彼女がうとうとし始めたのは9時くらいのことで、丁度30分くらい前のことだ。
炬燵の温かさも相まってか、普段寝つきのいい方ではないはずのミシロはあっさりと眠りについた。
「ミシロ、寝たな」
「風呂、入れなくていいの?」
「起こすのも可哀想だし、明日の朝、私が入れるわ」
風呂上がりで髪が濡れたままのイタチは、気持ちよさそうに眠っているミシロの頬に触れた。
いつもより随分と温かいし、柔らかい。
昔、サスケの頬に触れた時もこんなだった、と目を細めた。
「ぐっすりだな」
「知らない場所に突然連れてこられたんだ、慣れるのだけでも体力を使うだろうからな」
頬をイタチの手のひらで包まれても起きる気配のないミシロに、サスケは驚いた。
以前、泊りがけの任務で少し隣を歩いただけで目を覚ましたミシロと同一人物とは思えない。
台所から2人の様子を眺めていたミコトは微笑まし気にその光景を眺めていた。
小さな子どもが家にいると、不思議と家族がその子の周りにまとまることを、ミコトは良く知っていた。
イタチが幼い頃は、親類たちがこぞって遊びに来たり、手伝いに来たり、サスケが幼い頃はイタチがべったりくっ付いて回っていた。
今、ミシロという幼子にイタチとサスケが集まっているのだ。
いつだって、小さな子どもは人々を集めて癒してくれる。
「ミシロを部屋に連れてくよ」
「はいはい…言うまでもないと思うけど」
「わかってる」
炬燵で寝ているミシロを抱き上げたイタチがちらと台所にいるミコトに声を掛けた。
言うまでもないと言っている内容は、何であるのかサスケには分かりかねた。
仕事のことなのか、ミシロのことなのか。
イタチがどちらの意味で捉えたのかは、更にわからないままだ。
ふわふわだ。
今も、幼いミシロも身体は細いが触るとふわふわしているような気がする。
無論、今の方がふわふわだ。
「ん…」
桃色の頬を撫でていると、ミシロが薄っすらと目を開いた。
涙で膜の張った藍色の瞳が月あかりの元でゆらゆらと揺れている。
愚図るわけでもなく、ただぼんやりとイタチの黒い瞳をじっと見ている。
「また…ゆめ」
「夢だな」
ゆめ、と小さく呟くミシロの瞼はとろとろと閉じられては、思い出したようにはっと開けられる。
眠たいのだろうが、どうしてかミシロは寝たがらない。
手のひらで顔を覆うと、嫌そうに小さな手で押し返してくる。
眠りたくないのか、頑なな様子だ。
不思議に思っていたが、ミシロはもごもごと口を動かし始めた。
幼い子どもならではの曖昧なうわごとのような、言葉にならない声をいくらか話していたが、やがてはっきりとした一言を告げた。
「またみられる?」
揺れる藍色の瞳は不安と恐怖が見え隠れしている。
彼女にとって、この夢は幸せすぎる。
温もりも、甘いものも、何もかも今までなかったものだ。
手に余る幸せを手にして、失うことの恐ろしさを眠る前に感じた。
「ああ、見られるさ」
ミシロの瞼にキスを落として、イタチは彼女を抱きしめた。
今いるミシロが今後、どこへ行ってしまうのかイタチには分からない。
ただ、将来、またここに戻ってくることは確かだ。
それでも今のミシロが幸せであるように願わずにはいられなかった。