1.旅立ち
もしコイツが戦前生まれていたなら、死んでいただろう。
25歳で嫁にも行かず、仕事にも行かず、実家で親の脛を齧りながら生きている穀潰しなど下手をしたら殺されていてもおかしくない。
平成の世に生まれてこられた幸せと夜食のポテチを噛み締めながら、深夜3時に煌々と輝くブルーライトを浴びて過ごす。

親泣かせ、ニート歴10年の未来は明るくないにしろ、性格は明るめな女。
それが姉である。

「くっそ、マジか」
「オイコラ、くそ姉貴」
「なあに、まーちゃん」

父親からの連絡でこの時間に起こされた弟は不機嫌そうに姉の部屋にやってきた。
別に伝えるのは明日でもよかったが、このニートは夜行性だ。
朝に声を掛けようものにも起きていない。
面倒だから置手紙の1つでも書いて扉に差し込んでおくだけでもよかったが、それをしなかったのは彼の良心が多少なりとも働いたからだ。

ちっとも働く気のない姉に対して、そんな良心は必要なかった。
大画面の前でコントローラーを握りしめる、スウェット姿の姉、床に散らばるゴミ、置きっぱなしのカップ麺…すべてが弟の癇に障った。
気の抜けた声にさらに苛立ちを募らせながら要件を伝える、こうなったらサッサと会話を終了させ、この光景をこれ以上角膜に焼き付けないようにする方がいい。

「親父からの指令だ、家出ろ」
「うっそ」
「マジだ。マンションも用意されてる」
「わあ…ちょっと優しめだ」

ちょっとどころではない。
自分なら家も用意せずに追い出すけど、と内心思いながら、弟はため息をついた。
厳格な父にもまだ親心があるということだ。

ニート歴10年職歴なし25歳女。
姉の肩書はそれだけだ、だから姉を何とか家から追い出すには結婚しかない。
ただ、結婚させるにはまず、家から出さないといけない。
卵が先か鶏が先かみたいな選択肢だが、父はとりあえず姉を実家から外に出してみることにしたらしかった。
1人暮らしをさせれば少しは外に出るだろうという考えだろう。

「…ん?まーちゃんは?」
「俺も一人暮らし」
「え、うそ。私のご飯誰が用意するの?」
「自分でやるに決まってる」
「え、やばいウケる。無理すぎるんだけど」

この期に及んでヘラヘラ笑っている姉が小学校の調理実習の時以外で包丁を握ったことがないことを弟は知っている。
笑っている場合ではないのだが、姉は笑っていた。

変なところで能天気、明るい馬鹿。
ただし、強運と能力、知識は持っている。

「お手伝いさん雇ってもよさげ?」
「貰える金の範囲内ならいいだろ」
「マジか〜節約しなきゃなあ…」

そう、自分が楽をするためのことなら、いくらでも知識を持っている。
そして、それを当たり前のように利用できる。

父の考えは非常に甘い。
姉は一人暮らしになったとしても家から出ないだろう。
それこそ、金を与える、与えない関係なく。

自立させたいなら、一銭も与えず、家も与えずに放り出すと1か月前に通告することが最もいいと弟は考えている。
そうすれば姉は自ら何らかの方法で金を稼いで家を出ていくだろう。
ただ父がそれをしない理由もわかっていた。
そうすると、十中八九、姉は帰ってこなくなるからだ。

「じゃ、引っ越し準備しないとだねえ」

ニートの割に行動力があり、何かきっかけがあればいくらでも動ける姉だ。
中学生の頃、ラベンダー味のソフトクリームが食べたいという理由で一万円を握りしめて北海道まで行った阿呆だ。
母の化粧品を使って年齢まで偽って行って、最終的に札幌で職質されて父が迎えに行った。
その前科を考えると、家に籠ると言う趣味がなくなったら、何をしでかすかわかったものではない。

あの時と違って、今は父親が国外にいる。
何かあったときに連絡が来るのは弟である。
一人暮らしをさせるのは良いが、こちらに被害が及ぶ可能性を考えると素直に喜べない。

頼むから何も起こるなよと思いながら、楽しそうに荷造りを始めた姉のいる部屋の扉を閉めた。
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