Brother
木に彫られた的。
その的にはちょうどど真ん中に一本ナイフが刺さっている。
そして周りにたくさんのナイフが転がっていた。
それらのナイフは完全に足の踏み場もない、と言えるだろう。

木のそばで短いパンツ、肩口が広くなっているトップスを着たポニイテールの名無しさんが茫然と立ち尽くしている。
その隣で何と言っていいのか分らなくなった双識が、気まずそうに言う。

「…名無しさん、学校には行っていたよね?」
「え、ああ、行ってたよ」

昨晩、双識からお兄ちゃんと呼べと言われたのをあっさり断った名無しさん。
その代りに、双識に対しての敬語はなし、という条件を飲んだ。
名無しさんとしては年上は敬うべきだと思っていたので、敬語はやめるつもりはなかったのだが、やめろというのだからやめた。

曲識にも同じこと言われた。
名無しさんはまさか曲識にそれを言われると思っていなかったので驚いて聞いたら、彼は名無しさんと同い年だった。
…まさか同い年でもこんなに雰囲気が違うのかと若干傷ついた。

閑話休題、名無しさんは学校にはちゃんと行っていた。
体育も必須教科であった。

「体育はやっていたよね?」
「やってたよ?」
「…体育テストとかあった?」
「あったよ?」

体力テストみたいな感じなものがあった。
さまざまな競技をすることで、体力や握力、瞬発力、跳躍力なんかを調べるとか何とか先生が言っていたのを覚えている。
それらにはすべてまじめに参加した。

「握力、ボール投げの成績は?」
「…握力は両手平均25、ボール投げは10メートル未満です」
「…ナイフは向かないな…」

曲識以下じゃないか、と苦笑する双識はナイフを片付けはじめた。
名無しさんもそれに倣って、そこらじゅうに散らばったナイフを集める。

もともとちょっとこれは向かないかな、という程度には名無しさんは自覚していた。
そこまで腕力もないし、ダーツも苦手。

最初にした殺しの時は、寝ているうちに鈍器で撲殺して、血液を抜いた上でばらした。
そのあたりは、授業で習った鶏や牛の解体作業を倣ってのことだった。
だからナイフ(あの時は包丁だったが)の扱いは名無しさん自身どんなものなのか測りかねてはいたが。
流石の名無しさんもここまで才能がないと思っていなかった。

「…、向いてる物とかあるのかな」
「まぁ俺も得物は持っていないからなんとも言えないなぁ…」
「でもナイフ使えるじゃない…」
「拗ねないで、名無しさん。まだ始まったばっかりだ」

若干意志を削がれてしまったらしい名無しさんの頭を撫でつつ、ナイフを回収し終える。
むっとしていた、名無しさんもその行為が心地よいのか、猫のように目を細めて機嫌を良くしたらしい。
気分屋なところは自分の弟によく似ていると、双識がひっそり思っているとはつゆ知らず。

回収し終えたナイフをアタッシュケースに戻し、山を降りる。
双識自身はいつも変らぬスーツ姿での登山だったが、全く問題はなかったようだ。
慣れた足取りですいすいと登山も下山もこなす。
名無しさんは双識に手をひかれる形で、下山をしていた。

名無しさん自身や名無しさんの母とも違った、大きな手。
それは名無しさんにとっての初めての男の手であるように思えた。
今まで女のしなやかで、滑らかな手しか知らなかった名無しさんは握ったその双識の手を戸惑いながらも握り返す。
多分、お兄ちゃんがいたならこんな感じだったのだろうと、名無しさんはそう思った。

「うん?名無しさんどうした?」
「何でもないよ」
「歩きづらいならおぶってあげてもいいんだけどねぇ」

少しだけ魅力的なような気がするが、あまり体を密着させるのはやめておけという助言を尊重した。
その助言は曲識からされたものだった。
曲識は滅多に助言などすることもなく、むしろ話は最低限しかしないので、余計に信憑性がある様に思える。
変態の名は自称ではなく、他称でもあるらしい。

「それはいらない」
「うふふ…冷たいねぇ」

別にその返答に落胆する風でもなく、笑う。
全く読めず掴めず、どこまでが本当でどこまでから嘘なのか分らないような人だ。

「そうそう、名無しさん。俺はね、今ちょっとひらめいたんだけれど」
「下らないことならやめてよ」
「いいや、大切なことさ」

名無しさんは足もとを見ながら転ばないように下山することに神経を使っていて、正直双識の下らない話に耳を傾ける余裕はなかった。
慣れない急勾配に(この道が正式な登山路なわけがない)足を取られないようにするのが手いっぱい。
多分双識におんぶしてもらった方がずっと早く下山できるであろうと思う。

「名無しさんは曲弦師になればいいんじゃないかい?」
「曲弦師…?」
「簡単にいえば、名無しさんの得物は糸にすればいいと思うんだ」
「糸って…裁縫で使うあの白いやつ?」
「いやいや、ピアノ線とかいろいろあるさ」

そうなんだ、と名無しさんは軽く答える。
事をそこまで重要だと思っていなかった。
足もとの木の根っこに躓かないように、慎重に歩を進める。

「だから、名無しさん、少ししたらちゃんとした師を取ろうね」
「双識にそんな人選あるの?」
「ふふ、これでも結構人付き合いは広いんだよ」

ふと顔を上げると、おちゃめそうに双識がウィンクしていて、腹が立った。
余裕そうに、その長い足を自慢するかのようにすいすいと降りて行く。

「だけど、その前に家族をもっといっぱい名無しさんに紹介しなくちゃね」
「…そうですか…」
「うん?どうしたんだい、名無しさん。もう疲れちゃったかな?」
「疲れた…なんかいろいろ…」

もう足元を見るのもつかれたし、話す気にもならない。
肉体的に慣れずに登山し、慣れずにナイフ(結構重かった)を投げたりだとか、また下山したりだとか。
名無しさんが一生懸命やっていることを否定するように余裕で下山する双識の姿がメンタル面で辛いだとか。
まぁ、いろいろあったから。
殺しをしてから、ごたごたしすぎていた気もする。

「よし!じゃあ俺が名無しさんをおぶってあげよう!」
「何でそんな意気揚揚なの…、」
「おいで!」

あまりにもテンションが高いので、ある種の恐怖を抱くほどだ。
だが、もう疲れた。
かがむ双識に凭れかかるように背にのしかかる。
大した重さじゃないとでも言わん限りに、双識は軽く名無しさんを持ち上げた。

「さて、降りるとしよう」
「…頑張ってね、お兄ちゃん」

確かに、お尻のあたりに据えている手が厭らしいだとか、やたら触って来るだとか。
お兄ちゃんとしては最低最悪の所業だが。

自分よりもずっと広くて大きい背に安心できたし、思った以上に安定感があって心地よい。
肩のあたりに顔を埋めて、うとうとまどろむ。


「お兄ちゃん…いいな、その響き、いや、本当に…なんていうのかな?名無しさんはツンデレってやつなのかな?貴重だね、貴重だ。なんて可愛いんだろうね!滅多に素直にならないからこそのギャップがいいんだな。普段冷たくあしらわれていても、こういうのがあるから妹って言うのはいいものだ!もちろん弟もいいがね。そう思わないかい?名無しさん。…あまり感じたことはないかな?名無しさんは一人っ子だったようだし…。でも大丈夫さ、今度俺の弟に合わせてあげるから、ね?本当に可愛いんだよ?最近は少し反抗期みたいで生意気なんだが…でもまだまだ子供だしね。名無しさんの5つくらい下でね。可愛いものだよ。あ、もちろん名無しさんも可愛いよ。それに変わりはないし、代替もない。ただね、やはり妹弟はどちらも同じくらいに愛おしいものなんだ。ああ、そうそう、名無しさんの零崎での名前を考えなければね。俺が名無しさんをこちらに引き込んだのだからちゃんと俺が考えてあげよう。うふふ、楽しみだなぁ…。初めてだ、人に名前をつけるだなんて。これは今夜寝れないね。とっておきの名前を考えなくてはね…。…?おや、名無しさん眠ってしまったのかい?ふふ、しょうがない子だ。全く、人の話は最後まで聞かなくてはねぇ。」


「…うるさい」
prev next bkm
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -