4.甘い夢
掛け時計は夜の8時を指している。
炬燵が随分に気に入ったらしいミシロは、猫たちと共にずっとそこにいる。
普段はイタチやサスケが炬燵で食事をしようと言っても正月以外は駄目と言って聞かないミコトが、ミシロだけはと炬燵に食事を運ぶくらいだった。

夕食後、イタチは何やら用事があるといって家を出て行った。
夜の時間に会合があるとこともある。
サスケは特にそれを疑いもしなかった、いつも通りだ。
ただ、ミシロだけは多少不安げにイタチを目で追っていた。

「にゃんですかニャー、やっぱり寂しいんですかニャ?」
「違うと思う」
「違いますかニャ」
「違います」

ミシロと同じように炬燵好きで、彼女の膝の上に顎を乗せてくつろいでいた寅猫だけはその視線に気が付いていた。
猫の前足に手を入れて持ち上げたミシロは少し不機嫌そうだった。

サスケは1人と1匹のやり取りをダイニングテーブルからぼんやりと眺めていた。
ミシロと猫がいると炬燵が狭い。

「素直じゃないですニャア」
「すなお?」
「イタチさんがいなくなって寂しいんだニャ」
「どうしてそう思うの?」

ミシロは本当に分かっていないらしい。
小首を傾げながら猫を膝に乗せている。
背の低いミシロがいくら持ち上げても、猫は伸ばされるばかりだ。

寅猫はやれやれと言わんばかりに髭を揺らして、そりゃあ、アンタ、と零した。

「イタチさんのほう、ずっと見ていたじゃニャいか」
「もう暗いのに出ていくから」
「出ていくから?」

呆れ顔の寅猫に比べて、ミシロはいたって真面目そうだ。
居間の障子をじっと見て、外の暗さを確認しているようだ。
炬燵の近くに掛け時計があるというのに、外を確認するのは彼女がまだ時計に慣れていないからだろう。

サスケもミシロから軽く昔話を聞いたことがあった。
自分が生まれたばかりの頃に終わった戦争の話だ。
彼女はその頃の記憶のまま、今ここに居る。

「心配」
「おミャーさんよりもイタチさんはずっと強いんだから、心配しなくても平気ニャ」

暗い時間に外に出ることは、危険が伴うことであると感じるらしい。
ミシロは柔らかそうな唇をきゅっと結んで、外を睨んでいた。
そこに敵がいるかのように。
寅猫はその敵を知らないからか、不思議そうにちらと障子を見て首を傾げた。

外を見ていた寅猫がニギャ、と情けない鳴き声を上げてミシロの膝から転がり落ちた。
ミシロが不意に炬燵から出て、立ち上がったからだ。
炬燵が大好きそうに見えた彼女は、何の躊躇いもなく素足で冷たいフローリングを歩いていく。
サスケは気づいていた、どうやらイタチが戻ったらしい。

「イタチ」
「ただいま、ミシロ。お土産だ」

遅れて気付いた寅猫がミシロの後ろをついて回る。
どうやら猫はミシロが気に入ったらしい。

イタチは手に袋を持っていて、ミシロにそれの中身を見せた。
カサカサと音が鳴る袋に寅猫がじゃれつこうとするのを抑えながら、イタチは袋の中身を1つを取って、ミシロの手に乗せた。

「ひゃっこい…」
「じゃあ早く炬燵に戻らないとな」
「うん」

イタチはそもそも、会合に出ていたわけでも、仕事に出ていたわけでもない。
ただ単に、ミシロにアイスを与えたらどうなるのか気になったから買いに出ていただけだ。

まるでヤドカリのように素早く炬燵に戻ったミシロはイタチから手渡されたカップアイスを眺めている。
サスケがダイニングテーブルにあったスプーンを持ってミシロの手に握らせた。
ゴロゴロと様々な種類のアイスを冷凍庫に入れようとする息子に苦笑いしながら、ミコトは冷凍庫の空きはそう無いことを伝えた。
あまり甘いものが好きではないサスケにも手伝ってもらわないといけないだろう。

「サスケ、手伝え」
「…甘いもんはいらないぞ」
「入りきらないし、ミシロにはこっちも食べて欲しいからな」

こっちと言ってイタチは左手に持っていた大福アイスを炬燵に置いた。
ミシロは2つ目のアイスの登場に、そちらにも手を触れ始めた。

やはり冷たいのですぐに手を引っ込めて、近くにいた寅猫の腹にくっつけた。
まさかそんなことをされるとは思っていない寅猫は突然のことに情けない鳴き声を上げて、炬燵の中に飛び込んでしまった。
そこまで驚かしてしまうとは思ってもみなかったミシロは慌てて炬燵を捲ると、恨めしそうな目をした寅猫が橙色の灯りの元でこちらを睨んでいる。

「ごめん」
「御免で済んだらうちははいらにゃいニャー!」
「…ごめんね」

シャア、と威嚇されたミシロはそっと炬燵布団を下した。
多少なりとも落ち込んでいるらしいミシロの頭を撫でて、イタチは彼女の隣に座った。

ミシロに悪気があったわけではない、寅猫は気分屋で…というより猫は大体気分屋で、仲良くした人間を時々苛めて遊ぶことがある。
今回もそれに近いものだろうとイタチは理解していたし、そうして遊びたいという気持ちは更によく理解できた。
ただ一応、猫を炬燵の中で蹴っておいたが。

「猫はたまにああいう意地悪をするんだ。気にするなよ」
「そうなの?」
「そうさ。ほら、これ食べて」
「…何これ」
「冷たいが美味しいぞ」

しゅんとしているミシロにカップアイスを差し出したイタチは笑っている。
どう考えてもこの状態を存分に楽しんでいるのだ。
サスケはどうにも悪趣味な兄の様子を眺めながら、ミシロがどのようにアイスを食べるのかを観察していた。

カップアイスを手にしたミシロは、持ち上げてひっくり返してみたり、内側を覗きこんでみたりしている。
普通のバニラアイスなのだが、アイスを知らないらしいミシロにとっては謎の塊なのだろう。
イタチがティースプーンに一口分取り分けて彼女の口に突っ込んで、ようやく彼女はアイスを食べた。

「…、何これ」
「アイスだよ」
「美味しい」
「もっと食べていいぞ。いろいろ種類があるから」

目を丸くしたミシロにイタチが嬉しそうに答えた。
元々ミシロが甘党なのはイタチもサスケもよく知っている。
だから、アイスを与えれば気にいるであろうこともよくわかっていた。
ただ、まさかミシロがここまで子供らしい姿を見せるとは思ってもみなかった。

今まで随分と大人びた様子であったから、黙々と食べ進めるくらいだろうと思っていたが、思っていたよりも大喜びだ。
初々しい様子でティースプーンを握りしめて硬いアイスを懸命に突いたり、手のひらで温めて外側を掘ろうしたりとするミシロを眺めているだけで、幸せな気分になった。

「イタチは?」
「食べる。…こっちも食べてみるか?」
「うん」

少し温めないとアイスは食べられないと悟ったミシロはスプーンを置いて炬燵の中に手を入れた。
そこでようやくイタチの視線に気づき、小首を傾げる。
彼の手にあるアイスは、自分の持っているものとは形状が違う。
そもそもそれはアイスなのか、ミシロには分からなかった。

イタチは、と言っている割には視線が手元の大福アイスに向かっていることに気付いたイタチは、笑いながらアイスを開けた。
薄い餅に包まれたアイスが2つ鎮座している。

「1つ食べられそうか?」
「たぶん」

ミシロはまるまるとした白い塊をスプーンで軽く突いた。
感触が少し柔らかいので、これならと思ったようだ。
ただ、スプーンで食べようとしても餅が切れずに悪戦苦闘している。

結局、四苦八苦した後にミシロは素手でそのまま齧りついた。
食べ方としては間違いではないが、幼いミシロの小さな口には収まりきらなかったらしい。
そこまではイタチの想定内だった、想定外だったのは思ったよりもアイスが溶けていたという点だ。

「んむ…んん?」
「…っ、いや、何でもない…」

食べたはいいが、餅をかみ切った直後に溶けたアイスがどっと流れて、ミシロの口元ともみじのような掌を汚した。
本人は一瞬慌てたようだが、面倒になってしまったらしい。
そのままもごもごと口を動かしていたミシロは、隣で額を抑えて俯いているイタチを見てきょとんとした顔だ。

一連の流れを見ていたサスケは呆れ顔で席を立った。
べたべたになったミシロの手を拭くための濡れタオルが必要だ。

「…美味しいけど、これヤダ」
「ミシロ、それ置いとけ。どうせイタチが食べる。さっきのアイス、だいぶ柔らかくなったろ、そっちにしたらいいと思う」

綺麗好きらしいミシロが眉を顰めてそう言うので、サスケはもう一つの大福アイスをイタチの方に戻した。
ついでに自分の分のクッキーアイスを手に取った。
ミシロがじっと見てきたので、袋だけ開けて一口彼女にやった。

黙々と食べ始めたので、サスケはカップアイスの方を手に取った。
どうやらミシロはアイスと何かが一緒になったものが好きなようだ。

「やっぱり甘いもの好きは昔からか」
「これは?」
「開けていいぞ」
「…俺、アイスはそんなに食わないからな」

ミシロはかさかさとアイスを漁っては、気になるものを開け始めた。
チョコレートの掛かった小さなものや棒状のもの、シャーベット状のもの…片っ端から開けている。
サスケは甘ったるそうな様々なアイスと2人の様子を眺めて、目を細めた。
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