目を覚ましたら、全く知らない天井が目に入った。
慌てて体を起こした瞬間に、天井に頭を打った。
打ったお陰か、一瞬で目が覚めた。
ここはどこだ。
アルコールの力と言うのは恐ろしく、昨晩の記憶が殆どなかった。
辛うじて覚えているのは、昨日オーディションに落ちて、自棄酒をしたことくらいだ。
気が付いたらいつの間にか着替えまでしていて、知らない部屋で眠っていた。
「…えっと、」
落ち着いて周囲を見渡した。
天井がやたらに低いと思ったら、自分はロフトの上のスペースに寝かされているだけだった。
下の方を覗いてみたが、誰もいない。
テレビにローテーブル、3人掛けくらいのソファー、戸棚。
どこかのモデルルームみたいなリビングだが、なんだか生活感がない。
ロフトを降りて、実際にリビングに立ってその原因に気付いた。
テレビもローテーブルも使われていないのか、埃が少し積もっている。
据え置かれている戸棚の中は空っぽ。
そのくせ、台所には洗い物とゴミが散乱している。
「…あ!」
そのゴミの中に、黒いコートが入ったコンビニ袋が混ざっていた。
そういえば、昨晩、コンビニで行き倒れて女性に助けてもらったのだ。
その時にその人の膝元で戻してしまって、と言うところまで一気に思い出した。
つまり、ここはその女性の家ということだ。
何をやっているんだと頭を抱えたくなった。
リビングを出て、廊下の方へ向かった。
廊下には部屋が2つほど。
失礼だと思いながらも、少しノブを下げた。
1つのノブはそのまま下がり切り、もう1つは下がらない。
つまるところ、後者の部屋は鍵がかかっている。
恐らくそちらが女性の部屋だ。
玄関には丁寧に自分の靴が逆さまにして置かれている。
女性に礼も言わずに買って位に出ていくわけにもいかないと、紬は踵を返してリビングに戻った。
「どうしよう…」
リビングの扉のあたりでウロウロしていたが、やがて台所が気になってきた。
忙しい人なのだろうか、とにかく台所だけ汚い。
ゴミも多く、足の踏み場もない。
とりあえずゴミを退かしながら、洗い場の前に立ってみた。
結構溜まっているなあ、と思いながらスポンジを探したが見当たらない。
大体の家庭であればここにあるだろうと、下の棚を開けると案の定スポンジと洗剤があった。
とりあえず心を落ち着かせ、罪悪感を軽減させるために洗い物をしていく。
換気のために台所の脇の小窓を開けると、気持ちのいい冷たい風が勢いよく吹き込んできた。
ちらと下を見ると、自分がかなり高い場所に居ることが分かった。
そしてそのまま横を見ると、壁にゴミ出しの日が書いてある。
「…あ、明日燃えるゴミの日だ…」
明日は必ずゴミ出ししないとまずいな、と思いながら洗い場に戻った。
洗い場の隣のスペースにもごみが散乱していたので、それも片づける。
コンビニ袋が色んな場所に置きっぱなしになっているのが幸いして、片付けはそう大変ではない。
洗い物は殆どボウルのような皿と平皿だ。
洗ったあと、片付けるのが楽でいい。
タオルかなにか、拭くものはないかと台所を出たところで女性と出くわした。
「わ…!」
「おお…片付いてる」
「あ、いえ…その、すみません、勝手に」
女性はふぁあ、と欠伸をしながら冷蔵庫を開けている。
ふと冷蔵庫を見てみると、コンビニで買ったと思われるおにぎりやスイーツで埋め尽くされていた。
女性はその中からペットボトルの炭酸水を取り出して、ふと顔を上げた。
「何か飲む?」
「い、いえ、大丈夫です…」
「そう、お茶でいいよね」
「え、っと、…はい」
全く人の話を聞いていない。
長い髪を耳に掛けながら、冷蔵庫を漁る短パンの女性は困惑する紬を見て笑った。