ぼんやりと月夜を眺めた。
じっとりとした暑さが身体にまとわり付くような感覚も、もう無くなっている。
ああ、彼はいなくなってしまったのだ。
そうして、私もいなくなる。
当たり前といえば当たり前だ。
人が死に向かって生きているのと同じように、私は消滅に向かって存在していたのだから。
でも、どうしても寂しくて。
自分が消滅することよりも、彼がいなくなってしまったことが寂しい。
彼も、オリオンもアブラクサスも死んでしまった。
そうして、私は彼らに取り残されて。
存在する意味は、そこのあるのだろうか。
「ナナ様…?そこにいらっしゃるのですか」
『いるけれどね。そろそろあなたたちの目にも見えなくなっちゃうよ』
ふっと意識を浮上させる。
そうすると、彼らにも私の姿が見えるのだ。
アブラクサスの息子、ルシウス。
その隣にいるのはアイリーンの息子、セブルス。
その後ろにはベラトリックスやロドルファスなど数人の死喰い人がいた。
世代を超えても、私のことを思ってくれる人たち。
ああ、私は幸せ者だったなとそう思うのだ。
生きているときよりも、死んでいるときのほうが充実しているのはなんともいえない気持ちになるが、悪くない。
『さあ、行って。まだマルフォイ家の通路は使えるはずだよ。逃げ遅れた人たちも連れて行ってあげてね。私がこうしてあなたたちを守ってあげられるのもあと少しだけだから』
まだかろうじてこの屋敷の所有権は私にある。
門も扉もまだ閉じていられる。
外にはもう闇払いたちがいる。
私の守りが尽きたら、きっとここに突入してくるだろう。
その前に、此処にいる死喰い人を全員外に出して、マルフォイ家に続く隠し通路を塞ぐ。
そうすれば少しは時間が稼げるだろう。
「ほんとうに…本当に我が君は消滅してしまわれたのですか…?」
『…残念ながら。でも死んだわけじゃないと思う、私が消滅しないから。でも回復には長い時間がかかる』
期待はしないほうがいい、と最後に付け加えるとベラトリックスは泣きそうな顔をした。
隣のロドルファスが彼女の肩を抱く。
ルシウスは堅く閉じていた口を開く。
「彼らは必ずや私が逃がしましょう」
『お願いね、ルシウス。みんな、元気でいてね。今まで遊んでくれてありがとう。さあ行って、情けないけどもう限界だから…』
外にいる闇払いが、屋敷に一斉攻撃を始めたのが分かった。
きっとルシウスたちも気づいただろう、窓の向こう側が激しく光っている。
彼らがいなくなってしまえば、また私は一人ぼっちだ。
消えることはない、まだあの人は生きている。
その証拠の指輪をきゅっと握り締めて、私は立ち上がった。
きっと、もういちど、彼は迎えに来てくれる。
私をもう一度見つけて、そこにいたのかって、抱きしめてくれる。
だから、それまで私は此処にい続けよう。
彼らの帰ってくる場所はいつだって此処だ。
『みんな、元気でね。さよなら』
「…またな、ナナ」
もう彼らに私の姿は見えなくなっていただろう。
声も届かなくなっているだろう。
最後に振り返ったセブルスが寂しそうにそう呟いた声を聞いた気がした。