胡乱気にこちらを睨んできた。

「二枚ってことは、重傷者だけ?」
「そうだ」
「ふうん…中傷の山姥切さんはそのままってことだよね」
「そうなるな」

乱藤四郎含む、粟田口の刀剣は特にそうだ。
短刀である彼らは、その気質からか主に甘えたがる節がある。
そしてそれが許されない、その上非常に厳格な規則の上で成り立っているこの本丸に不満を持っていると見える。

この本丸における規則は大小さまざまある。
その支柱は6つ、許可なく執務室並びに離れに近寄らない何かあった時は近侍を通す、6振りの中で短刀が顕現を解いた状態で主の傍に仕える、部隊長の命令は主命と思うこと、規則の追加は6りの半数以上が許可をした場合のみ、出陣の命令は絶対、手入れは重症になってから。
それはこの本丸発足時に初期刀と顕現した5振りとで決めたもので、その後追加はあったが最初の規則だけは決して変わらない。
特に後半2つの規則が厄介で、刀剣たちの反感を買っている。

「俺は平気だ。出陣は予定通りか」
「ああ」
「ならいい」

一方で最初の6振りは決してこの規則に物申さない。
最初の6振りの一振り、山姥切国広は手入れ部屋前の廊下に座っていた。
先ほどの出陣の際に練度の低い乱藤四郎を庇って中傷になった最高練度の打刀。
山姥切国広は乱藤四郎の手を引いて、自分の隣に座らせた。
まだ何か言いたげだった乱藤四郎も流石に山姥切国広の前で言うことはできないようだ。

静かになった乱藤四郎を尻目に、手入れ部屋に入る。
手入れ部屋は奥に敷布団、手前に刀身の手入用の作業机がある。
敷布団の上で横になっている大倶利加羅は、元々中傷で出陣をして最終局面で大将からの一撃を食らって重傷、その隣の鯰尾藤四郎は槍にやられた結果だ。
手伝い札は手入れ部屋の妖精に渡して、2人が寝ている布団の前に座った。

「主からの伝令だ。予定通り、一刻後には椿寺へ出陣になる」

2人から返事はないが、大倶利加羅は龍の這う腕を少しだけ上げた。
了承ということだ。
鯰尾は何も言わないが、無視して手入れ部屋を出てきた。

この本丸では刀剣が三つ巴になっている。
1つは主に無関心な刀剣、2つ目に主に批判的な刀剣、3つ目に主に肯定的な刀剣。
人数は挙げた順に多く、練度はその逆である。
そのため上手く三つ巴が出来上がっており、それらは拮抗して動かない。
ただ、それがいつまでうまくいくのかといえば疑問である。

どうにかしなくてはならないと俺は思うが、不思議と六振りは何も言わない。
主への不満を漏らされても、こうして欲しいと言われても、ただ静かに聞くだけで行動には移さない。
この本丸は何かおかしい。
ただ本丸としては成り立っており成績も優秀であるから政府に何か言われることもない。
このままでいいのだろうか、と思いながら自分も動けずにいる。

特上ばかりの刀装が置かれている中から自分と大倶利加羅、鯰尾の為のものを用意しながら思う。
確かに戦いの数は多いし、すぐに傷が治してもらえるわけではない。
痛みがないわけでもないし、いまだって自分は軽傷だ。
ただ山姥切や大倶利加羅のように強くなれば、1日の出陣を終えても中傷程度に収まるようになる。
これだけの出陣をしていれば短期間で強くなれるだろうから、多少怪我を負っていても出陣することを悪手とまでは言わないだろう。

主のやり方が間違っているというわけではない。
ただ何やらすっきりしない、その答えが見つからなかった。
だから俺は他の刀剣の意見を聞いて情報収集に努めることにした。
それが俺の答えを導く近道になると思ったからだった。
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