9.
食卓が賑やかになったことを、主は大変に喜んでいらっしゃるようだ。
主の左隣に私が、その反対隣に今剣、前に五虎退、彼の左右に小夜、乱が揃っている。
今日の夕餉は玄米と蕪の味噌汁、鰆の西京焼き、菜の花のお浸し、いちごだ。
白米もあるのだが、主は玄米や五穀米、混ぜ飯などを好む。
食べ応えのほうを重視しているようだ。

頂きますの号令と共に皆々、箸を取る。
主は未だ箸が上手く使えぬ為、匙と刺し匙を使っている。

「如何ですかな?」
「おいしい。これ、すき!」

これ、と指差したのは鰆だった。
以前鯵の開きを出した時に身をうまく食べることができず、悔し涙を流していた。
それ以来、あまり魚に手を出さずにいた主が気に入ってくれたのは良かった。
切り身にしたのが功を奏したようだ。

味付けも味噌を主として甘めに作ったのも、よかったのだろう。
隣で今剣も頷いている。

「いち、これをごはんに付けたい」
「…、ええと、鰆をですか?」
「さわら?」
「鰆はこの魚だよ、主」

主の疑問に即座に答えたのは小夜だった。
遅れて、私も主の疑問に気づく。
まだ主は生き物の細かな種類がお分かりにならないのをまた失念していた。
つい、私基準の単語を使って話をしてしまうのを直さねば。

主は鰆を刺し匙…名をふぉおくというらしい…で突きながら、さわら、と呟いている。
ややあって、ふるふると軽く頭を振った。

「ちがくて。さかなのこの味をごはんに付けるの。おにぎりにして」
「…握り飯に、ですか?ですが、それだと固まらぬかと…」

時折、私と主の間で意思の疎通が困難になることがある。
それらの殆どが、私が現世を知らないことが原因である。
まだまだ勉強が足りぬ、今度管狐に現世の本を貰うとしよう。

ともかく、今は主のお話している内容を想像し、理解せねば。
おにぎりは握り飯で間違いない、ただし味を付けるとはどういうことだ。
じゃこや高菜であればよいだろうが、液体を混ぜて握り固めるのは難しい。
他の者に視線を移したが、誰も分からぬようで困り果てた。

「あのー…恐らく、主様は西京漬けに使った味噌を握り飯に塗って焼いて欲しいとおっしゃっています。焼きおにぎりという握り飯の一種です」
「あ…なんか知ってるかも。昔戦場で主が食べてたような…」

主の後ろで、黙々と油揚げを食していた管狐が助け舟を出した。
知っているなら早く言えと思ったが、言うのはやめた。
確かに考えることも大切だ。

自分ができた時代によって、知識に偏りがあるのは仕方のないこと。
最近料理本の中の単語や食材も見慣れぬものが出てきて困っているのだ。
まさか塩にいくつも種類があるなんて思わなんだ。
岩塩は分かるが、くれいじいそるとやら減塩やら藻塩やら…何が何だかわからなかった。
塩はさておき、今回の焼きおにぎりとやらも奥が深いやも知れぬ。
乱がいてくれると考え込まずに済みそうだ。

主はにこにこしながら、頷いている。
そういえば主は穀物がとにかく好きだ。

「分かりました。今度やってみましょう。乱、一緒に頼むよ」
「はあい。待っててね、主!」

両の手合わせて喜ぶ主につられて、隣の今剣が我も我もと言い出す。
そうすると小夜が目の前の食事に集中しろと窘めて、ことは終息した。
意外なことに最も幼く見える小夜が最も大人びており、今剣がお調子者、主は流されやすい子であることが判明した。
皆々、個性があって大変よろしいと思う。

嘗ては話をし乍らの食事は如何かと思ったこともあったが、今剣に箸の使い方を習ったり、小夜に魚の種類を教わったりと学びの場になっているから良しとした。
最近では飯くらいであれば箸で食べられるようになり、上達も目に見える。
同い年くらいに見える他の3人の食べ方が上達なので、主もそれに追いつこうと努力をしていらっしゃるようだった。
時間がかかっても箸で魚を切り分けて召し上がるようになった。

「ごちそうさまでした」
「お粗末様でございました」

食事が終わると、主と管狐が執務室に籠る。
やっていることは勉強だ。
他の刀剣男士にどのような種類がいるのか、戦場での陣形、必要となる刀装などの審神者としての執務や一般的な珠算、書取の練習などをされていらっしゃる。
それから、毎日あったことを手記に付けているそうだ。

細かな作業や机に向かうことが苦ではないと聞いている。
それは幸いなことである。

さて、その間に私も調理の勉強をせねば。
私は乱を伴って厨に向かう、確かまだ玄米の残りがあったはずだ。
握り飯が主軸なのだそうだから、材料に困ることはなさそうだ。

「本は読んだが、焼きおにぎりなるものは見ていないな」
「たぶん料理って感じじゃないんだと思う。記憶が正しければ、本当に握り飯焼いただけだし」
「焼き飯は載っていたけれど、あれとは違うんだね?」
「…ごめん、焼き飯のほうが分からないや」

お互いに知らない料理が多くあるようだ。
乱も料理はできそうだし、教えておいて損はない…否、推奨すべきだ。
これから厨に立ってくれそうな子がどのくらい来るかわからない上、できそうな子には教えておいた方がいい。
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