6.スプリング・エフェメラル
千冬の容姿が思ったよりもずっと幼い面持ちであることに、いづみは驚いた。
綺麗な顔立ちではあるが、化粧をしていないと学生と言っても分からないくらいだ。
小柄で色白だからか、とにかく華奢なイメージ。
雪の女王をしていた彼女と同じ人だとは思えない。

紬や丞が言っていた、繊細という言葉がしっくりくる。

「…あっ、あ…、つ、つむ…」
「千冬…」

彼女の小さな手は、色が変わるほど強く握りしめられて、胸のあたりで固まっている。
小さな身体を更に縮めて、酷く怯えた様子だ。
胡桃型の目にはたっぷりと涙を浮かべている、本当に紬が怖くて仕方がないのだろうことが誰にでも分かる。
目の前に立つ紬には、痛いくらいに分かるだろう。

小柄な彼女に合わせて膝をついた紬は、硬く握りしめられた千冬の手を包むように触れた。

「許してくれなくていい。でも、言わせて…千冬に酷いこと言って本当にごめん」
「っ、つむ、」
「千冬のこと、俺は物凄く傷つけた。千冬になんて言えばいいのかって、色々考えた。また傷つけるくらいなら会わない方がいいって思った。けど、やっぱり…」

何かを言いたそうに開けられた口から言葉は出てこない。
吃逆のようにひくついた声が、辛うじて紬の名前を呼ぼうとしていることは分かる。
ただ、紬にはそれを聞く余裕もないようだ。
丞がそれに気づいて、フォローを入れるべく彼に近づいた。

ただ、丞が紬の肩に手をやるよりも先に、千冬が動いた。
包むように触れていた紬の手を強引に引き剥がし、そのまま、子どもの握手のように乱暴に両手で握りしめた。

「っつむぎ!」

大きな声で名前を呼ばれた、紬ははっとした様に彼女を見たし、彼女もびっくりしたようで目を丸くしている。
自分でもこんなに大きな声が出るとは思っていなかったようだ。

2人は少しの間、顔を合わせていた。
ただ、千冬の方が先に目を逸らした。
彼女は何度か浅く呼吸をしてから、もう一度紬を見直す。

「ち、違くて…、わたし、が、紬のこと、傷つけたの」
「え?」

幼子が話すときのようなたどたどしさと、どもり。
部隊の上ではちっともそんな様子はなかったが、彼女は普通の会話がうまくできない。
吃音症か、と隣の左京が呟いたのを、いづみはしっかりと聞き取っていた。
丞が静かに頷いて、それに同意する。

紬はきちんと千冬の話を聞く態勢に入った。
自分の意見を挟まずに、まずは千冬の意見を聞くことが彼女とうまくコミュニケーションを取る方法であることを、幼馴染で恋人だった彼はよくわかっている。

「わっ、わたしが、紬に隠し事したから。っはなし、ちゃんと、してたら…紬のこと、傷つけなかったのに、」
「そんなことない。俺、傷ついてなんか…」
「だって、紬、あのとき泣いてた…もっと、きちんと話せればよかったのに、声が出てこなくて…すっと、後悔してた、紬の傍にいればよかったって」

千冬は紬と話をしたくなかったわけではなく、落ち着いて向かい合う機会が与えられなかっただけだ。
繊細な千冬が傷つくのを恐れた周囲が、彼女から彼女を傷つけるものを遠ざけた。
ただ、千冬は紬から傷つけられるのを恐れていたのではなかった。

彼女は、大切な紬を傷つけてしまったこと、傷つける加害者になってしまったことを恐ろしく思った。
だから紬から離れようとした、もう二度と傷つけることがないように。

「怒ってないの、紬」
「怒るのは千冬の方だよ…、でも、そっか」

きょとんとした様子の千冬に、その場に居合わせた誰もが脱力した。
ずっとお互いに勘違いしたまま、3年もお互いに後悔しながら過ごしていたなんて。

誰も千冬の考えを理解することができていなかった。
元々話下手で、自分の意見をはっきり言うことが苦手な千冬は切羽詰まらない限りはこういう話をしない。
自分もそうだ、そこはきちんと直すべきところだ、と紬は苦笑いした。

「…改めて、千冬のことが好きです。もう一度俺とやり直してもらえますか」
「っ、うん…わたしも、紬が好き、です。こちらこそ、よろしくお願いします」

お互いに似た者同士。
また一緒に歩いて行けたなら、それが一番幸せだ。
顔を赤くしてはにかんだ千冬を抱き寄せて、小さな彼女の肩越しに花壇を見た。
小さな黄色の花が微笑むように咲いていた。
prev next bkm
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -