1.
リドルは呆然と手を見ていた。
柔らかそうな椛型の手のひらが、真っ白なシーツの上にある。

昨日はとにかく忙しくて、シャワーだけを浴びてすぐにベッドに潜りこんだ。
その時に#ナナがベッドにいないことにも気付いていたが、疲れていた。
#ナナは研究に夢中になると、夜通し鍋の前に立っていることもよくある。
多分、今晩もそうだろうと高を括って、眠りについたのだ。
その#ナナは今、隣で眠っている。

「…ちょっと、#ナナ」
「ん…」
「起きて。これをやったのは君だろ」

時間は7時。
何とか今日にだけは持ち越さないようにと1週間ほど努力していたが、他部署が最後の最後でミスをしたため今日も仕事だ。
早いところ、どうしてこうなったのかを把握して、行動しなくてはならない。

隣で気持ちよさそうに眠っている#ナナの頬を叩く。
残念ながら大した威力はないようで、ぺちぺちと空しい音を立てるばかりだ。
#ナナはううん、と寝返りを打つだけで、起きる気配はない。

「#ナナ!」
「うっ…ええ…なに…」
「それはこっちの台詞だ。何なんだこれは」

小さな手のひらでいくら叩いても無意味だと早い段階で気が付いたリドルは、#ナナの腹の上に乗った。
普段こんなことをするのは夜くらいだ。
ただ大幅に違うのは、体格…主に体重の面で、普段よりもずっと軽い。
だから乗っただけでは#ナナは目を覚まさなかった。

仕方がないので、少し暴れてみて、ようやく#ナナは起きた。
気だるげな黒い瞳が薄っすらと開けられて、リドルの姿を捕らえた。

「…わお。大成功」
「大成功、じゃないよ。今日、仕事なんだけど?」

先ほどまで眠そうにしていた#ナナの目が、大きく見開かれた。
目の前に…自分の腹の上だが、3歳くらいの男の子がちょんと座っている。

不機嫌そうな顔をしているがどう見ても可愛らしい。
丸々とした胡桃型の瞳の色は美しい赤で、それは綺麗に生えそろった睫毛に縁取られ、陶磁のような白い肌の中に埋まっている。
絹糸のように細い黒髪は、朝日に照らされて透けるような見栄えだ。
想像していたよりもずっと愛らしい。

「うん、可愛い」
「…分かったよ、もう。とりあえず、起きてもらっていい?」
「うん、起きる」

目を丸くしてこちらを見ている#ナナに、リドルは居心地の悪さを感じた。
どう見ても普段とは全く違う目で見られている。
鑑賞用の人形にでもなったかのような気分だ、#ナナがとても遠く感じる。
胸にさっと過ぎった不安を解消すべく、リドルはとにかく#ナナに起きてもらうことにした。

リドルが腹の上からどいたのを見て、#ナナは起き上がった。
普段、寝起きは不機嫌な#ナナだが、自分でも抱きかかえることができそうなサイズのリドルが目の前にいるお陰で、朝から嬉しそうだ。

「とりあえず、朝ごはんにしようか」
「ああ…うん、そう。分かったよ」

いつもなら、リドルが率先して起きて朝食を作っていて、彼に起こされてだらだらとリビングに降りてくる#ナナだが、今日は違う。
今日だけは#ナナがリドルを抱き上げてリビングに行って、しかも朝食を作るのも#ナナだ。
何となくそれだけで、#ナナはご機嫌だった。

リドルをリビングのソファーに座らせて、#ナナはキッチンへ向かう。
朝食を作るのは久しぶりだった。
いつもは栄養重視で、好きなものばかりとはいかない朝食も今日だけは#ナナの好きなものを好きなだけ作ることができる。

「#ナナ、ちゃんと卵やベーコンも使ってくれよ、頼むから!」
「んー…うん。そうだよね、小さな子には栄養バランスは重要だもんね」

エプロンを腰に巻いた#ナナはにっこり笑ってそう言った。
3歳児の姿のリドルは、ひくりと頬を歪ませて黙り込んでしまった。
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