5.
朝食と次の日の食事の準備は、主が眠りについた後、深夜に済ます。
掃除に関しても静かに済むものは夜半のうちにやってしまうようにしていた。
洗濯は専用の機械ですれば済む…便利なものだ、使い方も随分簡単で、私でもできる。
主の機嫌がいいからか外はずっと晴れたままであるし、干すのに困ることもない。

「主。昨日我慢なさったご褒美がこちらです。どうぞ」

かくして、夜半に餅米を炊いて、早朝1人で突いた。
流石に餅をつくのは堪えたが、主に喜んでいただけならなんてことはない。
量は少ないとはいえ、1人で杵を持っては打って、打ってはひっくり返しを繰り返したのだ。
戦に出ていない分、体力に余裕があったことが幸いだ。

こんのすけの持ってきた料理本に書かれていた“いちご大福”なるものを作ってみた。
幼子であるし、餅や甘いものは好きだろう。

「…おもち?」
「餡も入っておりますから、甘いですよ」

どうやら主はいちご大福をご存じでいらっしゃらないようだ。
ただ、甘いという言葉に誘われてか一口お召しになられた。
そのあとは数口、黙々と食べ進める。
打粉が手や口につくのも厭わず、あっという間に食べ終えた。

「おいしい!」
「それはよかった…」
「いちも食べた?」
「いえ。主のために作ったものですので」

朝食を食べ終えた後だが、躊躇なく2つ目に手を伸ばしたのを見てほっとした。
餅の量が多かったため、相当数の大福と切り餅ができてしまった。
元々2人しかいないのにこんなに会ってどうしたものかと思っていたが、この調子であれば無駄にすることもないかもしれない。
いざとなれば、揚げ餅にして大根おろしを添え、副菜として出してもいいだろうか。
…否、大根おろしは幼い主の口に合うかどうか。

今のところ主が毛嫌いするものはない。
野菜も魚も、何でもよく食べてくださる。
ただ念のため、辛いものや酸いものなど、刺激の強い味は極力避けている。
一度、大根おろしを出してみるのは手かもしれないが、主を驚かせるようなことはあってはならない。

「いち、おいしいよ?」
「そう言っていただけると、喜びも一入です」
「いちは食べないの?」
「…では、1つだけ」

すでに3つ目を手にしている主が声をかけてくださった。
美味しい美味しいと嬉しそうに食べてくださるので、好きなだけ召し上がってもらおうと思っていた。
主の温かな心遣いに感激しつつ、甘い大福を齧る。

自分の好みよりも甘めだ。
だが、主はよく喜んでくださった。

「おいしいですね」
「うん、おいしい。いちはすごい」

打粉に塗れた頬を赤くして、興奮冷めやらぬ様子。
そうまで褒めて頂くと、恥ずかしくなるくらいだ。
主をお守りするだけではなく、快適に健やかに過ごしてもらえるようするのは、近侍として当然のこと。
当然の勤めを果たしているだけだというのに、この賛辞。

無論、嬉しい。
たがその一方で不安になる、本当にこれでいいのかと。
本来ならば、親が付いて然る年齢。
最初に会った時の、ご隠居に会いたいと泣いていた主の姿。
私が親代わりでいいのかと、不安になる。

「いちのごはん、いつもおいしい。ありがとう」

しかし、主が笑ってくださるなら。
私のしていることが無駄ではないと思える。

「喜んでいただけて幸いです。こんのすけから本を貰いましたから、食べたいものがあれば申付けてください」
「ほん?」
「料理のたくさん載った絵本ですよ。見ているだけでも面白いでしょうな」

私が主の料理を作ると聞いて、管狐が物資に追加してくれたものだ。
日々の副菜の作り方が記載された本が1冊、甘味の本が1冊。
綺麗な絵が貼ってあるから、見ているだけで面白い。

案の定、主はその本をたいそう気に入り、気になるところに花の絵を描くようになった。
その絵の描かれた料理を作ると、その日中、ご機嫌で私の手伝いなどしようとしてくださる。
手伝いなど申し訳が立たないが、やりたいと強く希望なさるので少しだけしていただいた。

干したばかりの温かいタオルを膝に乗せて畳んだ洗濯物に囲まれて寝ている主を見てこちらの気持ちまで温かくなる。

「さて、今晩は何にするかな」

戦場を駆けるのではなく、本丸を駆け、料理をし、洗濯をするなど誰が考えるだろうか。
刀としての存在意義はと思うこともないわけではないが、今は主を健やかに育てることが先決。
私の存在意義は、主をお守りすることなのだから。
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