雨の降らない日が続いている。
乾燥した空風が吹く中庭の植物に水を遣っていた紬は、庭の端でこっそりと咲く花に気付いた。
様々な植物が生き生きと咲き乱れる春や輝く太陽の元に花開く夏を仮眠して過ごし、秋口に静かに目を覚まし、咲く花だ。
少し遠くからやってくる足音に気付きながらも、紬はその花の根元が渇いているのを見て、土を軽く濡らしてやった。
「わ、綺麗な黄色ですね。これ、なんていう花なんですか?」
「フクジュソウと言うんですよ」
鮮やかな黄色は、寒色の目立つ冬の花の中では珍しい。
太陽色の花弁を纏ったこぢんまりとした可愛らしい姿。
背は低いが、きちんと目を配れば十分に目を引く花だ。
しゃがんで花を覗いている監督の隣に立った紬は、静かに目を閉じた。
フクジュソウを見るたびに、大切な人を思い出す。
日陰で長らく眠っていた才能を開花させ、美しい姿でステージに立った彼女を。
「俺は、この花が好きなんです」
好きだ。
過去形ではなく、現在もまだ。
しかし、その花を摘みに行く勇気はない。
監督は無邪気に笑い、黄色の花弁を優しく突いた。
地面に程近い場所にある花弁は、擽ったそうに揺れて。
「フクジュソウの花言葉」
「え?」
「花言葉が俺は苦手で」
いつまでも苦しさが胸に残る。
寒い冬の希望のように美しい黄色のはずなのに、愛らしい姿のはずなのに。
好きなのに、どうしても紬はそれに触れられない。
「悲しき思いで、です」
長らく土の中で眠り、ようやく目覚めた慎ましい花を踏みつぶしたのは、自分だった。