1.夢見る子ども
緊急連絡が来たのは、昨晩遅くであった。
里外任務へ出ていたイタチは、早く戻るようにとだけ書かれた連絡書に首を傾げつつ、本当であれば任務終了後、砂の国に一泊してから帰る予定だったと言うのに、と苛立ちながらも
砂の国を発ったのが1日ほど前。

里についたイタチを出迎えたのは、アオバだった。

「あ、来た来た!イタチ!大変なんだ!」
「何です、突然」
「アスマさんもいないし、お前もいないしで…ほんと、帰ってきてくれてよかった」

何のことやらさっぱりわからないまま、イタチはアオバに連れられて、上忍待合室まで連れてこられた。
中ではワイワイと話し声が聞こえ、かなりの人数がそこにいることが予測できた。
イタチは更に首を傾げる、これだけの上忍が集まっていったい何をしているのか。
そしてそこで俺が呼ばれる理由は、と。

とりあえず中へ、と促されて上忍待合室に入ると、中にいる人の視線がすべてイタチに向いた。

「イタチ、帰ってきたのね」
「はあ…何の騒ぎです?」
「こういっちゃ難だけど…役得ね、イタチ」

その中で、紅が意味深な笑みを浮かべながらイタチの肩を叩く。
どういうことかと言う疑問は、目の前のソファーに座る人見たイタチの口から発せられることはなかった。

真っ黒な髪、胡桃のように丸い瞳、見覚えと懐かしさが溢れる。
記憶の中の少女はもう少し薄汚れていたが、今はとても綺麗だ。
真っ白な肌には傷や汚れ1つなく、ふっくらとした頬はうっすらとピンクが掛かっている。
ぷっくりとした唇はきゅっと結んだ少女の警戒心の強そうな金色の目が、じっとイタチの黒い瞳を見ていた。

「…ミシロさん?」
「ああ、やっぱりわかるのね、イタチは」

遠い記憶の中にある、幼いミシロの姿がそこにあった。
ミシロはとにかく警戒しているようで、ピンと伸ばした背筋をそのままに、話をしているイタチと紅をじっと観察している。
今のような気だるげな様子はちっともなく、子どもの姿の方がよっぽど真面目そうに見える。

他の上忍は強かにも警戒を続けるミシロに、多少なりとも驚いているらしかった。
ミシロの目の前のテーブルには、様々な甘い菓子やおにぎり、中にはおもちゃなども置かれている。
ただミシロはそれらのすべてを無視して、周囲の大人への関心のみに集中している。
子どもらしくない、とそう考える者もいるだろう。
でも、ミシロであればそれが当たり前であるとイタチは考えていた。

「任務でこうなったんですか?」
「そ。一緒にいたのは、私とアオバ。敵の術者が言うには、時間が経てば元通り、だそうよ」
「でも、昨日から一切口をきいてくれないし、何も食べてくれないものだから、困ってるんです…」

アオバは心配そうにちらとミシロを見た。
まだ幼子であろうミシロが大人並みの警戒心を抱いていることや何も口にしないまま1日方ってことに関して、思うところがあるようだ。
好意っては難だが見た目の割に、意外と面倒見のいい性格をしているらしい。

イタチはソファーに座るミシロの前に膝をついた。
何とか話をしてみないと、実際にミシロがどういう様子か分からない。
ソファーに座るミシロの地につかないくらい短い脚は病的に細いし、適当に着せられたのだろう黒いワンピースから覗く腕も骨と皮だけのような姿だ。
腹は空いているに違いないが、空腹よりも懐疑心や敵愾心の方が勝っているらしい。

「こんにちは、俺のこと覚えてる?」
「…、」
「君に会った俺はもっと小さかったと思う」
「…わたしも、そう思う」

ミシロは困惑気味に、言葉を発した。
イタチはその返答に多少なりとも安堵した、もしイタチと出会う前のミシロであったら、全く信頼してもらえなかっただろう。
ただ幸いなことに、今のミシロは昔にイタチと出会った後のミシロのようだ。

瞳には怯えも多少なりとも含まれているように見える。
見ず知らずの大人に囲まれ、監視されている現状が怖いに違いない。

「どうして?」
「…夢を見ているのさ。幸せな夢だ」
「夢…わたし、死んだの?」
「大丈夫、死んではいないさ」

そう、とミシロは呟いた。
ミシロは幸せな夢を見ることは死に近づくことだと認識している。
子どもなりに死を意識している様子に、イタチは心を痛めた。
昔の戦争の爪痕が、彼女の言葉の端々に見て取れる。

できる限り優しく、小さな硝子細工の小物を手にするように、イタチはミシロの手に触れた。
一般的な子供のような、ふわふわとした丸い手ではない。
大人と同じように骨ばって、慣れない刃物を取り扱う傷だらけの手だ。

「…とりあえず、この子の面倒は俺が見ます」
「それが良いと思うわ」

膝の上に小さな握りこぶしを作っているミシロを見て、紅が困ったように微笑んだ。
元々あまり干渉を好まないミシロらしい幼少期だ、どうにも扱いづらいのだろう。
可愛げと言う言葉の似合わないこと。
イタチも同じく苦笑いしながら、ミシロの小さな拳に手を重ねて解かせた。


少し前に助けた男の子が大きくなって目の前に現れた夢を見ているミシロは、ともかくこの場は安全であるらしいと多少なりとも理解した。
イタチと呼ばれている人は、ミシロをソファーから抱き上げて場所を移動した。
目隠しをされることもなく、賑やかな街中をゆったりとした速度で移動し、少しばかり静かな場所にある家に通された。

「さて、どうしようか」

若干楽しそうにも見えるイタチの前、ベッドに降ろされたミシロのやることは決まっていた。
幸せな夢であると通告されたミシロはとりあえず、眠ろうと考えていた。
夢の中で眠る行為の矛盾を試してみたかったのと、元々眠たかったのと、とても温かいこととが相まって、目を瞑るとすぐに眠気が襲ってくる。

うとうとと重たそうな瞼を上げたり降ろしたりしているミシロに気付いたイタチは、とりあえずミシロを横にさせた。
彼女が寝ている間に、様々考えればいい。
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