2.
幼い主の両脇に居た男どもに早急に本丸を寄越せという旨を丁寧に伝えた結果、すぐに本丸が与えられた。
否、与えられたわけではなく、最初から主の本丸は存在していたのだ。
ただ、そこに一人にして置いておくわけにはいかないが故に連れたことがなかったと見えた。

本丸は小さな主に合わせたのか、こぢんまりとしている。
広間1つ、寝室1つ、控室が1つ、それから空き部屋が3つ、蔵、炊事場、風呂場、厩、厠、畑と庭。
それから手入部屋と鍛刀場。
部屋数は少ないが、人の少ない今はこれで十分だ。
寧ろ広すぎると主は寂しがるだろう。

一通り本丸を見て回り歩き疲れた主を抱えて、きちんと自己紹介をすべく厚い座布団の上に主を降ろした。

「私は一期一振。太刀という…大きな刀ですな」

たち、と小首を傾げた主にかみ砕いた言葉で伝え直す。
まだ幼子だ、言葉にも注意せねばならない。

「わたしは…」
「主。主は名を言ってはなりませぬ」

無垢とは罪深い、まさか真名を教えられるとは思わなんだ。
私も一応神の端くれ。
主の名を知れば、良いようにも悪いようにも使えてしまう。
無論、そのようなことをするつもりはないが、未来のことは誰にも分らぬ。
そうである以上、知らないに越したことはない。

真名を教えると言う意味を主は存じ上げないのだろう。
まだ幼い、私が付喪神ということもわかってはいないと思われる。

「真名は私などがお呼びして良いものではありませぬ」
「ん」
「お分かりいただけて幸いです。他の者にも伝えてはなりませぬぞ」
「あい」

舌足らずな返事に一瞬不安になった。
理解していただけなかったわけではないだろうが…まどろんだ瞳を見れば致し方無いないことと分かる。
自分を降ろした上に、主にとっては広すぎる本丸を歩き回ったのだ。
疲れていらっしゃるのだろう、そのようなことにも気付けないとは近侍失格と言われてもやむなし。

乱雑に目元を擦る主の手を包んで止め、再度抱き上げた。
紙の如く軽い。

「いちごひろふり…」
「長い名でしょう。いち、とお呼びください」

疲れていらっしゃるせいか、徐々に舌足らずな言葉が会話の中に増えていく。
主の幼い唇では長い名を呼ぶのは難しいと見える。
弟たちがそうするように愛称で呼んでいただくように頼むと、肩に凭れていた主の頭が不意に離れた。
身体を少し離して、私の顔を覗くように見た。

「いち。いちのいちごはいちごなの?」
「…?一期の一ですな」
「そうなんだ。わたし、いちご好き。食べたい」

話がかみ合わない。
食べたいと言うのだから、一期とは違うが同じ音の食べ物なのだろう。
一体どんなものなのか、想像もつかぬ。
千年とはいかずとも、数百年生きているというのに知らぬことがあるとは恥ずかしい限りだ。

瞳の中に星が入り込んだかの如く輝く黒曜石の瞳を見る限り、主がその“いちご”というものが好きなのは良く伝わった。
自らが呼ばれているようで気恥ずかしくも嬉しくもあるが、多分私宛ではない。

「…主、いちごとは、なんですかな?」
「赤くて甘くておいしいくて…えっと、くだもの」
「くだもの…ああ、水菓子か」
「ん?」

現代における果物が、我々の知る水菓子のことであると知ったのはいつのことだったか。
過去の記憶はどうにも曖昧だ。
赤い水菓子はあまり見ないが、現代においては良く知れたものなのだろう。

幼い主は食べたいな、と所望されている。
確か、この本丸にもこんのすけという管狐が配備されているはずだ。
主が呼ばない限りは出てこないが、呼べばすぐ来る。
また依頼すれば大抵のものは手に入る。

「失礼しました。今度、一緒に食べましょう」
「うん」

うつらうつらと舟を漕ぎ出した主を布団に入れて、傍に座った。
椛のように赤い手を握って、“いちご”がいかに美味なのかを懇々と語る主を微笑ましく思う。
まだ幼いのだから、無邪気に遊んで穏やかに成長していただきたい。
この本丸にいる限りはそれが叶わぬことであることは分かっている。
ただそれでもできる限りの力をもってして、極力主の幼心を傷つけぬよう、努めたいものだ。
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