2月、地下室は底冷えする。
湖の畔に足をつけているかのような寒さだ。
リドルは一つ一つ、廊下に備えついたドアを開けて回っていた。
この廊下はスリザリン寮に程近い場所ではあるが、物置しかないため、スリザリン生ですら滅多なことがない限り来ない。
この滅多なことと言うものが厄介なのだ、…ここは嫌がらせの名所である。
スリザリン寮内は家や血筋による柵が多くあり、そのストレスを学校で発散する者が絶えない。
しかし、下手な事件を起こすわけにはいかないため、暗黙の了解が合った。
それがもしやるならこの廊下で、そして何もしていない者は時折、この廊下を見て回る。
そうすることで、誰かの攻撃を加えられた被害者を簡単に見つけることができ、ある程度のフォローを入れることができるようになる。
全く持って下らないような気もするが、効率的ではあった。
リドルも自分の後輩が良くここに押し込められるのを知っていて、尚且つ、昼から姿を見ていなかったので迎えに来たのである。
「ああ、いた」
「…どうも」
「さっさと出なよ、夕食を食べ損ねる」
5つ目のドアを開ける、廊下から零れた蝋燭の灯りが狭い物置の中に差し込んだ。
見慣れた顔が光に照らされるのを見て、リドルは呆れ顔を作った。
夜子はスカートについた埃を手で払いながら立ち上がった。
上にある部屋に地下収納があるのか、この物置だけはやたらに天井が低い。
背の高いリドルが入るのは難しそうだった、小さな夜子だからこそ、ここにはいることができたのだろう。
「食欲がないのでいいです…朝、食べましたし」
「食べられる時に食べておきなよ。明日も朝からここに来ることになるかもしれないだろ」
意地悪そうに笑うリドルに、夜子はああ、とうつろに答えた。
食の細い夜子は身体も細ければ、力も権力もない。
だからこそスリザリン生にとってはいい獲物であった、抵抗されたとしても負けることはないと思われているのだ。
のろのろと物置から出ようとした夜子が、足を止めた。
何かを思い出したように、物置を振り返って見る。
「何?」
「…物置に絵画があったんですよ。少しお話ししたのですが、純血でないと言ったら口を聞いてもらえなくなりました」
「だから?」
「こんなところに置かれているのでは失礼になるかと思ったのですが」
リドルはほとほと呆れた。
そもそも、夜子は恐らくその絵画に助けを求めたのだろう。
口を聞いてもらえなくなったということは、そこで断られたということだ。
だというのに、どうしてその絵画に対してこうも敬意を示すのか。
純血でないにしろ生徒が真っ暗な狭い物置に押し込められているのに、助けも呼ばずに放置するとは、まともな絵画とは言えないだろう。
純血の絵画なのだとしたら、随分とまともなのだろうが。
少なくともリドルはその絵画に対して一切同情を感じ得ない。
「好きにしたらいいんじゃない?誰かもわからないんだろう?」
「そうですね」
夜子は迷うことなく、埃っぽい物置に戻った。
リドルは何も言わなかった、馬鹿だなとは思ったが、夜子らしいとも思った。
昔から無意味なことに意味を見出したり、やっても仕方のないことばかり手を出したりする子だった。
そしてそれに付き合うと意外といいことがあることを、リドルは知っていた。
ドアを抑えながら、夜子が部屋の奥から腕に収まるくらいの小振りな額縁を持ってくるのを見ていた。
「今は誰もいないみたいだな」
「そうみたい。無視されているのかと思ったけど…別の場所にいるのかも」
くすんではいるものの、センスのいい金色の額縁だ。
蔦で覆われたようなデザインの額縁の中央にはプレート代わりの長方形の空間があって、そこには名前が書いてありそうだった。
ただ、その名前の部分を消すかのように酷く傷がつけられていて、名前を読むことができない。
絵画の主が帰ってこないことには名前は分かりそうになかった。
夜子とリドルは少し顔を合わせた。
そしてリドルが怪訝そうな顔をする。
「どうするんだ、これ」
「…気になりませんか、この絵画が誰なのか」
「別に。夜子が気になるなら調べればいいさ」
リドルはそれだけ言って、夜子に向かって杖を振った。
清め魔法で、彼女とついでに額縁も綺麗にしてから、リドルは歩き出した。
いい加減にしないと自分まで夕食を食べ損ねてしまいそうだ。
食の細い夜子はともかくとして、育ち盛りのリドルにとってそれは困る。
夜子は額縁を胸に抱えたまま、リドルの後を追った。
額縁の主はいつか帰ってくることだろう。
今はリドルを追いかけて、念のため食事を摂るべきだ。
確かに彼の言う通り、またここに閉じ込められてしまうかもしれないのだから。