10.
ともかく、厨に来てすぐ手を洗い、いくつか握り飯を作った。
一般的な握り飯よりも固めに握り、焼いた時に崩れぬようにする。

「こんな感じ?」
「うーん…、どこまで焼くのだろう?味噌を塗ると言っていたから、表面だけだろうか?」
「あ、そっか。元々火は通ってるわけだし、表面だけだと思う」
「それならば、もう少し薄くした方がいいだろうね。味噌を塗る面積を増やせる」
「でもそれだと塩辛くない?」
「確かに…難しいね」

正直な話、私は料理が得意というわけではない。
本で知識を得たが、実際に人が料理をするところなどは見たことがない。
身体を得たため味は分かるし、血肉に必要な栄養も修学した。
ただし、火の通し方や味の組み合わせ、彩りなどの細やかなところにはなかなか気付けない。

柔らかすぎるだとか、硬すぎるだとか、味の濃い薄い、見た目の彩りが少ないだとか。
主は何も言わないが、幼いが故に表情によく出る。
それを観察しながらなんとかやってきたが、こういう全く知らない料理ではどうにもならない。

「とりあえずやってみよう、いち兄」
「…そうだね」

結局のところ、焼きおにぎりは難易度の低い料理であることが判明した。
最初こそ味噌の量を間違えて塩辛くしてしまったが、それ以降はある程度無難な味に落ち着いてくれた。
それもそうだ、玄米と味噌だけで作っているのだからそこまで酷いことにはならない。
乱が醤油でもおいしそうだと言うので作ってみたら、それも美味だった。

何より香りが良い。
味噌や醤油の焼ける香りがこうも芳ばしいとは。
夜の見回りに出ていた小夜が匂いにつられてやってきたので、3つほど包んで持たせてやったら、喜んだ。
握り飯の一種なのだし持ち運びにも丁度良い。

「焼きおにぎり…?」
「おや、主。習字は終わりましたか?」
「うん。ね、こんのすけ」
「ええ。とても調子がよかったようで、明日の分まで少し手を付けて頂きました」

主はまだ文字が書けない。
読むことはできるが、文字を書くことに関していえば平仮名を辛うじて書ける程度。
そのため、今は習字をメインに行っているらしい。
それから戦場の陣形や持ち物を絵で修学していらっしゃる。

今日は平仮名の書取がよく出来たらしい。
帳面一杯に書かれた平仮名は最後の方につれて崩れているものの、きちんと読める。
最後の方のページには、皆の名前が平仮名で何度も書かれていた。

「乱がむずかしかった」
「僕は名前が長いからなあ…ごめんね」
「ううん。“れ”がうまくかけるようになったの、だからいいの」

主は帳面の“れ”の部分を指差した。
帳簿を見ると確かに、最初こそ縦棒に掛かる部分が崩れていた“れ”の二画目が、最後の方はきちんとかけている。
ただ、私たちの名前は使われる平仮名に偏りがあることは気になるが。

一頻り褒められたのが恥ずかしかったのか、主は帳面を閉じて麻の鞄に仕舞った。
そして、本題と言わんばかりに焼きおにぎりの話をし出した。

「わたしもたべたい!」
「え?…お夜食は避けた方がよろしいのでは?明日の朝、また作りますから」
「たべたい!おなかすいた!」

まだ試作段階であるし、何より時刻は既に8時を回っている。
あと1時間で就寝時間であることも考えると、ここで食事をさせるのはよろしくない。

いつもならここで引き下がる主が、珍しく駄々を捏ねられた。
夕餉もしっかりと食べていたはずだが、まだ空腹なのだろうか。
それとも、ただ食してみたいだけなのか。
判断しかねるが、主はじっとこちらを見るばかりで梃子でも動きそうにない。

「…少しだけです」
「やった」

明日の朝に響かない程度に、できる限り小さめに握り飯を作って焼くことにしよう。
僕も僕もと騒ぎ出した乱の分も合わせて5つほど拵えた。
これで小夜と共に見回りをしている五虎退の分がないのは可哀想なので、彼の分が2つ、乱と主で3つと考えている。

主は握り飯に味噌や醤油を塗ると混分冷めやらぬ様子で管狐を抱きしめた。
抱きしめられた管狐は苦しい、と言っていたが正直羨ましい。
きらきらした目で厨の中を覗く主に苦笑いしながら、乱が言う。

「主、よく食べるね」
「お勉強したらおなかすくよ?」
「そっか。僕も勉強しようかなあ」
「いっしょにする?」
「するする!」

どうやら焼きおにぎりができるまで、習字の復習をすることにしたらしい。
机のない部屋であるから、畳の上で寝そべりながら絵本を読むことにしたらしい。
漢字が少し混じる絵本だからか、乱が時折これはこう読むだとか、こういう意味だとかかみ砕いて教えていた。

それらも芳ばしい香りが漂ってくると集中が切れるようで、焼きおにぎりが出来上がった頃には2人とも起き上がって今か今かと厨に繋がる淵辺に座ってこちらを覗きこんでいた。
出来立ての焼きおにぎりを銀紙に包んで渡すと、息を吹きかけて冷ましてから嬉しそうに頬張った。
1つ2つ、あっという間に平らげて主は満足げだ。
乱は苦笑いしながら、全部食べていいよと主に差し出した。
気が引けるのか、半分にして2人で食べていたが。

私は、私と同じように2人を微笑まし気に見ていたこんのすけを抱き上げた。
主のことについて、最近気になることがある。

「こんのすけ殿、食べたがるので与えてしまっているのですが…大丈夫でしょうか?」
「主様が欲しがっているなら大丈夫ですよ。元々、ここの主様は身体に相応しくないくらいの霊力をお持ちですから、維持のためによく召し上がるのだと思われます」
「なるほど…」

如何せん、食べる量が多いのではないかと不安になっていたのだが問題ないそうだ。
こんのすけ曰く、まだ主は成長期であり食べたいなら好きなだけ食べさせてよい。
今のうちは太ることも悪くはない、今の料理であれば不健康になることもないだろうと判子判を押された。

聞けば、年に2度は健康診断なるものを受けることになるという。
それで基準値を超えていなければ何ら問題はないそうだ。
今後ともしっかりと食べて頂こう、まずは明日の朝食をどうするか考えねばなるまい。
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