21.Smart girl's ghost
ルシウスは戸惑っていた。
目の前の少女はのんびりと微笑んでいる。
愛らしい少女といえるだろう、ビロードのような美しい黒髪、サファイアのように青い瞳、人形のような容姿。

父に連れられて、この屋敷に来た。
此処は死喰い人の本拠地であるらしい、そんな場所と通路一本で繋がっているというのは父の力の強さが見て取れるといえよう。
その、父と対等な存在として会話をしていたたった10歳程度の少女。

この屋敷の主とだけしか父は言わなかった。
此処の主は我が君ではないのかと問いたかったが、その質問を許されるような雰囲気ではなかった。
どうすればいいのだろう、目の前の少女はきらきらとした目でこちらを見ている。

「まだ、戸惑ってる?」

鈴を転がしたかのような、小さな声。
それが目の前の少女の声であると気づくのに少し時間がかかった。

こてんと首を少しかしげ、不思議そうに自分のほうを見ていた。

「ええ…」
「聞きたいこと、たくさんあるでしょう?答えるから言ってみて」
「ここの主、と先ほど父が言っておりましたがどういうことなのでしょう?此処の主は我が君ではないのですか?」

少し間をおくべきだったかと話し終えた後に後悔した。
これじゃあまるで何も分かっていない子どものようだ。

ナナは特に気にしていないようで、微笑んだまま。
ルシウスはその様子に少し安心した。

「うん、ここにいる人の主は間違いなくあの人だね。この屋敷の所有権も表向きあの人にある。だけど、この屋敷はもともと私のもので、私が支配しているんだよ」
「…どういうことです?」
「簡単に言えば、私はこの屋敷の守護霊で、この屋敷の所有者およびこの屋敷の中にいる人を守っている存在ってこと」

まあ、主といえば、主だよね、とナナはのんびり答えた。
ルシウスはその言葉を聞いて、少しして固まる。

いま、この娘はなんといった?

「守護、霊?」
「うん、私幽霊だよー!びっくりした?本当はあの人と同い年くらいなの。オリオンは後輩ね!」

無邪気にそう答えるナナはどう見ても幽霊には見えない。
確かに幼い容姿だし、色白で幽霊のように見えなくもないが、先ほど父親はナナに触れていた。
ゴーストとは触れないものではなかったのか。
何なんだ、この娘は!

突っ込みをぐっとこらえて、ルシウスはナナに向き直る。
ナナは無邪気に笑うばかりだ。

つまり、ナナは我が君と同い年で父よりちょっと年下くらいということだろう。
守護霊ということは何らかの力があり、それが有能であるから我が君が保護していると。
ナナに手を出せば、我が君の所有物に手を出したことになり逆鱗に触れる。
父がナナを丁重に扱っていたのもこれなら頷ける。

「なるほど…普段父とはどのようなことをしていたのですか?」

そして自分が此処に連れてこられたわけ。
それはおそらくナナの面倒を見るためとみて良いだろう。

最近父も忙しいし、何より魔法省からのマークがきつくなってきている。
ナナの面倒を見ることができる人が少なくなっているということで、自分が連れてこられた。
そう考えるのが妥当だった。

この質問に、ナナは少し驚いたように目を見開いた。
ああ、ようやく笑顔以外の表情を出したなとちょっと嬉しく思う。

「さっすがアブラクサスの息子だね…理解が早い。普段はチェスとかボードゲームをしてるよ。でも、今日はルシウスとお喋りしたいな」

驚いたのはほんの少しの間だけで、ナナはすぐに無邪気な笑顔に戻った。

チェスと聞いてなんとなくああ、と思ってしまった。
昔から父と遊ぶとき、いつもチェスや頭を使うボードゲームをさせられていた。
そのたびに父に、「お前には私よりも強くなってもらわなければ…」とどこか遠い目をしていっていたのを思い出したのだ。
勘ではあるがおそらく、父はナナとチェスをよくしていたのだろう。
そして、ナナに勝てなくなった。
だから息子である自分に、希望を託したのだろう。

ナナは「次来るときにはチェスをしようね、楽しみにしてたんだ」と不敵な笑みを浮かべていた。
まるで、お前はアブラクサスよりも強いんだろうな?と言わん限りの目で。
次にナナに会う前に、もう一度父に挑んでおこうとルシウスは考えた。

「ルシウスはまだ学生なんだよね?6年生だったっけ?」
「ええ、ですからそう頻繁にはこれないのですが…」
「みんな最近忙しいみたいだからさ、ルシウスみたいな子がきてくれると助かるんだ」

今は夏休みの時期なので、学校はない。
しかし、学校が始まってしまえばここにくることはできないだろう。
次の話をしている中で申し訳なく思ったが、ナナは気にしていないらしい。

今、闇の軍勢は活発な動きを見せている。
闇払いたちを次々に倒し、魔法省を掌握しようとしているのだ。
そのため、父もブラック家も例外なく忙しいだろう。
2人とも魔法省に勤めながらも夜は死喰い人として働いているのだから。

ナナはそれも理解している。
だから、自分のために無理をしてこの屋敷に来なくてもいいようにしたいと思っているようだ。
自分なら夏休み中にやることは限られているし、ナナの面倒を見るのには適している。
死喰い人とのコミュニケーションも図れるし、闇の軍勢の動きも分かりやすい。
ある意味、企業体験に似た感じだ。

「今学校に通っているのは、オリオンの息子2人とルシウス、あとはアイリーンの息子かなぁ…楽しそうでいいね」
「ええ…まあ例外もいますが」

ナナの人間関係は狭いらしい。
今の話を聞くところだと、父とブラック家当主、あと1人くらいしか知り合いがいないということではないか。

しかし我が君の大切にしているという少女だ、死喰い人ですらあまりコンタクトを許されていないのだろう。
そう思うとこの仕事が非常に貴重な経験であるような気がした。

「例外?」
「ブラック家の長男です、シリウスといいますが…あいつはグリフィンドールに入っていて、今年は家出までしたそうで…いや、こんな話はよしましょう」
「家出ね…。相変わらず行動力がすごいな…」


ナナは例外に興味を持ったらしい。

その例外というのがブラック家の長男、シリウス・ブラックである。
入学早々、グリフィンドールに入るという純血の面汚しをしたのでブラック家は大騒ぎだったそうだ。
泣きそうな顔をしながら彼の父親が父の元に相談に来ていた。
彼の父親は深刻そうな面持ちだった…父はなんともいえないような顔をしていたが。

しかし、ナナはシリウスとまるで面識があるかのような感じだった。
昔を思い出すような顔で、ちょっと楽しそうだ。
確かに彼の行動力には目を見張るものがある。
あれできちんとした純血主義なら言うことはなかったのだろうとルシウスも思う。

「ですが弟はしっかりした感じですよ」
「そうなの?まだ会ったことないな…今度オリオンに聞いてみよ」

一方弟のレギュラスは本当にしっかりしている。
純血主義で、落ち着いており頭もいい。
シリウスも頭は悪くないが、如何せん落ち着きはないし、野蛮だ。
到底ナナの面倒は任せられなかっただろう。

ナナはまだ見ぬブラック家の次男にも興味を抱いたらしい。
今度来るときにはレギュラスも一緒かもしれないとルシウスはぼんやりそう考えた。

「…ところで、アイリーンという方の息子の名はなんと言うのですか?アイリーンという方を知らないもので…」
「ああ、確かセブルスっていうの。知ってる?」
「セブルスですか?知っていますよ。後輩です」

アイリーンという名は聞いたことがなかった。
有名な家の人なら結構知っているほうだが、思い返してもそのような名の人は知らない。
まあ、純血の家といっても有名無名さまざまだ。
おそらく彼女は後者の人間だったのだろう。

息子の方は知っていた、セブルス・スネイプ。
スリザリン生で自分よりも3つほど年下だ。
成績優秀で、大人しい。
賢いためかなり優秀な人材といえるだろう。

「彼、元気?アイリーンは早くに亡くなってしまったからちょっと心配だったの…」
「元気ですよ。成績も優秀ですし、規範的な男です。魔法薬学が好きでよく調べていますよ」
「そうなの。もし彼がこちらに来るようだったら、連れて来てね」
「ええ、必ず」

目の前の10歳程度の少女は懐かしそうに目を細める。

その仕草や口調はやはり10歳の少女とは違う。
どこか大人びていて、でも見た目は少女で、非常に不思議な感じがした。
ゴーストだといっていたのが最初は信じられなかったが、今は信じられる。

彼女はさりげなく、何度でも自分が此処に来るようにいくつも約束を作った。
その手際のいいやり方、10歳の少女のそれではない。
おそらくこの人はスリザリンだったのだろうなとそう思わせるかのような周到さ。
月明かりに照らされて、彼女の顔が綺麗に見える。
10歳の少女とは思えないほど妖艶な姿が、月明かりの元で露になる。
長い黒い髪は艶っぽく光り、長いまつげに縁取られた青い瞳はしっかりと自分を見据え、病的なほどに白い肌、ぷっくりとしたチェリーのような唇。
人形のような、美しさだ。

じっとその様子を見ていたのがいけなったのか、ナナが自分のほうを見た。
こちらの考えていることなんてすべてお見通しなのだろう、艶美な笑みを浮かべて欄は言う。

「ルシウスは、また此処に来てくれるよね?」

肯定の言葉以外、出てくるはずもなかった。


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