01.Be aware!
気がつけば少女はそこにいた。
古びた大きなお屋敷はちょっとした山と山の間に挟まれた場所にポツリとたたずんでいた。
周りに民家はなく、不気味にカラスが鳴くのみ。

山を越えた場所にある街の子どもたちはその屋敷を幽霊屋敷と呼んだ。
きっとあの古びた洋館にはゴーストが住み着いているに違いない。

雰囲気はあった。
洋館の外壁は緑の苔と蔦で覆われ、庭は荒れ果てて、誰も近寄りはしない。
濁ったガラスは屋敷の中を写すことはなく、外の景色を反射するでもなく、ただただ白濁の色をしていた。
しかし、誰かはそこから物音を聞いたというし、声を聞いたなんてことを言う人もいた。
だから子どもたちは、その屋敷にこっそりと入りこみ度胸試しをしていた。

「うっわ…きったねー」
「そりゃそうだろ、何年このままであると思ってんだよ」
「しらねーよ!」

今日も深夜に子どもが2人、荒れ果てた庭を通り屋敷の大きな扉を開けた。
中からはむわっとした黴臭さが彼らを歓迎した。

入ってすぐ、大きなエントランスがあり、その先には大階段もあった。
エントランスの天井には大きなシャンデリアがついていて、床には赤い布が所々に張り付いていた。
おそらく赤いベルベットの絨毯がひいてあったのであろう。
御伽噺に出てくるような屋敷の造りで、きれいに掃除してあれば相当いい家といえる。
しかし、管理されていない屋敷のいたるところに蜘蛛の巣があるし、埃もひどい。

自分たちが扉を開けたことにより舞い上がった埃を吸ってしまい、噎せ返る子どもたち。
それを尻目に、子どもたちの手から離れた扉は徐に彼らの後ろで閉まった。

「うわぁ!」
「なっ…なんだよ、お前が手を離したから閉まっただけじゃねーか」

それに驚く一人の少年を、もう一人が呆れたように言う。
驚いたほうの少年は顔を赤くして、うるせーと愚痴をはきながら古びたシャンデリアが落ちてこないかと少し注意深く進んだ。

エントランスの天井に吊る下がったシャンデリアの上。
少女はそこにいた。
シャンデリアを揺らしたいのか必死にブランコの要領で身体を振っているが、まったく動く気配はない。
少女はひとつため息をついた。
そのため息は、埃ひとつ動かすことはできない。
少女はシャンデリアからふわりと降り立ち、子どもたちを追いかけた。

子どもたちは大階段を上って二階へと進んだ。
二階は右と左で部屋がそれぞれあり、どちらを見るかで2人は悩んでいるようだった。
1人になることは絶対にしたくないらしく、どうやら棒切れを倒してどちらにいくか決めるようだ。

その後ろから、少女は子どもたちを追いかけてきた。
子どもたちを驚かそうと、棒切れに手を伸ばした。
棒切れが倒れなければ、子どもたちもびっくりするだろう。
少女はそう考えていた。

しかし、現実は少女に厳しい。
少女の手は棒切れを触ることすらできない。
ふっと通り抜ける感覚すらもなく、棒切れは右側へと倒れた。

「うっしゃ、じゃあ右側見てみようぜ!」

少年は興奮しているのか、早口にそういって右の通路に駆け出す。
それをもう1人が気をつけろよ、と言いながらついていく。
その後ろから少女は少年たちについていく。
右の通路には少女の自室がある。
あまり入られたくないというのが乙女の正常な感情だろう。

少年たちは一つ一つ部屋を開けて見て回る。
部屋の作りはどこも同じなので、少年たちは徐々に飽きてきたようだ。

「みーんな同じ部屋かよ!つまんねー」
「幽霊も出ないしな…やっぱ所詮は噂ってことか」

実は彼らの後ろに少女がついてきてるなんて、彼らには知る由もない。
その言葉が少女を絶望させる。
誰も、誰も、自分に気づいてくれない。


少女はこの屋敷の幽霊だった。
最初は死んだなんて気づかなくて、気づきたくなくて普通に生活しようとした。
ただ、自室のベッドに膝を抱えて座り続けた。
何度日が落ち、日が昇り、夕日が窓ガラスを照らし、月が自室を照らそうとも、彼女は空腹感を覚えなかったし、眠くもならなかった。
そうして虚無感に包まれて彼女は悟った。

自分は、もう死んでいるのだと。

誰にも気づいてもらえないうちに自分は死に、そして幽霊として屋敷に取り残されてしまった。
誰かに気づいてほしくて、最初は声を上げて見たり、ものを動かして見たりもした。
しかし、それらを続けているうちに彼女の声は音として機能しなくなり、ものにも触れなくなってしまった。
彼女は完全に、誰にも気づいてもらえない存在にまで成り下がってしまった。

『ねえ。ねえ、私ここにいるよ。ねえ、気づいてよ』
「これで最後、か」
「何だ、ほんとになにもねーんだな。ちぇっつまんねーの!」
『いるよ、私、ここにいるの』

何度彼女が彼らの前に立っても彼らは彼女をすり抜けて、帰路についてしまう。
泣きそうになりながらも彼女は何度も彼らに声をかけた。
それでも、彼らは彼女に気づくことはない。

彼女の声はもう、誰にも届かない。
彼女の姿はもう、誰にも見えない。
彼女の存在はもう、当の昔に忘れ去られてしまっていた。

何度、何度消えたいと願ったことか。
しかし、彼女は消えることすら叶わずひとりぼっちで屋敷に居続けている。
誰にも気づかれることなく、誰にも認知されずに。

「げ、雨振ってんじゃん!」
「あーあ、こりゃずぶ濡れだな」
「うわ、母ちゃんにばれたらやべぇ!」
『泊まっていけばいいのに。もっとここに居てよ』
「んじゃあここに泊まるか?」
「やだっての!帰るよ!」

少年たちは雨の中、自分の家に駆けて帰っていった。
少女はただ寂しくて涙を流したけれど、それは頬を伝って床に落ちることなく消えた。

それが、6月の雨の日の記憶だった。
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