夜子の腕に収まるほどの小さな額縁の中には、美しい人が佇んでいた。
どこかの部屋の中のモスグリーンに染め上げられた革の椅子に足を組んで座っている。
部屋全体も品のいい調度品で整えられていて、その絵画の位の高さが知れた。
リドルは目を瞑っている絵画を見て、首を傾げた。
見覚えはある、ただし確実なことは言えない。
彼の推理が正しければ、確かに夜子は彼と口を利くことは出ないだろう。
本来であれば、自分もそうだろうとリドルは思った。
「…どう?」
「明確なことは言えない」
リドルは声を低くして、そう言った。
夜子とリドルが密会をしているこの場所は、スリザリン寮に程近い、例のお仕置き用の物置の1つである。
来る人は少ないだろうが、絶対はない。
絵画は純血以外の人間と会話をする気が殆どないと見える。
リドルは物置に消音魔法を掛け、鍵を閉めた。
夜子には知れているから隠す必要はない。
「“あなたはサラザール・スリザリンですね?”」
「…これは驚いた、子孫か」
「え?」
夜子はぱちくり、と目を瞬いた。
リドルが不思議な言葉を話すことを、夜子は幼少期に知った。
とても変わったことに、夜子が無類の“手足のない生物好き”で、リドルが“蛇語を話す少年”だった。
変わり者の2人が孤児院の隣同士の部屋になるという不思議な縁を得て、今に至っている。
リドルが学校へ行くようになってから、彼は夜子に口酸っぱく蛇語を喋れることを公言するな、と忠告した。
彼の蛇語は魔法界でも非常に珍しいもの、スリザリンを象徴する能力だった。
そのリドルが今、蛇語を話したのだ。
そして、それに絵画の中の主が反応した。
「ご先祖様?」
「…まあ、そうだね」
『“この間抜けな生徒、本当にスリザリン生なのか”』
「“ええ…間抜けではありますが、これでも勉強と直感には自信のある馬鹿です”」
夜子が腕の中に抱いている絵画の主は、若い日のサラザール・スリザリンだ。
彼女はまだ、彼がサラザール・スリザリンであることに気付いていない。
リドルだけは、自分の先祖がサラザール・スリザリンであることを知っていた。
若かりし頃のサラザール・スリザリンの絵画を、リドルは初めて見た。
大抵、彼の絵画は30歳前後くらいで、それ以外の姿は殆ど見られない。
蛇語でのやりとりに、夜子はきょとりと目を丸くするばかりだ。
彼女に伝わっていないのをいいことに、2人が言いたい放題なのには気付いていない。
「…夜子、それは僕が貰っていいな?」
サラザール・スリザリン所以のものは希少価値が非常に高い。
リドルはつい最近、スリザリンのロケットがどこにあるのか突き止めたが、非常に高価になっていた。
自分のルーツになるものはすべて集めたいという欲求のあるリドルにとって、その絵画は何よりも素晴らしいものであるように見えた。
夜子は更に驚いたようで、零れ落ちそうなほど目を見開いて一言。
「私には恐れ多いから、とても持っていられないよ」
と言った。
それには今目の前に絵画を持って佇んでいる夜子を見ているリドルも、今まで適当に枕元に置かれていたサラザールも大いに笑った。
恐れ多いも何も、彼女もまたスリザリンの生徒であると言うのに。
『組み分け帽子はもう退役したのか』
「いいえ。まだ現役ですよ」
『耄碌しすぎだろう。この子娘はハッフルパフが相応しいだろうに』
「私もそう思います」
夜子は怪訝そうにそう言った。
別に2人の言葉に不機嫌になっているというわけではなく、どうしてスリザリンに自分がいるのか疑問に思ってのことだろう。
ただ、夜子はハッフルパフに行っても浮くだろう。
彼女には間違いなく何らかの才能がある、でなければスリザリンに入ることも、スリザリンの絵画を発見することもないのだろうから。
その才能が具体的などういうものなのかは、サラザールもリドルも掴みかねていた。