10.With Irene!
屋敷のエントランスに彼女はいた。
全くどうして自分がこの屋敷にいるのかいまいち分からない。
誘われて来てみればいつの間にかここの仲間として扱われていた。
性に合わないと何度思ったことか知れない。
此処から抜け出したいと思ってもなかなかできるものではなかった。

「アイリーン」
「はい、我が君」

アイリーンは名前を呼ばれて慌てて振り返った。
テノールの声はぞっとするくらいに美しく、その姿は闇に溶けるような黒を基調としたものだった。
誰しもが恐れる存在になり始めている、ヴォルデモート。

アイリーンは彼の元の姿を知っている。
トム・M・リドルと言えば、在学中は知らない人とはいないのではと思わせるほど有名だった。
その後姿を消したため、彼がどうなったのかは誰も知らない。
まさか優等生だった彼がヴォルデモートになったとは誰も思わないだろう。

だから、アイリーンはヴォルデモートに対する恐怖感はあまりない。
恐怖というのは分からないという事実が増幅させるものだ。
正体が分かってしまえばそこまで怖くはないし、力のみでもまあ怖いがそこででもない。
そのため、ヴォルデモートの対応に関しては結構適当なところはあった。

「この間の少女を覚えているな」
「クルーシオをかけられた子ですね。覚えております」

覚えているに決まっている。
今までほとんどの人間を信用せず、恋人がいても利用するだけだった彼が連れていた女の子。
まさか子どもではあるまいと思ったが、でなければ何故あんな足手まといにしかならないような子どもをつれているのかと疑問に思ったものだ。

「あいつの面倒を見てほしい」
「…はい。かまいませんが…」

それだけ述べてヴォルデモートは踵を返し、2階へと向かった。
ついて来いということだろう。
とりあえずその背を追いかける。

ついたのは2階の一番奥の部屋だった。
隣がヴォルデモートの部屋だった。
今まで一番奥の部屋がヴォルデモートの自室だと思っていたので、少し驚いた。
立地条件的にも広さ的にも一番奥の部屋のほうがいいはずだ。
その場所に少女を住まわせているというのは驚きだった。
ヴォルデモートが譲るという行為をするとは思えなかった。

ヴォルデモートが一番奥の部屋に入ったのを確認して、後に続く。
それなりに広く、明るい部屋だった。

入ってすぐ目に入るのは大きな窓だった。
その手前にはマットが敷かれ、低いテーブルの上にはチェスセットが置かれている。
右側、左側には天井につくほどの高い本棚がずらりと並んでおり、それらすべてにぎっしりと本が詰まっていた。

窓のそばに天蓋つきのベッドがあった。
ヴォルデモートはそのそばの椅子に座り、天蓋の中の少女に話しかけているようだ。
天蓋には魔法がかかっているのか、外から中の様子はうかがえない。

「あのときの人だ!」
「暇なら相手をしてもらえ」
「うん!」

可愛らしい声がする。
まだ幼く、無邪気な声。
この屋敷には不釣り合いな明るい声だった。

ヴォルデモートは椅子から立ち上がり、部屋を出るつもりなのかアイリーンのいるドアのほうへ来た。

「名前はナナ、だ。その他のことはあとで説明する」
「かしこまりました」

そのまま部屋を出てしまったヴォルデモートと入れ違いで、アイリーンはベッドのそばに移動した。




天蓋の中から見える外は少し霞がかっていて見にくい。
しかし、外にヴォルデモート以外の人間がいることをナナは察知していた。

「ナナ、起きてるか」
「うんー起きてるよ?あの人は誰?」

ナナはその日、読書をしていた。
普段オリオンと走り回ったりすることが多いナナだが、ヴォルデモートが屋敷に居る間はおとなしくしていることが多い。
あまりはしゃぎすぎるとヴォルデモートが怒るからだ。
ナナにとってヴォルデモートは父親にも似た存在だったため、彼の命令だけはきちんと聞く。
ともかく、ナナはおとなしくベッドの中で本を読んでいた。
ヴォルデモートはベッドのそばの椅子に座わる。

ナナは部屋に来ていた1人の女性を不思議そうに見ていた。
知らない人がいるということから、ランは天蓋を開けずにヴォルデモートと会話をしていた。

基本的にナナの自室に入ることを許されている人間は男が多い。
ヴォルデモートはもちろん、オリオン、アブラクサス…すべて男である。
ナナは女の人とも遊びたいと考え、それをヴォルデモートに伝えていた。

「あの女はアイリーンという。覚えているな?」
「うん。覚えてるよ!」

そこで出てきたのが、アイリーン・プリンスだった。
彼女はナナがクルーシオの呪文を受けたときにナナを庇っていた女性だ。
ナナはそれを覚えていた。
彼女もナナのことは覚えていたし、ちょうどいいだろうとヴォルデモートは考えていた。

アイリーンの学生時代を知っているヴォルデモートにとって、アイリーンは安全な人間であると言い切れた。
アイリーンはなぜ死喰い人になったのか甚だ疑問なほどに、優しい人だった。
特に新入生などの後輩に優しく、面倒見が非常に良かった。
やはり、といえるのだろう、ナナが魔法をかけられたときも自分よりも年上の実力者に楯突き、ナナを守ろうとした。
ナナもそれを覚えていたので、人見知りを起こすこともないだろう。
彼女ならナナを満足させられるだろうと、ヴォルデモートはエントランスへと戻っていた。



アイリーンは天蓋から伸びてきた小さな手を見ていた。
その小さな手は天蓋をさっと退ける。

天蓋の中はダブルベッドにしても大きすぎるようなベッドが広がっていた。
ベッドの上には数冊の本が置いてある。

ベッドの真ん中辺りに少女はいた。
少女は黒いワンピースに黒い髪、青い瞳はきらきらと輝いている。
肌は陶磁器のように白く、手足は未発達だと思わせるほどに細い。
何より気になるのが、全体的に透けるような薄さだ、なんなのだろう。

「ええっと…ナナちゃんでいいのかな?」
「うん、ナナでいいよ!えっと…」
「アイリーンよ。アイリーンって呼んでね」

その疑問をとりあえずは置いておき、ナナと挨拶を済ませる。
見た目どおりの可愛らしい子どもだ、特に変なところはない。
…透けていること以外は。

「あっ、あの時はありがとう!アイリーン。本当はすぐにお礼をしたかったんだけど…」
「ああ、いいのよ。ごめんなさいね、怖い思いをさせて」
「ううん、私が悪かったの。出ちゃいけないって言われてたのに、勝手に外に出たから」

あの時とはおそらくナナが魔法にかけられたときだろう。
泣くだけの体力があるなら安心だとは思っていたが、あれ以来姿を見ていなかったので、どうしたのかと心配をしていたのだ。
ヴォルデモートに聞いても、大丈夫の一点張りだったのでそれ以上は何も聞けなかった。

おそらく外に出てはいけないといったのも、ヴォルデモートなのだろう。
いったいこの子どもはヴォルデモートにとってのなになのだろうか。
疑問は尽きない。

「…アイリーンは私のことどこまで聞いた?」
「名前だけよ」
「え…、名前だけ?ヴォルデモート、それで連れてきたの?」
「あとで説明すると言っていたわ」

少し不審な目をしていたのだろうか。
ナナは困ったように首をかしげた。
あとで説明するとは言っていたものの、戸惑わざるを得なかった。
それをナナに聞くのも良くないと思い黙っているとナナが口を開く。

「ん…気になる?」
「正直に言えば、ね」
「んーそっか。あのね、私享年10歳なの」

一瞬、全く違和感なくそれを聞いていた。
ああそうか、まだ10歳なのか、来年はホグワーツなのかなと簡単に思ってしまった。

しかし、何度か反芻させるとそのおかしさに気づく。
まさか、聞き間違いかいい間違いだろう。
そう思い、恐る恐る聴きなおす。

「…享年?」
「うん、享年。私もう死んでるの。だからゴーストね」

困ったようにナナは笑う。
なるほど、ゴーストということなら透けているのもうなづける。

だが、ナナは先ほど天蓋をつかんで開けた。
ゴーストであるならまず、物をつかんだりすることはできないはずだ。

「でも、あなたは物に触れられるじゃない」
「うん。物にも人にも触れるよ。ヴォルデモートの魔力と私の魔力で実体化ができるの」
「実体化…」

ナナはのんびりとそれだけ言って、チェスをしよう!と話を変えた。
あまりナナは説明したくないらしい。

ナナは見た目と精神こそ子どもっぽいが、チェスは強いし頭もいい。
やはりそれなりに長く生きているのだろう。
その日はチェスをしたり、本を読んだりしているうちに時間がたった。

「…でね…!あ、」
「どうしたの?」

ナナは突然ドアのほうを見た。
今までベッドからほとんど動かなかったというのに、ベッドから降りアイリーンの隣を抜けてドアのほうへ向かう。
どうしたの?というアイリーンの制止も聞かず、ドアのすぐそばに立った。

「ナナ」
「おかえりなさい!ヴォルデモート!」

ナナはヴォルデモートが帰ってくるのが分かっていたようだ。
扉の影に隠れ、ヴォルデモートに飛びつく。
ヴォルデモートはそれを嫌がることなく抱き上げ、ベッドのほうへと歩く。

驚きを隠せないアイリーンのそばを通り過ぎ、ナナをベッドに座らせる。

「楽しかったか?」
「うん。あ、私の説明アイリーンにしてなかったんだね」
「ああ。それも含めて話ができて楽しいだろう」
「…でもちょっとしかしてない。私説明するの苦手だよ」

ナナはあまり説明したくないみたいだった。
確かに誰でも自分は死んでいるなんて告白したくはないだろう。
生きているので分からないことだが。

むくれたような声を出すナナをヴォルデモートは優しく撫ぜ、素直に謝りさえしていた。
いったい彼女は何者なのか。
prev next bkm
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -