「…なんだ」
ヴォルデモートは庭にいた。
お目当てのものを手に入れ、屋敷に入ろうと思ったとき、違和感を覚えた。
庭の草木が風も吹かないのにやたらに騒ぐ。
屋敷には普通に入れた。
しかし、屋敷内にも違和感がある。
風も吹いていないのに騒ぐ窓、扉。
ため息を隠しつつ、その違和感の根源を見上げる。
「…何をやっているんだ、ナナ」
『っ…わかんない。わかんないよぅ…』
「とにかく降りて来い」
シャンデリアの上でなぜかぐずぐずと泣いているナナ。
どうしてそうなったのか、全く理解に苦しむ。
だから子どもは嫌いだ、と過去の孤児院での生活を思い出して眉根をひそめた。
とはいえ、放っておくのは良くないだろうというのがヴォルデモートの考えだ。
先ほどの庭の出来事の原因は間違いなくナナにある。
ナナの精神的不安定がそのまま屋敷の状態に表れたのだろう。
ナナは屋敷のことなら大体見ずとも分かるといっていたことから、屋敷と精神が繋がっていると考えられる。
精神不安定が長引けば、屋敷に何らかの形で出てくる。
それは避けたかった。
『うん…』
「なにがあった?」
『オリオンの資料に、家族の名前があったの。でもね、思い出せないんだ。何も。顔も思い出もなにもないの』
「…そうか」
ナナは生前のことが思い出せないことに気づいてしまったらしい。
ナナの話を聞いていたヴォルデモートはとっくに気づいていたが、ナナは今気づいた。
シャンデリアからふわりと降り立ったナナは泣き腫らした目をヴォルデモートに向けた。
「おいで」
『…ん』
今まで命令形の言葉しか使っていなかったヴォルデモートだが、ここで優しい言葉を使う。
学生時代に猫を被っていたのだ、ナナを慰めることなど他愛もない。
ナナをそっと抱き寄せて、なでるだけ。
それだけで十分なことをヴォルデモートは知っていた。
「思い出せないのはおそらく、思い出すべきではないからだろう。今のままでいい」
『うん…』
まだしょんぼりはしていたが、だいぶ落ち着いたようだ。
風も吹いていないのにがたがたと音を立てていた窓も静かになった。
ナナはヴォルデモートのローブを握り締め、その隣を歩く。
オリオンの居る部屋を通りすぎ、自室に入る。
ベッドにナナを座らせ、先ほど手に入れたものを取り出す。
『それ、なに?』
「これは魔力を封じ込めておける魔法具だ。これがあれば、俺様の魔力を常に得られる」
『いいの?それって、ヴォルデモートの魔力が減るってことでしょ?』
ナナには自分の魔力がある。
だが、生きていないからそれを動かすことができずに滞っている状態だ。
そのナナ自身の魔力を動かすために生きた魔力を少しだけ入れる。
生きた魔力が動くことでナナの魔力が動く、いわばポンプの役割を果たす。
そうすればナナは自分の魔力を自分で使うことができるだろう。
『なるほど!すごいね!やってみよう!』
「無論そのつもりだ」
小さな箱から取り出したのはリングだった。
そのリングの中央には黒い宝石がはまっていて、シンプルなデザインだ。
細いナナの指にはめると、あっという間にナナの指のサイズに変化した。
「うわ…、」
「うまくいったようだな」
今までほとんど背景と同じくらいの薄さだったナナの姿は、ほとんど人間と変わらぬ程度の濃さになった。
ただ、やはりよく見ると上り始めた朝日が透けている。
しかし、注意して見なければ分からない程度だ。
声もしっかりと空気を震わせて、ヴォルデモートの元に届く。
ナナは恐る恐るベッドに触ると、指先にさらりとした布の感覚。
「すごい!生きてるみたい!」
「よかったな」
「うん!ありがと!」
無邪気にナナは跳ね回る。
その様子をヴォルデモートは冷静に観察していた。
生きている人間と姿はそう変わらなくなったナナだが、何かおそらく違うところがある。
そうでなければ、死んだという事実が捻じ曲げられたことになる。
それはありえないことだ、死の観念がおかしくなる。
ベッドで跳ね回るナナをみて、ヴォルデモートはあるひとつのことに気づいた。
「ナナ」
「んー?なに?」
跳ね回るランを抱きかかえると、非常に軽い。
というより、この娘には重さというものがない。
まるで羽毛のようにふわふわしていて、風が吹けば飛んでしまいそうな軽さだった。
「軽い」
「うん?そうかもねーでも私ゴーストだもん」
「それはそうだな」
ナナは特にそれを気にしているわけではないらしい。
死んでいることはナナも良く分かっている。
変なところでストイックだ。
ヴォルデモートはナナをある程度の高さから不意に落としてみた。
無論ナナは受身も取れずに床に落ちる。
「ふぇええ!なにするの!」
「…普通に落下するんだな、重さはないのに」
「重力があるんだから当たり前でしょ!万有引力!」
どしゃ、とその場に身体を打ち付ける形で着地したナナは涙目で反論する。
小馬鹿にしたような口調にヴォルデモートは少々むっとしたが、無視を決め込む。
ナナは強打した尻をさすりつつ、ベッドに腰掛けた。
落下するだろうことはもちろん、考えていた。
しかし、その落下速度は羽毛のようなゆっくりとしたものではなくスピード感のあるものだった。
重さはないのに、あるかのように落下する。
これは考えても答えは出なかった。
「ねー、オリオンのとこ行ってもいい?」
「だめだ。まだやってないことが山ほどある」
「…まだなんかするのー?飽きたよ!」
「我慢しろ」
ナナはむくれてベッドに倒れこむ。
ベッドは普通にナナの身体を一瞬包み込んで、跳ね返す。
そのあたりも人間とそう変わらないらしい。
ヴォルデモートはナナに近づき、ランの着ている服をつかむ。
その不穏な行為にナナは警戒するようにヴォルデモートを睨むが、生憎10歳の子どもに睨まれたところでどうということもない。
そのまま、ナナの服を脱がしにかかる。
「ちょ!なにするの!やめて!変態!へーんーたーいっ!」
「少し黙れ」
「むぐっ」
ナナは口をふさがれ、ベッドに押し倒される。
傍から見れば犯罪行為だが、すでに殺人という大罪を犯しているのだ、幼女の服を脱がすことくらいなんてことはない。
じたばた暴れるナナを無視し、服を脱がす。
華奢なナナの身体はやはり若干透けて、ベッドシーツの白が見えている。
しかしナナの肌もベッドシーツに負けず劣らず白く、感触は陶器のそれとよく似ていた。
まるで人形のようだとも思うが、呼吸をするたび上下する胸は生きているそれ同様だった。
未発達の小さな蕾、くびれのない貧弱な腰、下着はきちんと身に着けているようだ。
太ももに手を伸ばせば、ナナは小さく震える。
細いヴォルデモートの指は蛇のようにナナの身体を数分かけてゆっくり蹂躙した。
ナナはその間ずっと身体を強張らせてそれに耐え続けた。
「まぁこんなものか」
「なにがまぁこんなものか、なの?!仮にも女の子なのに!」
ナナは大変ご立腹らしい。
投げ捨てられた黒のワンピースを抱きかかえ、きゃんきゃんと文句を言う。
さっさと着たらどうだ、と至極真っ当な反論をされ真っ赤な顔をワンピースにくぐらせていた。
「もうっ!最低!オリオンのとこいく!」
「好きにしろ」
ワンピースをきたナナはそれだけ言って、部屋を出て行った。