4.
噂と言うのはどうにも足が速い。
リドルがそれを理解したのは、昼過ぎのことだった。

「あ、起きた」
「…また寝てたのか」
「疲れてたんだと思うけど…でも子どもってよく寝るものなのかも」
「ああ…体力まで子どもになってるってことか…すごいな」

いつもは横になると狭いソファーも、今は丁度いいベッドだ。
寝返りも問題なく打てる。
そういえば、孤児院にも昼寝の時間があった。
6歳以下の子どもたちは、昼の2時から3時くらいに掛けて昼寝をしていた。
体力的に1日駆けまわるのは難しいからということだろう。

体力まで完全に再現するとは、精度に問題はなさそうだ。
此方からすれば、非常に面倒なのだが。

「子どもは良く寝るものだ。うちのもしょっちゅう寝ている。…まあ、寝ていた方が静かでいい」

リドルはそこでようやく、リビングに#ナナ以外の人間がいることに気が付いた。
暖炉脇のカウチに座っているのは、クリスマスから休暇を取ってさっさと職場から消えたアブラクサスだ。
#ナナは苦笑いをしながらカウチ脇のサイドテーブルに紅茶と菓子を置いて、もてなしている。
彼女がその顔をするのは大抵、困惑と恐怖の織り交ざった時だ。

いつアブラクサスが来たのか、リドルには分からない。
ただ、少しの間でも彼の対応をすることは、#ナナにとって負担になったことだろう。
オリオンと違い、アブラクサスは純血と自分が認めた人間以外と会話をしたがらないから。

「…なんでいる?リヨンで休暇と聞いていたんだが?」
「オリオンから聞いてね。これは、ぜひ見に行かねばと」
「見に行く?笑いに行くの間違いだろ」

オリオンが話したわけではないだろうとリドルは感じていた。
恐らくは、誰かお喋りな絵画がオリオンの話を盗み聞いたか、もしくはアブラクサスがオリオンにリドルの休みの理由を問い詰めたからだろう。
オリオンもアブラクサスが苦手で、彼を前にして口を閉じ続けることは難しい。

それにまさか、フランスのリヨンからわざわざ来るとも考えにくい。
リヨンでの休暇が退屈だったに違いない。

「うちの息子と同い年くらいだな」
「それがなんだ」
「#ナナ、この状態はどれくらいまで続く?」

アブラクサスにそう言われて、リドルははっとして壁掛け時計を確認した。
ポリジュース薬は定期的に飲まない限り、元の姿に戻るはずだ。
一度に摂取する量にもよるが、ワイングラス一杯弱の量であれば、精々3時間程度しかもたないはずだった。
しかし、リドルは朝起きても持続していて、尚且つ、昼寝をして起きてもまだ持続している。

彼女が作ったこの薬は無味無臭。
それを考えると、食事の際に再度盛られている可能性はゼロではない。

「…えっと、もっても1日です。ベースはポリジュース薬ですから、定期的に飲まない限りは、そう長続きしません」
「ちょっと待て、何もしなくても1日はこれなのか」
「持続時間までは考えてなかったんだけど、思ったよりも長いなーって」

持続時間まで伸ばしたのかと思ったが、偶然の産物らしい。
それはそれで恐ろしい、幼児のまま年を越すなど縁起でもない。

カウチで優雅に笑うアブラクサスが#ナナに薬の詳しい調合内容を聞いている。
彼は人の作ったものを売ることが得意だ。
しかし油断していると勝手に利権を持って行かれることがある。
無論、#ナナもアブラクサスの食えなさはよくわかっている。
だから#ナナはミルクティーを作って、リドルに手渡した。
そしてそのままリドルの隣に座る。

「…ちゃんと戻るんだろうな?」
「1日以上持つようであれば明日からは被検体としてみてみたい」
「新年早々、幼児なんて嫌だからな」

リドルは慌てて話を変えた
#ナナは基本的に冗談を言わない、口から出る言葉は大抵本気だ。
そして、研究のためなら人間関係をいとも簡単に壊すことがある。
夫婦としてやっていても、ある一定のラインを超えると研究者と助手になってしまったり、研究者と被検体になってしまったりする。
今までは前者が多かったが、今回初めて後者になり得る状態になった。
冗談じゃない。

流石に1日が限度だろうと辺りをつけて、リドルはミルクティーの入ったカップに唇を付けた。
子どもの舌に合わせて温めに淹れられているのが物悲しい。

「はは、もし年が明けても姿が戻らなかったら、うちの息子と遊んでもらうとしよう」

マルフォイ家の子息の面倒など、死んでも御免だ。
アブラクサスはアフタヌーンティーまでしっかりと楽しんでから帰って行った。
何をしに来たのか、さっぱりわからない。
暇つぶしなのだろうことは確かだけれど。
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