指を転がすような適当なピアノが響く。
今、ピアノを弾いているのはサヴァではなく、ヴィヴィアンだった。
彼女は久しぶりにピアノが弾きたくなって、それに触れていた。
「この街には、様々な変人が住んでいるんだけど」
「そのようだな」
「変人に紛れていると、普通の人が変人に見えてくるっていうの、ない?」
「何が普通で何が変なのかを決めかねる」
練習も兼ねての曲であるから、おしゃべりは自由だ。
バケットにたっぷりとレバパテを乗せて、口の中に放り込んだ。
芳醇な香りが鼻を抜けていく。
赤ワインとよく合うなあ、と自然と笑みが零れた。
それはさておき。
「まあ、そうなんだけど。普通の人から見たら、この街はどういう風に見えるのかな」
「ただの芸術の街だろう」
「いや、まあ、そうなんだけどさあ…クロロって本当に想像力ないよね」
「失礼な奴だな」
「本当のことでしょ」
サラームには様々な物語がある。
とある音楽家の恋、画家と小鳥の話、小説家の自伝。
「この街を作った人の物語、気にならない?」
「別に」
「つまんないの」
この街、サラームを作った人。
その人はこの街一番の物語を持っている。
サラームにいる人は皆知っている物語で、だが、誰も本にはしない。
一種の伝承のようなものだった。
「…まあ、また別の機会に出も話そうか。面白いから」
サラーム・トーテムのお話は、また今度。
赤ワインの煌めきに溺れながら、浮つきながら、そういった。