2.引っ越しとご挨拶
10年前に切り取られて、今に貼り付けられたようだ。
ハリーは咲子を目の前にした時、漠然とそう思った。
数年の間共にしたダンブルドア校長もここまで不変ではなかったと思う。

特筆して美しくもなく、どこにでもいそうな姿であるのが、また異様だった。
先ほどすれ違った時も、本当に違和感がなかったのだ。

「魔法界に引っ越されたんですね」
「そうなの!でもわたし、本当に魔法が使えないから不安なんだけれど…」

子どもっぽく笑う咲子の隣には、リドルが控えている。
彼については別段驚くことはない、もう慣れた。
リドルに関して言うのであれば、不老不死がしっくりくるくらいの美男であるし、ミステリアスな雰囲気は彼が特別であることをよく表していた。

咲子が楽しそうに話すのとは対照的に、彼はにこりともせず(普段から笑うことは殆どないが)彼女の声をBGMとして紅茶を飲んでいるようだった。

「道理で、マグル風の家にしているんですね」
「流石にリドルがいないと火も着けられないなんて困っちゃうもの」
「はは…」

恐らくリドルならそれでもいいと思うんだろうなあ、とハリーはちらとリドルを見た。
彼は変わらず紅茶を飲んでいる。

リドルの愛妻家は魔法省でも有名で、新人が入ってくるたびに先輩が、彼の前で奥さんの話をしてはいけないと伝えるほどだった。
彼は咲子の話を別の男がしていることが許せないようで、たびたび、リドルの前で咲子の話をする人がいれば、悪い意味で適当な部署に飛ばすような人だ。
どんなに仕事を抱えていても必ず定時で帰宅すると言われている。

「それにしても、ポッターくんも、みんな成長したのね」

咲子は机の上に置かれたアルバムをパラパラとめくりながら、そう言った。
その瞬間、リドルがすぐに咲子の横顔を見たのをハリーは見逃さなかった。
ハリーはハラハラしながら、咲子の顔色を窺った。
ある程度空気の読める人だから、言わないでいてくれるかと思っていたのだが、そうはならなかった。

ハリーがリドルに呼ばれ、咲子と会ってほしいと言われたときの懸念事項はたった一つ。
リドルの愛する咲子を傷つけずに済むだろうかということである。
聞けば彼女は1年の殆どを家で過ごし、その上、会う人はリドルのみ。
つまり、外の時間の流れから隔離されて過ごしている。

ハリーは相応に歳を取り、子どももできた。
咲子の知らないところで、それくらい長い月日が流れているのだ。
それを知ったら、彼女はどう思うだろうか。

「ええ。子どもたちも、今年からホグワーツに通うんですよ」
「そっか、月日が経つのは早いものね」
「そうですね、あっという間に大きくなるものだから、なんだか寂しいですよ」

ハリーは長男の成長を思い浮かべて、苦笑いした。
ホグワーツを卒業してから怒涛の日々だったのだ、バタバタと就職し、結婚し、子どもができて。
プロポーズはホグワーツに入学したときよりもドキドキしたし、子育てはホグワーツに通っていたときよりもスリリングで、ずっと早かった。

彼女にその時のことを話したかったけれど、咲子がそれを知らずにこれからも暮らしていかなければいけないことを考えると、話すに話せないことだ。

「子供の成長は本当に早いから寂しいけれど、楽しいこともたくさんあるでしょ?」
「もちろんです」

ハリーが慎重にこちらの気に障らないように話していることも、リドルがそれを厳しく見守っていることも、咲子にはお見通しだった。
また、彼らの緊張の原因が自分にあることも重々承知だった。

「私もわかるわ。私、あなたの成長を見ていて楽しいもの」

ハリーは咲子の言葉に首を傾げたが、リドルははっとしたように咲子を見た。

咲子の知る物語は、ホグワーツでの戦いで完結している。
その後、子どもができる描写が最終話にあったと、日記帳には書かれていた。
そこから先の、彼や彼の子ども、それから他の生徒の未来は描かれていなかった。

咲子にとって彼が大人になるのを見届けることは、自分をこの世界に定着させるための行為だった。
本の中に描かれていた彼を超えた等身大の、現実の彼を見ることで、咲子はようやく自分がこの世界で生きていることを実感できる。

「私のことはあまり気にしないで。ぜひお子さんのこと聞かせて欲しいの」
「ですが…」
「何か勘違いしているようだけど、私一応、子育て経験あるわよ。どこかの誰かさんをずっと、ね」
「あ、」

ハリーがぱっとリドルに目線を向けると、彼はふいと目を逸らした。
リドルは昔話をされると不機嫌になる、完璧主義な彼は昔の不完全な自分が嫌いなようだった。

咲子は子どもを得ることはできないだろうが、子育て経験はある。
欲しくないと言えば嘘になるが、随分と前に可愛い子どもを1人育てた経験のお陰で、ハリーが心配するほど嫉妬することはない。

子育てと言われて急激に機嫌が悪くなったリドルなど気にも留めず、咲子は屈託なく笑った。
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