1.
鋭く研ぎ澄まされた刃のような雰囲気だ。
綺麗に切りそろえられた前髪や濁った黒目は人形のように生気がなかった。

「よくやった」
「よもや、一期一振とは…」

まだ幼い、自分の弟と同い年か、それよりも幼く見える。
その両脇には若い男と、年配の男が立っている。
彼女を守ると言うよりは逃げないように押さえつけるように、ぴたりと立っている。

両脇の男からの視線は感じるが、幼い主からの視線は全く感じない。
主の視線はこちらを射抜いているはずなのに、まるで見られている気がしない。
そこはかとなく、不安な気持ちになる。
この主は本当に生きているのか、大変失礼な思考が巡った。

「主様、」
「ああ、一期一振。この子はこの調子だ、お前は他の主についてもらう」
「いいえ、私は呼ばれたこの子を主にすると決めてこの場に降り立ったのです。かようなことは聞き入れられませぬ」

先ほどから両脇にいる男ばかりが話していて、主の声が聞けない。
早く自分が選び、自分を選んだ主の声、命を聞きたい。
それができないことは、苛立ちを誘う。
一歩、主の傍に寄ると両脇の男どもが一歩下がった。
取り残された主が1人、私の前に残った。

主は私の視線の遥か下におわす。
膝をついて、彼女の視線と自分の視線を合わせた。
背丈は五虎退と同じくらいだろうか。
虚空を映す瞳は墨色で薄雲の掛かった夜空のようだった。

「お聞かせください、主様。私は如何すれば、主様に喜んでいただけますか?」

せめて、声を聞かせてほしい。
まるでそこに誰もいないかのようにぼんやりとしていた視線が、ようやく私を認識した。

夜の帷の如き瞳に、多少なりと星が宿る。
みるみるうちに潤んだ瞳を見て、心が痛んだ。
好きでかようなことをさせられているわけではないのだ。

「おうちに、帰りたい」
「おうち、ですか?」
「帰りたい…ばあばとじいじに会いたい…っ」

おうち、という言葉が私には分からなかった。
辛うじて帰りたいと願う言葉から、自分のテリトリーのことを指す言葉で、恐らくは家に近いものであろうと感じ取った。
幼児語の多さを鑑みるに、まだ甘えたがり月齢。
そんな子どもが神降ろしを強いられているとは、いかようなものか。

力が強いのは私にもわかる。
正直、下手な大人よりも霊力が強いであろう。
実際に降りてくる前に、よもやこんな幼子が呼んでいるとは夢にも思わなかった。

「会いたい?お前が殺したようなものだというのに、何を言うんだ?」
「…ごめんなさい」
「命令は決まっている。一期一振は別の主が決まっている、彼の部下になるように言え」
「はい…」

それゆえ、幼いながらに神降ろしの重役を強制させられている。
厳しい言葉で頭ごなしに幼い主に命令を下す両脇の男に腹が立った。
殺した、というというのがどういう意味なのかは分からない。
ただ泣きそうな顔で俯く幼い主の姿を見るに、本当にことなのだろう。

今にも消入りそうな震えた声で、了承の言葉を零す。
主の命令は絶対だ。
彼女の傍にいたいと願うなら、それを言われてしまう前に動かねばならない。

「主様、ご隠居様たちに会いたいというのはかなえられそうにないのが心苦しいばかりですが、家は用意できるやもしれませぬ」
「…どういうこと?」
「本丸は主様の家になる場所にございます。今は私と主様の2人きりでしょうが、今後賑やかになることでしょう。私には弟がたくさんおります故」
「弟…」

私には兄弟が多くいる。
今の主と同じくらいの年齢に見えるような弟たちが幾人も。
自分を降ろすよりはよっぽど降ろしやすいから、主の負担にもならなかろう。
本丸が賑やかになれば、主も少しは気が晴れるのではないか。

伏せられていた赤く腫れ始めた目が、少しの生気を伴って私の姿を映した。
まだ幼い主の心は沈みきっていない。

真剣に私の話を聞き始めた少女に驚いたのは、両脇の男どもだった。
焦燥に駆られた様子で両脇の男が幼い主の手を引こうとしたのを察して先に彼女手を握って牽制する。

「主様、どうか命じてくださいませ。私めを傍に置くと」
「…傍にいて」
「もちろんです」

幼い主が発した初めての命令。
それにより、私が幼い主の近侍となった。
近侍がついてしまうと、両脇の男の言葉は彼女に届きにくくなることだろう。
これで正式に目の前の幼い主を守ることができる、一安心だ。

ふと男どもを見ると、青い顔をしてこちらを茫然と見ている。

「さて、帰るべき本丸はどちらでしょう?」

よくも、私の主を無下に扱ったな。
そう言いたいのを抑えて、近侍として然るべき言葉で問うた。
幼い主の隣に侍る一期一振の冷徹な笑みに冷や汗を流しつつ、この状況をどう上司に伝えるべきか、先ほどまで彼女の両脇に立っていた男どもは肝を冷やしているのを、無論彼は知らない。
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