24.Deceive
ヴォルデモートは部屋に戻った。
とめどない怒りと苛立ち、それらがごちゃごちゃとしてどうにかしてしまいそうだった。
昔はこんなに軟い理性ではなかったのだが、とため息をつく。

いくら自分が手際よくやっても、部下がそれを台無しにしては意味がない。
八つ当たり気味にその部下を殺しても、怒りは収まることを知らない。
人数が増えれば仕方のないことだが、最近は使えないやつらが多すぎた。

「…ヴォルデモート、大丈夫?」
「ナナか。ああ…こっちに来い」

部屋の扉が静かに開く。
それは廊下に繋がっている扉ではなく、隣の部屋と繋がっている扉だった。
その扉の影からおずおずと、ナナが顔を出していた。

ナナは自分の機嫌が悪いのを察知しているのだろう。
屋敷の中にいる人間の魔力をすべて感知しているナナだから、自分の魔力が乱れていることにすぐに気づいたのだ。
椅子に座っていた自分の膝の上にちょんと座り、じっとこちらを見上げる。
賢く、従順な娘だ。

「ほんとに大丈夫?」
「ああ。問題ない」

本当は大問題だ。
あの愚図はとんでもない失態をした。
でも、ナナにはそんなこと言いたくもない。
膝の上のナナの額にキスを落として、髪を漉く。

もう外は綺麗な朝焼けだった。
ナナの黒い髪が光に透ける。
手の中で溶けているようなその感覚も、久しい気がした。

「ルシウスやセブルスとはうまくやっているか?」
「うん、2人とも良くしてくれるよ。ルシウスはチェス強いし、セブルスは魔法薬のことすごく詳しいし、ベラは最近のおしゃれを教えてくれる。楽しいよ」

無邪気に微笑むナナを見て、少し怒りを忘れた。

最近良く考えるのだ、もしも、もしも、ナナがあの時傍にいてくれていたならと。
孤児院で寂しかったときナナのような友人がいたら、一緒に遊んでくれたのだろうか。
学校で優等生ぶっていたときナナがいたら、笑い飛ばしてくれいたのだろうか。
闇の世界に入ろうと決めたときナナがいたら、引き止めてくれていただろうか。
今となって思う、もし彼女が生きていたら僕はナナを愛したのだろうか。

無邪気なナナの光に当たっていたら、闇の世界になんて行かなかったのだろうかと。

後悔などではないと、断じて言っておく。
自分のやっていることに後悔はしていない。
此処にいるからこそ、ナナに出会えて、このように考えるようになったのだから。

「そうか。なら安心だな」
「うん、まあね。最近屋敷も安定してるでしょ?」
「ああ…昔は少しのことで窓が震えていたのにな」
「…ちょっとは大人になったんだよ」

昔のことを言うと、ナナは少しむっとしたように頬を膨らませた。
そういう仕草は酷く子どもらしい。

ナナは大人になった。
いくら見た目が幼いとはいえ、もう50年ほどは存在していることになる。
もう、ヴォルデモート卿が外で何をやっているのか、外でどんなことが起きているのかナナは知っているし、ナナが知っているということを自分は知っている。
それはナナと自分、共通の理解だった。

死喰い人の一人の口からその全てを聞かされたときも、ナナは一言そう、というだけだったそうだ。
知っていることを自慢げに話されても困るだけだった、とナナは言っていた。

やはりナナは俺が何をやっているにしても、変わらず俺のために働いてくれた。
屋敷を守り、死喰い人を守り、今は俺を癒している。

「ナナ、」
「何?」
「指輪を」

ナナには幸せになって欲しい。
自分がいなくなった後も、ナナが消えてしまわないように。
また、ナナのいるこの屋敷に帰ってこられるように。
強めに、魔法をかけなおそう。

ナナは不思議そうに指輪を手渡してきた。
錆びることなく美しさを保ったシルバーの指輪。
それに少しだけ魔力を足し、魔法もかけなおす。
ナナは不思議そうにそれを見ていた。

「手を」
「うん」

ナナは左手を出してきた。
少し迷ったが、薬指につけておいた。
それを見て、ナナは馬鹿、と小さく呟いたが聞こえなかったことにしておこう。
左手を出したナナが悪い。
前回は右手の薬指だったが、今回左手の薬指にリングは収まった。

ナナの顔が少し赤かったような気がしたが、それも見ていないことにした。

「ねえ、ヴォルデモート、気づいてる?」
「…何が」
「死が近いよ、気をつけてね」

誰の、とは言わなかった。
ナナはなんてことはなさそうに、ただそれだけ言った。

「いつからお前は死神になったんだ?」
「私は幽霊ですー!死神になったつもりはないもん!でもね、そういうのには敏感だから」

ふざけてそういってみれば、むきになったようにナナはそういった。
幽霊でも死神でも恐ろしいことに変わりはないだろうに。

冗談に子どもっぽく反応したかと思えば、その後はいたって真面目だった。
ナナは死んでいるものだから、死には敏感であることは分かっている。
不安げなナナを撫で、抱きしめる。
温かくもなんともないくせに、こちらは少し温まったような気がした。

ナナの不安を取り払うように、口を開く。

「心配ない。それにランにはルシウスやセブルス、ベラトリックスがいるのだろう?」

ちょっとした悪戯のつもりだった。
今は自分よりも長い時間一緒にいてくれる友人がナナにはいる。
だから、自分がいなくなっても安心だろうと、そう少し考えてはいたのだ。

しかし、ランは不安そうな表情のままぽつりと呟いた。

「でも、ヴォルデモートが一緒にいてくれないのは、寂しいな」

その言葉が胸を貫いた、もう誤魔化せないのだと。
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