3.アネモネ
今年もこの時期がやってきた。

ビロードウェイには大御所と言われる劇団が2つある。
1つはGOD座、もう1つはここ、カントリー・オブ・ミューズ…通称、女神座。
女神と名が付くことだけのことはあって、劇団員の全員が女性という特別な劇団だ。
そしてこの女神座は演劇がメインではなく、ミュージカルメイン。
音楽とダンスで有名な劇団で、華やかな演目から繊細な演目、喜劇、悲劇…多種多様な演目を行う。

そんな女神座のチケットはいつも発売初日で完売してしまうくらいに人気だ。
そのチケットを紬から貰った。

「カントク、俺と一緒に観に行ってくれませんか」

神妙な面持ちだったので、何かあるのかと思ってすぐに了承した。
いつも紬は何か思い詰めると、間接的にそれを伝えようとする。
直接本題に入れないのは、彼の繊細さを物語っている。
いづみはそれを尊重したいと思っているから、遠回しな相談事に良く乗るようにしている。

女神座の演目「雪の女王」、冬の悲劇。
有名な童話のそれとは少し違ったストーリーで、あくまで主人公は女王。
カイの温かな心に恋した女王が彼を手に入れようとして、それに失敗する悲劇。
童話の別視点と言ってもいいストーリーで、ありきたりかもしれないが、ファンの多い一作だ。

「こんないい席、良く取れましたね」
「…毎年、貰っているんです」
「え?」
「毎年、見に来ているんです、この演目。いつもは丞と。でも、今年はカントクときたかったんです。感想を聞きたくて」

紬は顔を上げなかった。
手元にある「雪の女王」のパンフレットを握りしめて、穴が開くほど見ていた。

ふいに、いづみは思い出した。
冬になると紬がいつも落ち込むこと…まるでカイを雪の女王に連れ去られたゲルダのように。
開演のベルが鳴り響いても、なお、紬は顔を上げなかった。


カーテンコールが終わり、そこでようやく、いづみは肩の力を抜くことができた。
噂には聞いていたが、ファンが増える理由をいづみは身を以て知った。
視線の動かし方、話し方、立ち振る舞いの一つ一つが悲壮な様子で、ゲルダのくるくる回る表情に対して、ピクリともしない女王の表情もまた、彼女の冷たさを物語っていた。
とても冷たそうなのに、アリアだけはたっぷりと熱がこもっていて、そのギャップがまたいい。
カイを求め、ただその冷たい手で触れば彼を失うことになる女王の矛盾した想い、溢れる哀しみ。

「すごかったです…」
「はい、俺もそう思います」

ため息しか出てこない。
中には泣いている人すらいる、スタンディングオベーションがいい意味で発生しない。
そんな演目に立ち会ったのは初めてだ。

高揚したいづみとは違って、紬は落ち着いている。
今年で3年目の“雪の女王”。
毎年毎年、その歌声は美しくも冷淡になっていく。
1年目は冷たい中にも戸惑いがあって、ただそれを隠すように堂々と歌っていた。
2年目から、悲しみに満ち溢れる歌になって、今年は悲しみもあまり見つけられない。
ただ、冷たい雪の女王の歌声にはぴったりな、冷淡な歌。

「彼女は、この演目以外には出演していません。…雪の女王は、俺の元恋人です」

雪の女王の主演である女王役の千冬は3年前、紬が一方的に喧嘩して決別した恋人。
いづみは目を丸くして、紬を見た。
彼は、パンフレットの中の雪の女王をそっと撫でた。

「彼女を、温かなものに触れることができない雪の女王にしてしまったのは、俺です」

最も、もう彼女が俺に触れたいと思うことはないでしょうけれど。
紬は続けてそう言った。
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