バタバタと騒がしい。
リドルはぱちりと目を覚ました。
朝食を摂った後、すぐに眠ってしまっていたらしい。
もともと疲れていたこともあったが、体力も子供並みになってしまっているようだ。
部屋に戻った記憶はないから、リビングのソファーで寝ていたところを#ナナが移動させてくれたのだろう。
普段は#ナナがソファーで寝ていて、移動させるのがリドルだから違和感がある。
背伸びをしてドアノブ回し、廊下に出た。
リビングで、誰かが何か喚いている。
「どうした…」
「…え?」
リビングを覗くと、#ナナとオリオンがいた。
ローブを羽織ったままのオリオンは、リドルを見て固まった。
そこでリドルも、ようやく事態を理解した。
寝惚けているのだろうか、そういえば姿形が子どもになっているのをつい忘れる。
「こういうわけだから、仕事は無理だよ、オリオン」
#ナナの得意げな声だけがリビングに響いた。
オリオンは未だに固まったままだ。
己の失態に苛立ったリドルだったが取り繕うのも面倒になって、とりあえずソファーによじ登って座った。
手紙は出したが、この忙しい年の瀬に休むとはどうしたのかと気になって職場の人間が様子を見て来いと言ったに違いない。
職場でリドルの家を知っているのはオリオンだけだから、彼が派遣された。
「…どうやったんだ、これ」
「日々の研究の賜物」
「あっそう。…あの、リドルさん、写真を撮っても?」
「却下」
#ナナがソファーに座っているリドルにホットティーを持たせた辺りで、ようやく固まっていたオリオンが動き出した。
愛くるしい姿のリドルに、元々彼を慕っていたオリオンは釘付けになっている。
カメラなど持っていないだろうに本能だけで会話をしているオリオンに呆れながらも、リドルは適度に冷まされた紅茶に口を付けた。
仕事を手伝えないのは申し訳ないが、オリオンを派遣できるくらいには落ち着いてきている可能性もある。
元々、リドルは今日、何とかして休みを取りたかったのだ。
「リドルさん、一応、#ナナに毒を盛られたってことにしておきます」
「よろしく頼むよ。何とかなりそう?」
リドルは休みの理由に仮病が使えない。
普通の病気であれば、研究者兼薬剤師である嫁の#ナナが治せないわけがないと知れてしまっているからだ。
ただその当人に毒を盛られたなら、リドルには治しようがない。
故意であれば、なおのことだ。
「申し訳ないですけれど、仕事は来年に持ち越しになるかと…」
「仕方がない。オリオン、手紙を持って行ってくれ」
「もちろんです」
本当は年内に終わらせてしまいたい仕事だったが、致し方ない。
来年に持ち越して、職場の全員に年末休みにしてしまおう。
もしかすると別部署で問題が起こるかもしれないが、そもそも、この部署に仕事が担ぎ込まれ過ぎなのである。
リドルはコッペパンのようなふわふわの手で羽ペンを握った。
いちいち動作が可愛らしくなる仕様だ。
オリオンのダークブルーの瞳が動くテディベアでも見ている子どものように輝いていることに気付かないふりをして、何とか手紙を書き終えた。
先ほどリドルは#ナナに仕事ができないわけではないと言ったが、一通の手紙を書くだけでこれだけの時間を要するのだから、できないわけではないが、仕事にならないだろう。
「あの、リドルさん」
「何?」
「…手、触っても?」
「オリオン…お前のところ、そろそろ子どもが生まれるだろ。その子で試せ」
#ナナは肩を震わせて2人のやり取りを観察していた。
元々、オリオンは世話好きの子ども好きだ。
だからこそ、#ナナと仲が良かったと言ってもいい。
オリオンが来たらこうなるだろうことは予測していた。
「いいじゃない?減るものでもないし」
「他人事だと思って」
子供らしからぬ表情でリドルは#ナナを睨んだ。
ただ、#ナナは笑うばかり…それどころか、リドルの手からマグカップを取って、よいしょ、と抱き上げた。
リドルを前抱きした#ナナはオリオンの傍に寄っていく。
もうやることは決まっていると言わんばかりに。
少し暴れれば下してくれそうではあるが、落とされたらたまってものではない。
矜持と#ナナと自分の安全が脳内で鬩ぎあう。
「ここまで育つのに3年か…」
「赤ちゃんは赤ちゃんで可愛いと思うけどね。私、流石に乳児の面倒を見られる気はしなかったから」
鬩ぎあっているうちに、オリオンの手がリドルの手に触れた。
実年齢の記憶がなければ気になることもなかったのだろうが、残念ながら気持ち悪いとしか思えない。
傍からみれば、仲の良い友人の子どもに触れているくらいにしか見えないのだろうが、内情は非常に複雑で滅茶苦茶だ。
とにかく嫌そうな顔で俯いているリドルに気が付いたオリオンはある程度して、手を離した。
彼の性格上、このような姿になってしまったこと自体が相当屈辱なのだろう。
でも嫌そうな顔だというのに、可愛い。
「オリオン、私、いい仕事した?」
「最高の仕事納めだ、#ナナ。来年もよろしく」
自慢げな#ナナに挨拶をしつつ、オリオンは撤退することにした。
確かに可愛らしくていいが、これ以上やると来年の自分の仕事と待遇に支障をきたしそうだ。
名残惜しそうにリドルの手を離したオリオンは窓際でローブを羽織りなおした。
「では、また来年に。リドルさん、#ナナ」
「うん。よいお年を」
#ナナはリドルを抱いたまま、微笑んだ。
手を振ることがないのは、恐らく片手で彼を抱いていることができないからだろう。
リドルはやはり、不機嫌そうな顔をしている。
リドルさんに来年睨まれないように、今日できる仕事は全部終わらせておこうと心の内で決めながら、オリオンは杖を振った。