1.突き刺さる秒針
長い間生きるということは暇になりがちである。
魔法使いにも何にも慣れなかった咲子は退屈そうにソファーで欠伸をした。
外は深々と雪が降り積もり、もう何度目になるのか忘れ始めている冬がイギリスに到来していることを伝えていた。
17時、グリニッジ天文台が間もなく閉館する時間帯だが、咲子は何をするでもなく外を見ていた。

時折、咲子はこうしてどうにもダメになることがある。
本当ならもう夕食を作って、リドルの帰宅を待っている時間だが、どうにも今日は動けなかった。
唐突にやってくるこの倦怠感は随分と昔からあるもので、どうしようもないものだった。
今日は日がな一日、咲子は漠然とした不安を胸に抱きながら、外にちらつく雪を目で追ってばかりいた。


帰宅したリドルは、すぐに咲子の不安定さを察知した。
家の電気がついていないときは、大抵、咲子は不安定になっている。
電気をつける気力もないくらいに消耗している。
朝、随分と起きるのをぐずっていたからもしやとは思っていたが、その通りだったらしい。

リドルは家のドアを開けて、電気をつけて回った。
こういう時はとびきり明るく、暖かくする方がいい。

「ただいま。随分とぼんやりしていたようだけど」
「おかえり〜、ごめんね、晩御飯作れなかった」
「別にいいさ。何か頼もう」

暗いリビングで外を眺めていた咲子を見て、リドルは心憂く思った。
長い道を歩くことは途方もないことで、目的を見失うと歩きたくなくなる。
咲子は時折こうして歩くのをやめて止まるのだ。
不老不死以外に特別なところのない咲子は、長い期間を歩き続けるには限界があった。

ある程度の刺激が必要である。
もう咲子と暮らし始めて100年が経とうとしているのだから。

リドルは上着を脱いで、咲子の頭に被せた。
出口を探そうともぞもぞ動いている咲子が可愛らしくて抱きしめた。
未だに出口が見つからない上に、いきなり腕の中に閉じ込められた咲子は驚いたように身体を揺らしたが、やがて諦めたようで動かなくなった。

「そうそう、咲子。引っ越しを考えているのだけど」
「引っ越し?またなんでそんな…」
「長く暮らし続けると不審だろう、僕らは。もうマグル界に100年近くいるわけだから、そろそろ離れないと」

ようやく上着から顔を出した咲子はきょとんとした様子でリドルの赤い目を覗きこんでいる。

咲子は普段自分がどれくらい長く生きているのか忘れてしまう。
時間の流れを察させないために家にはテレビを置いていないし、新聞も魔法界のものだけ、買い物は通販かリドルが買ってくる。
家の中で咲子が暇になってしまわないように、本を集めたり、庭を広くしたり、キッチンを多機能にしたりと工夫はしているが、無論、足りていないと思っていた。
外に出してやらないと、生きるにあたっての刺激が足りない。

「魔法界に良い家があってね」
「…!え、いいの!?」
「まあ、いつまでもマグル界にいるわけにもいかないから。次の休みにいくらか見に行こう」

単純な咲子は魔法界に行けると言うだけで大喜びのようだ。
先ほどまでの無気力な様子が随分と抜けて、目に輝きが戻ったのを見て、リドルはほっとした。
今まで極力魔法に触れさせなくてよかった、いい刺激になったらしい。

咲子には伝えていないが、先日、魔法界におけるリドルの存在がある程度決まった。
闇の魔法使いと不死鳥の騎士団との衝突に巻き込まれたリドルと咲子だったが、その際の行動が評価され、正式に不死者として魔法界に存在することを許されたのである。
想定外のことではあったが、リドルにとっては丁度いいことだった。
これで堂々と魔法界に居を構えることができる。

「あ、ポッター君たち元気かな」
「ああ…彼ね。子供がぽこぽこ生まれているようだけど」
「そんな犬猫みたいな言い方…嫌がられないなら会いに行きたいな」
「…まあ聞いておくよ」

咲子の中の時間の流れは狂っている。
もし彼女に、すでにポッターに3人目の子どもができていて、実はあの魔法界での戦いはすでに10年以上前のことだなんて伝えたら、また不安がるだろう。
ここに居る限り、咲子にとって10年という月日はせいぜい2,3年程度にしか感じられない。
咲子もリドルも姿が変わることなく、その上、毎日同じような日常を送り続けているからだ。

魔法界に住むにあたって、最も心配であったのは環境の変化だ。
咲子が外の時間の流れの早さに気付いた時、彼女はどう思うのか。
リドルの懸念はその一点に尽きた。
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