09.With Abraxas!
ナナは静かに本を読んでいた。
本当ならば屋敷を駆け回っていたいのだが、目の前のアブラクサスはそれを許す雰囲気ではない。

少し前までオリオンがナナの面倒を見ていたのだが、別の仕事にオリオンが必要になり、次はアブラクサスがナナの面倒を見ることになった。
アブラクサスはオリオンと違って兄弟も少ないし、親族にも子どもは少ない。
そのため、ナナをどう扱ってよいか分からず、話しかけることすらしない。
ナナもその雰囲気にいつもどおりのテンションでいることができず、アブラクサスを真似て本を読んでいた。

お互い無言でじっとしている。
着崩れの音や風の音が酷く煩く聞こえる。
緊張のせいか、窓はぴしぴしと音を立てていた。

「…ナナ」
「うん」
「チェスでもするか」
「チェス?」

先に口を開いたのはアブラクサスだ。
ナナが普段こんなに大人しくないとアブラクサスは知っていた。
オリオンからはランは毎日何が楽しいのか屋敷を走り回り、いい加減止めようと追いかけるといつの間にか鬼ごっこになって大変だという話ばかり聞かされたからだ。
そこまでお転婆では困るが、我慢されるのもいささか気分が悪い。
また、先ほどから窓が不吉な音を立てているし、早めの対処が必要だという判断の元である。

とはいえ、子ども慣れしていないアブラクサスにできることといえばボードゲームくらいだ。
走り回られるのは嫌だし、ナナはそれなりに頭が回る。
それならばチェスなどのボードゲームが楽しめるだろう。

しかし、ナナからは意外な答えが返ってきた。

「チェスってどうやるの?」

どうも10歳のこの娘はチェスのルールを知らないらしい。
とりあえず簡単なルールを教えて、ゲームを始めることにした。

「いいか、これがルーク。縦横に自由に動けるが斜めは動けん。所定位置はここだ」
「うん…これ、戦車なんだねー」

ナナは駒をのんびり眺めていた。
ルールは覚えているのかいないのか良く分からないがそれなりに楽しんでいるらしい。

一通り駒とルールを教えて、ナナの様子を伺う。
ボードの上にきちんと駒を並べているあたり、話は聞いていたらしいことが分かる。
駒の一つ一つを観察しながら、ナナはすべての駒を並び終えた。

「これでいいの?」
「ああ、あってる。ルールは大体覚えたな?」
「うん!」
「じゃあ、はじめよう」

アブラクサスが白、ナナが黒である。
ナナがポーンを1つ、動かす。

チェス盤は魔法界のそれで、プレイヤーの指示にあわせて駒が勝手に動く。
ただ、プレイヤーが初心者であると駒が言うことを聞かないことは多々ある。
しかし、ナナにはその心配は無用だったようだ。
ナナは何の苦もなく、思い道理に駒を動かしていた。

最初にナナの駒がアブラクサスの駒をとったとき、ナナはびっくりして泣きかけていたが、そういうものなのだと説明するとほっとしたようだ。
その様子からナナが本当に初心者であることは伺える。

「…うー」

ナナはかなり強い。
何度か手が読まれるほどには強い。

一般的な大人なら、ナナに負けてしまうかもしれない。
アブラクサスがそう思うほどに、ナナは強かった。

とはいえ、アブラクサスも強い。
ナナは何度かチェックを言われたものの、それを回避していた。
しかし、今回は完全にチェックだろう。
逃げ場もないし、ナナの駒はアブラクサスが大部分を持っていた。

「負けました…」
「チェックメイト。…ナナはなかなか筋がいいな」
「でも負けちゃったよ…」

どうすることもできないらしいナナは、とうとう負けを認めた。
まぁそれが妥当だろうとアブラクサスがさっくりとチェックメイトを宣言してそのゲームは終わった。
ずいぶん長くゲームをしていたようだが、お互いに時間を忘れるほど熱中していた。

アブラクサスの言葉はすべて本当だ。
お世辞などではなく、本当に筋がいいと感じた。
もっと場数を踏めばもっと強くなる。

「ナナ、もう一度やるか?」
「うん!今度こそ勝つもん!」

ナナは負けてもそんなにへこたれてはいないらしい。
最初こそ落ち込んでいたが、数分すれば何故自分が負けたのか手を戻して考えているようだった。
無論、駒は壊れているのでナナの頭の中で、だ。
ナナがきちんと一手前の盤上を覚えていたのかは甚だ疑問だが、向上心があるのはいい。

「勝ったー!」
「…まさかここまでとは」
「やったぁ!」

二戦目、それも長い戦いだったが苦闘の末、ナナが勝った。
最近、チェスをやっていなかったというのは単なる言い訳に過ぎないだろう。
アブラクサスは小娘に負けて悔しいという考えよりも、ナナはどこまで伸びるのだろうという考えが浮かんだ。

「今度は私も練習してからまたゲームをしにこなければな」
「ふふー次も勝つんだから!」

勝利したことがよっぽど嬉しいのか、ベッドの上でぴょんぴょん跳ね回っているナナ。
おそらくこれが本来の姿なのだろう。
アブラクサスの視線に気がついたのかナナは跳ねるのをやめ、ベッドに座った。

「お前はオリオンが止まれと言っても止まらないのに、私のときは止まるんだな」
「うーん、オリオンは止まれって言ってても追いかけてくるから逃げなきゃって思っちゃうの。でもアブラクサスはじって見てくるだけだから逆に怖い」

オリオンはとめ方が悪かったらしい、というよりも誰が見てもオリオンのやり方が悪い。
アブラクサスは自分がナナに嫌われているわけではなかったということに安心感を覚えていた。

ナナはじっと座ってまた手読みをはじめたようだ。
ナナの手を読みかえしても仕方がないだろうと聞けば、アブラクサスのほうの手を考えていたらしい。
これでは本当に勝てなくなりそうだ、とアブラクサスは静かに思った。

じっとしていたナナは突然飛び起き、自室の扉の前に立った。
その姿は主人の帰りを待つ子犬のそれのようにも見える。
アブラクサスもそのナナの行動の意味を知っているので、椅子から立ち上がっておく。

「…今日はやけに大人しくしていたのだな、ナナ」
「ヴォルデモート!おかえり!おかえり!」

本当に犬のようだとアブラクサスは思ったが口には出さず、窓際に立っていた。
もしナナに尻尾があったのなら、今千切れんほどに振っているのだろう。

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