Fadeout
夜更け。
名無しさんと双識、曲識は3人そろってなぜか人生ゲームをしていた。
なぜかと言えば、双識と一緒にいた名無しさんが、双識の変態ぶりに耐えきれなくなり、曲識のところに行ったら、先回りしていた双識が出迎えていた。(名無しさんはこっそり抜けだしたつもりだったのだが)
人の家で図々しくも人生ゲームをしようとしていたのだ。

「あれ?人生ゲームってプレイヤー同士の結婚って認められないのかい?」
「そんなの認められるわけないじゃない…、」

いち早く結婚のマスに止まった双識が不満そうに言う。
それではゲームが成り立たない、と冷静に切り返す曲識と、呆れている名無しさん。
2人は、同じ双識よりも4つほど離れたマスで名無しさんが曲識に追突してしまったところだった。

「そんなの許されない!」
「…じゃあ乗っけなければいいじゃない…」
「まぁ、それでも悪くないだろう」

曲識も名無しさんももう面倒くさくなったのか、双識のわがままを飲む。
名無しさんはそれを横目にルーレットを回し始めた。
くるくると軽快に回り、8の数字を指し示した。


「上がりー!!」
「名無しさんが一番かぁ…まぁいいけどね」

序盤でのろのろと進んでいた名無しさんが株で大儲けして、そのままゴール。
口ではまあいい、と言っている双識はやたら悔しそうだった。
曲識は冷静に火災保険に入るかどうかを考えている。

名無しさんは夜食である、棒状のおやつに手をののばす。
満足そうにそれを咥えて、笑う。

「あ、お菓子とジュース終わりそうだね。私買ってくるよ」
「ああ、うん。気をつけて行っておいで」
「うん。曲識は何がいい?」
「…ミルクティー」

家でそれ淹れられるじゃん、と苦笑いしつつ、リプトンがいいのか午後ティーがいいのか聞く。
帰ってきたのは全くマイナーなティーズティーだった。
双識には聞いていなかったが、勝手に小豆ペプシがいいと言い張る。
あれは、絶対まずいと思った。



ともかく、財布だけをもって、名無しさんは夜道を歩く。
結局心配だったのか、まだ盤上で対戦しているであろうに、双識は電話をくれたり、メールをくれたり。

「名無しさん大丈夫かい?変態にあったら殺していいからね!」
「そうなると僕がレンを殺さなくてはいけなくなるな」
「うふふ、面白い冗談だね、トキ」

その言葉が冗談に聞こえない。
夜道での通話は控えた方がいいと名無しさんは思い、無理やり電話を切る。
…夜道で独り言をつぶやいている変態に見られたら、名無しさんは立ち直れないだろう。

そんなで感じで、普通に、ごくごく普通に、コンビニについて、頼まれたものを買って。
ちょっと歩いて、やっぱり荷物が重くて、どちらか、できれば曲識についてきてもらえばよかったと思う。

そしてもう少しして、やはり本当に曲識か双識についてきてもらうべきであったと、名無しさんは後悔する。
行く時と同じ道をたどって帰っているが、先ほどと全く違うことが1点。
付けられている。
完全に尾行されていた。

いつからかは分からない。
だが、コンビニを出たばかりの時はそんな感じはしなかったので、たぶんさっき。
双識からのメールに返信を打って歩を止める。

「ねぇ、誰?ストーカー?勘弁してよね」
「…、ばれてたのかよー」

ちぇ、と出てきたのは自分よりも年下、しかも身長も低い少年。
子供っぽい口調に、短パンにノースリーブ。

「…だめよ?そんな若いうちからそんな…ストーカーなんて」
「や、ストーカーじゃねぇっす。誰が好きで零崎の女ストーキングすんだよ…殺されるわ」
「あら、零崎ってわかってストーカーしてたの?悪趣味ね」
「だーかーらー!俺はストーカーじゃねぇって」

やたらストーカーに食いつく。
なんというか、完全に子供っぽい。

でも、零崎を知っている。
それは、この彼が一般人じゃないことを意味する。
呪い名か、殺し名か。

「そうなの、君、名前は?」
「うわ…名乗るだけで怖ぇよ…奇野可知だ」
「ふぅん、強そうな名前…、私は愛織。零崎愛織よ」

愛されそうな名前だなぁ、なんて適当なことを言う可知。
そうでもないわ、と返す名無しさん。

愛されるが故の愛じゃない。
愛を欲求し、渇望し、探究する意味での深い深い愛。
猟奇的に、熱狂的に、狂気的に、愛を求める。

「君は、私を満たせるのかな」
「や、俺じゃ無理っしょ。俺まだ餓鬼だしさぁ」
「年齢なんて関係ないわ」

名無しさんはそれだけ言って臨戦態勢に入る。
柔らかに、糸を紡ぐ。

その指を少し振った。
近くにあった標識が切り落とされた。

「うぉおい!?なんだこれぇ!?」
「え?標識よ」

何言ってるの、と至極まじめに切り返す。
そのうちにも、標識だけではなく、鉄聖のフェンス、アスファルトの壁が切られていく。
彼の足にもいくつかの切り傷をつくりだす。

「さぁ、零崎を始めさせていただきます」

ちょっとフライングだったね、ごめんね、と軽く謝りを入れた。
そのまま、か弱そうな少年に糸を巻きつける。



名無しさんは笑っていた。
けらけら、と楽しそうに。
ただその笑顔は空っぽで、乾いていて、どうしようもないと思う。

「あなたも、持っていないのね…残念」
「くっそ、何だよお前!」
「ねぇ、ねぇ、私に、ねぇ、どうして?殺されてしまうの、あなたは…」

殺したくなんてないのに。

それはいい訳じゃない、ただの本音。
小さすぎる本音、愛色のかけら、本音というかけら。
目の前の少年は必死に逃げる、名無しさんという狂気から、死から。
細く暗い道を疾走する、迷走する、逆走する。
ただ、何をしても名無しさんは追いついてしまう。

名無しさんの愛への欲求は強すぎる。

「ざっけんな!おま、あれか!?化けもんか!!」
「そんなわけないよ、私はただ、欲しいだけ…だったの」

どうして、こんな、そう思った瞬間、名無しさんの膝はいとも簡単に崩れた。
今まで走ってこれた、その足が、突然。
別に情緒的なものではない。
それは現実的な問題。

疾走していた少年が戻ってくる。
ようやくか、と一言こぼして。

「ありえねぇって。いくらなんでもさぁ、あんなに走ってんのに何でそんな毒回んの時間かかんだよ…」
「なに、これ…!?げほっ、」
「あー、それな、致死性はあるぜ?一応。ま、ある一定条件上に、だけどな」
「かはっ、げほっごほ…」

突然呼吸ができなくなる。
膝から名無しさんはコンクリートの道路へと崩れ落ちる。
その間も呼吸困難は全く楽にならない。
苦しくて、堪らなくなる。

「ごめんな、これ一応鎮静剤だ。まだお前がそれでも愛っつーのを探すっつぅんならよ、いいこと教えてやるよ」

お前は一度、田舎に行けよ。
それだけ言い残して、彼は夜道に消えた。
その夜に吸い込まれるように、名無しさんは意識を失った。
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