20.I have only stopped to clock.
ナナはいつものようにベッドの上で本を読んでいた。
テーブルの上にはチェス盤があり、その脇には足の長い椅子が2脚置いてある。

この屋敷の主は先ほど出かけていった。
最近は本当に忙しいらしい、十数年前は実験と称してよく遊んでくれたものだった。
実験といっても、魔法をかけたりすることはなく、普通の人間と何が違うのかなどを調べているような感じだった。
そのときの彼はまるで妹か何かとじゃれ合っているかのように柔らかな表情をしていた。

今はナナとの会話も減り、表情はいつも厳しかった。
むしろないことのほうが多い。
きっと闇と死が彼の心を蝕んでいるのだとナナは感じていた。
寂しいことだと、少し落ち込んだ。

もし、私が生きていたら。
少しでも彼の闇と死を払い、温めてあげたかったのに。
冷たい死の恐怖を少しでも忘れさせてあげることができたのかもしれないのに。
ヴォルデモートは私を冷たい死の中から見つけ出して、温かくしてくれたのに。

もし生きていたら、なんて死んだ人には何の意味もない考えだった。
しかしナナはどうしても、そう思わざるを得なかった。
長い1人の時間は、そんなことをとめどなく考えてしまう。

「ナナ、」
「…アブラクサス?」

ぼんやりと窓の外を眺め、思考の海に沈んでいたナナを掬いあげたのはアブラクサスだった。
てっきりヴォルデモートと一緒に出かけたのだと思っていたナナは、驚いたように彼を見た。

彼も大分老けたといえよう。
ヴォルデモートはその姿を魔法でずっと若いままに保っている。
曰く、いつまでも変わらぬ容姿など人間離れしている様子は人に恐怖を与えるのだそうだ。
ナナは年を取らない自分と同じような存在になってくれたような気嬉しかった。
しかし、アブラクサスやオリオンは無論そんなことをしていないため、普通に老ける。

「…今日は随分とぼんやりしているのだな」
「あ、うん。ごめんね。どうしたの?」

アブラクサスはナナを観察していた。
彼女と出会ってから数十年、さまざまな変化があった。
無論、彼女は死んでいるので見た目は変わらない。
会ったときと同じような、陶磁器のような白い肌に絹のような黒い髪、深海のような青い瞳、幼い姿。

しかし、内面は大きく変わっただろう。
今だってナナはさまざまなことを考えている。
ずっと自分の事を見ていたから、時の流れでも実感しているのだろう。
ナナは姿が変わらない、しかし私たちは変わる。
時代に取り残されていく感覚を、ナナは味わっているのだろう。
それが絶望に近い感情であることを、ナナは気づいているのだろうか。

「ナナに会わせたい者がいる。会ってくれるか?」
「もちろん!1人で退屈していたの」

ようやく本題だ。
きっとあいつは扉の向こうで緊張したまま突っ立っていることだろう。
かわいそうではあるが、これくらいでへこたれるようでは困る。

「新人だから家で待たせているんだ。部屋に来てもらっても?」
「うん。ねえねえ、もしかして…」
「ナナの考えていることで間違いはないだろうな」

ベッドの上のナナの手を恭しくとる。
ナナはその様子を苦笑してみていた。

本当は丁寧にエスコートをしようかと思っていたのだが、ナナはそれをやんわりと振り切ってアブラクサスの手を握った。
傍から見れば娘と父親のように見えることだろう。
ナナは楽しそうにアブラクサスを見上げる、ナナの身長は相変わらず低い。

ナナはもう感づいたらしい。
家で待たせているといった時点で、すぐに分かったのだろう。

「少し待っていてくれ」
「うん」

部屋の暖炉の上にある風景画を取り外す。
そこにはマルフォイ家と繋がる隠し通路があった。

少し前に、ブラック家の隠し通路がオリオンの長男に見つかり、その長男があろうことかこの屋敷に侵入、しかもナナは彼を喜んで迎えていたというちょっとした事件が起こった。
ナナは知らないが、そのせいでマルフォイ、ブラック両家の隠し通路の場所は変わったのだ。
オリオンに限っては帝王に責められたようだが、ナナのこともあり厳重注意のみだった。

とにかく、隠し通路を無理に変えたせいで家から此処まで少し時間がかかるようになってしまった。
ナナが大人しくベッドに座ったのを見て、アブラクサスは通路を進んだ。

「すまない、待たせたな」
「ううん!ねえそれよりその人?」
「ああ。息子のルシウスだ」

10分ほどでアブラクサスは帰ってきた。
アブラクサスの後ろには15,6歳くらいの青年が立っている。

息子というだけあって、よく似ているとナナは思った。
プラチナブロンドの髪も、薄い青の瞳も、雰囲気もアブラクサスに似ていた。
まだ厳格な雰囲気というよりかは戸惑いが多いように見えるが、それでも立派だとナナは思った。

「ルシウスです」
「はい、ナナです、よろしくお願いしますね」
「…」

ぼんやりとナナがルシウスを見ていると、ルシウスが口を開いた。
お堅い挨拶についついナナもつられて挨拶をする。
しゃんと背筋を伸ばしているルシウスに、ナナもあわせて背筋を伸ばしている。
その様子をアブラクサスは呆れた様子で見ていた。

「…ルシウス、彼女はこの屋敷の主だ。失礼のないように」
「なんか勘違いされそうな説明ありがとう、アブラクサス。ええっと、いいんだよ、そんなに堅くならなくたって。あなた、まさか私があなたのお父様よりも年上には見えないでしょ?」

一応、ということでルシウスに忠告しておく。
ナナはそれを否定したが、もしルシウスがナナに何かして、それがヴォルデモートの逆鱗に触れたら大変なことだ。
めったにそのようなことはないが、ナナが気にしていなくてもヴォルデモートが気にすることもある。

ただナナはそれを分かってかそうでないのか、ジョークを飛ばしている。
ルシウスも戸惑ったようにアブラクサスを見るだけだった。

「あの人には言ってあるんでしょ?なら大丈夫よ、アブラクサスの子どもだったら絶対紳士的だし、問題なんて起こらないと思うけど」
「…1人息子を殺されてはたまらん」
「1人だって2人だって子ども殺されたら嫌でしょ。分かってるよ、同じ轍は踏まない」
「ならいいのだが」

アブラクサスの考えをナナはお見通しだった。

同じ轍というのはオリオンの息子のことだろう。
もし、あの場にナナがいなかったら、ナナが庇わなかったら、オリオンの長男は確実に殺されていた。
オリオンもあの場は死喰い人の1人として、息子を殺してもいいというような発言をしていたそうだ。
しかし、内心は穏やかではなかっただろう。

どんなに反抗されたとしても、子は子。
どんな子でも自分の子ならば大切なものだ。
ナナがそれを理解していることを確認できたことは大きい。
きっと、ナナはオリオンの息子のときのようにルシウスも守ってくれるだろう。

「アブラクサス、この後の予定は?」
「家に帰って、別の仕事がある」
「ルシウスは?どうするの?」
「ナナに任せる。いいな、ルシウス」
「…はい」

そのためにも、ルシウスにはナナと仲良くなってもらわねばいけない。
別の仕事があるというのはうそではない。
だが、そこまで重要なものでもない。

しかしこの場に自分がいるよりも、ナナとルシウスと2人きりのほうが話しやすいだろう。
ルシウスは戸惑ったようにこちらを見たが、10歳の少女の面倒くらい見れなくてどうする。
そう言う意味もこめて少し睨むとわが子は静かに頷いた。


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