6.夢は覚めるか?
まさか年の瀬近くにこんな事態に陥ったのは初めてだ。
菓子折りを手にしたミシロは、うちはの家紋の掛かれた提灯の隣で、チャイムを押すかどうかで迷っていた。
押さざるを得ないのは確かなのだが、どうにも気まずい。

うちはとの関係は未だ微妙な様子で、お互いにギクシャクとする。
せめてイタチがいれば少しは気が楽なのだが、まだ彼は戻っていない。

つい先週、敵の術にかかり子どもになったミシロを、あろうことかイタチが実家に連れ帰った。
居たのは1日程度とのことだが、ミコトさんにもサスケにもお世話になったらしい。
らしいというのは、戻ったときにその時の記憶だけが全くなく、人伝に聞いた話だからだ。
まさか、と思い蒼白とした顔でサスケに聞いたところ、神妙な面持ちで頷かれたので間違いはない。
ミシロは慌ててうちはに連絡をして、謝礼をと出向いた。

「ミシロさん?」
「…ああ、イタチ…いいところに!」
「あれ…いつ戻ったんです?」
「貴方が任務に行った次の日…ちょっと、残念そうな顔しないでくれる?」

幸いなことに、家の前で5分くらい悶々としているとイタチが戻ってきた。
イタチは家の前にいるミシロの姿を見てきょとんとした顔をした。

涙目になってイタチの前で服の裾を握るかどうか迷って、手をウロウロさせていた小さなミシロはどうやら任務に行っている間に元に戻ったようだ。
少し小さなミシロが恋しかったが、そういうと不機嫌になりそうなのでやめた。
ただ、ミシロにはイタチの考えなどすべてお見通しだったが。

「これ、ミコトさんたちに渡して欲しいの」

自分の姿を見て明らかに落胆したイタチを睨みながら、ミシロは手に持った紙袋を彼の手に押し付けた。
年の瀬で、家族団らんをしているところに邪魔をするのは気が引けていたのだ。
イタチに渡しておいて、後日また礼に上がればいい。

イタチに紙袋を手渡し、踵を返そうとしたミシロの腕を、もちろんイタチは掴んだ。

「渡してほしいって…ここまで来たんですから、上がって行ってください。流石に俺も年越しは実家にいないといけないですし」
「…いやいや、そりゃそうよ。家族といなさいよ、年越しくらい」
「はい、ですからミシロさんも」
「いや私は別に…気まずいから帰る」

大体、子どもの頃の姿を見られただけでもかなり気まずかったのだ。
聞けば随分と自由にしていたようで、誰に聞いても微笑ましい顔で可愛かったと言われるばかりだった。
その姿をミコトやサスケにかなり長時間見られていたのだ。
あの頃の自分と今の自分を比べられるようなことがあると、本当に恥ずかしい。
せめて、今回の事件の記憶が薄れてから謝罪したいと言うのが本音だった。

しかし、年越しをミシロと過ごしたいイタチの力はかなり強く、離してくれそうにもないし振り解けそうにもない。
うだうだと玄関口でやっていると、ガラリと玄関の戸が開いた。

「あら、ミシロさん?」
「…こんばんは、ミコトさん」
「こんばんは。お父さん、会合に出てていないのよ。今夜は遅くまであっちにいるって」
「こういっちゃ難だけど、丁度良い。ミシロさん、夕食だけでも」

イタチだけならまだ断れると思っていたミシロだが、ミコトの姿を見て諦めた。
多数決なら2対1、しかもこれからお礼を言う相手にそう言われては断れない。
その上、最も反対しそうな家長であるフガクがいないと来た。
彼がいたなら、イタチもミコトもここまで強く上がれとは言わなかったことだろう。

間が悪かった。
ミシロは頬を引き攣らせながら、お邪魔します、と敷居を跨いだ。

「すみません、この間もご馳走になったと言うのに」
「気にしないで。どうせお父さんの分、余っちゃうところだったのよ」

リビングではサスケが気だるげに斑猫や寅猫と遊んでいて、ミシロの姿を見て、すぐにまた遊び始めた。
特にいうことはないらしい。

ミシロはイタチに促されるまま、鍋の置かれた炬燵の一角に座った。
寅猫だけがそわそわしちえるミシロを見て、きょとんと目を丸くし、サスケの元を離れた。
そして、ミシロの匂いをふんふんと嗅いでくる。

「こないだの子どもと同じ匂いニャ?」
「同一人物だからな」
「…もしかして、遊んでもらってたの?」
「まあ、そんなところです」

寅猫はミシロの膝の上でしきりに匂いを嗅いでは、首を傾げた。
ミシロはその寅猫の喉を掻いて、イタチを顧みた。
彼は苦笑いを浮かべながら、肯定した。
遊んでもらっていたというよりは、少し遊ばれていたと言うのが事実だ。

寅猫はゴロゴロ喉を鳴らしながら、ミコトの手伝いをしようと浮かせていたミシロの膝の上で丸くなった。
ミシロは寅猫を退かそうとしたが、どうにも動かないのでやがて諦めた。

「さ、ミシロさんも遠慮ないで食べてね」
「すみません…ありがとうございます、頂きます」

隣に座ったミコトから取り分けられた鍋の中身を受け取って、ミシロは気まずそうに頭を下げた。
イタチが人数分のお茶を回し、サスケからポン酢を手渡される。
大抵、1人か精々2人でしか食事をしないミシロにとっては、なんだかむず痒く感じる。
ただ、とても温かいのは確かだった。

子どものミシロがどのようにうちはの家で過ごしていたのか話すイタチは、心なしか…いや確実に楽しんでいる。
夢だと思い込んでいただとか、アイスを気に入っていただとか、ミシロにとっては何とも恥ずかしい話だ。

「本当に、ご迷惑はおかけしていなかったでしょうか?」
「そんなことなかったわよ、とても大人しくていい子だったから大丈夫。そんなことより、小さな子は久しぶりだったから、とても癒されたわ」
「なら、いいんですけれど…」

話を逸らそうとミコトに謝罪をしてみたが、やはり子供の話に戻った。
子ども好きなミコトはくすくす笑って、ミシロを見た。
どうにも人に迷惑を掛けることや、誰かを頼ることが苦手なミシロの可愛らしい子供時代を見られたことは、ミコトにとって彼女の印象を大きく変えるきっかけになっていた。

ミシロはいつ会っても物静かで少し冷たいイメージすらあった。
息子たちをいつでも助けてくれる人であるが、どうにも取っつき辛かったのだ。
更にフガクは彼女のことを毛嫌いしているということもあって、ミコトのミシロに対するイメージはあまり良くなかった。
どうしてイタチがああも入れ込んでいるのか、と思うこともあったが、子どもの姿を見て大いに納得した。
恐らく、気を許した人間には可愛い顔を見せるのだと思えるようになった。

「ミシロさんにはイタチもサスケもお世話になっているんだもの。これくらいなんてことないわ」
「あまりお世話はしていませんよ。2人とも優秀でしたし…でも、ありがとうございます」

ミシロは苦笑いしながら、答えた。
イタチは世話をするまでもないくらいに優秀で、嫌なことがあったときの駆け込み寺になっていたことくらいしかしていない。
サスケもそうで、ナルトやサクラのお陰でミシロがやることは殆どなかった。
感謝されるようなことはしていないが、否定ばかりしているのも失礼だと最近学んだから、素直に受け止めた。

ミコトはそれで満足だったようで、にこにこしている。
雰囲気を悪くしなかったことにほっとしながら、ミシロは取り皿の中の白菜を口に運んだ。

「でもミシロさん、本当に可愛かったわ。また会いたいくらい」

思い出したように、ミコトは笑う。
記憶のないミシロは、一体自分の子ども時代にどんな可愛げがあったのかちっともわからない。
過去を振り返っても、そう可愛らしく育つような生活はしていなかった。
コメントもしづらいので、とりあえず話の流れが変わることを祈って鍋の中身を取り分けようと身体を浮かした。
寅猫が膝からずり落ちそうになるくらいのところで、イタチがミシロの手から取り皿を奪った。

鍋の中身を適当に取り分けてから、ミシロに取り皿を返して、にやりと笑った。
何なんだ、と思いながらもミシロは取り皿を受け取って手元に置いた。

「そのうち、また小さい子を連れてられるように努力するさ」

ミシロはその言葉に、ポン酢を取ろうと伸ばしていた手でイタチの頭を叩いた。
あら、楽しみね、というミコトに追い打ちをかけられた顔を赤くしたミシロを見て、イタチは満足げだった。
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