Stert
愛がどこにあるのか、知りたかった。
いろんな場所、探してみたけど、全然見つからない。

「んんー、これが心臓で、これが肝臓…」

引き裂かれた皮膚から洩れる赤い吐息。
まだ生ぬるい、ぬるり、とした感覚。
必死になって探す、愛を。
手を真っ赤に染めて、まるで亡くした宝物を探すかのような必死な顔。

朝焼けの日差しが、少女の髪を照らす。
彼女の膝の先にあるその死体の髪と同じ色。
血の気のなくなった死体の女性。

その腹をかきまわして探す。

「…ねぇ、ママ、愛はどこにあるの?」

答える口はない。
かつて口だった場所にはぽっかりと穴があいていた。

破壊されて、ぽっかりと空いた腹の中に手に持っていた臓器を落としこむ。
元に構築されるわけもなく、ばちゃ、と血液のはぜる音とともに身体に戻る。
少女はすっく、と立ち上がって伸びをした。
朝焼けの光が少女の目を刺すこともない。

少女は可哀想なものを見る目で、眼下の母親を見る。

「ママは持ってないの?エミちゃんのママは持ってるのに…」

しょんぼりしたように名無しさんはため息をついた。
そのうち、ふぁぁ、とあくびをして手につけていた、元は白かったのであろう薄い布製の手袋を外した。
その手袋を細切れにハサミで切ってトイレに流す。
ついでに抜いた血液も一緒に流した。

「これ、下水でもまだ赤く見えるのかな…、やばいかな?この量…」

痔じゃすまされないよねぇ、と楽しそうに笑った。
薄水色のパジャマをはたいて歩く。
洗面台できっちりと手を洗って、シャワーを浴びる。

それですべての作業を終えたのか、そのまま自分の寝室へ戻る。
明日の昼あたり、おそらく母の彼氏さんがいらっしゃるだろう。

それまで眠ろう、そして、そのまま逃げる。



「さて、これで私も立派なホームレス!」

鞄を引っさげてありったけのお金だけを母のところからくすねた。
まぁ、今頃彼氏君が母の死体を発見して吃驚しているだろう。
こういうのって…これからどうなるんだろうなぁ。

最近の警察の方々は凄いって聞くし、とこっそり思いながら駅弁片手に新幹線に乗り込む。
このままここにいたらまずいので、できる限り遠くへ逃げることにしよう。
少し落ち着いてから、また愛を探せばいい。

新幹線の自由席は窓側。
平日の昼間ということもあり、新幹線はガラガラだった。

買ってきたお茶のペットボトルを開けて、窓から外の景色を見る。
今日まで名無しさんを育ててきたその町。
適度にビルが建ちならび、適度に田舎。
街自体は好きだったと思う。
大好きだった。

ま、これもまた運命なんだろう。
明日からは警察と鬼ごっこの日常になってしまうんだろう、名無しさんはそう思った。
そして、降りた街で、本当の鬼に会うことになることを、この頃は思っていなかった。

「…ふぁ…あ、ニュースにもなってない、か」

3時間ほど経ったのだろうか。
名無しさんは東から西へと降りていた。
携帯で新着ニュースを見たが、特に殺人については語られてはいなかった。
ただ、猟奇殺人なるものなので全国ニュースになるんじゃないかと思ったが。
ローカルニュース程度に終わっているのだろうか。

まぁどちらにしたって、まだ報道されないのは良いことだ。
いくらでも逃げられる。
駅を降りて少し歩いてから、タクシーに乗り込む。

行き場所を聞かれて、相当困ったが、適当に有名な名所を言っておいた。
折角だし少し観光を含めて逃走するのもいいだろう。
人を隠すなら人の中。
名無しさんは見た目ただの女子学生。
誰が名無しさんが猟奇殺人をしてから来たと思うだろうか。

そう思ったのだ。
だが、ここが運命の分かれ目となった。

「君は家族とかいるのかい?」
「…え、いますよ。それが?」
「いや、家族旅行にでも来たのかと思ってね、俺はそうなのだけど」

不意に後ろから声をかけられた。
うわーあの塔高ぇ…どうやって作ったんだろうな、なんて思っている隙だった。
くるり、と後ろを振り向くと育ちの良さそうな青年が立っていた。

名無しさんよりも若干年上のように見える彼。
高校のものなのだろう(どこだか分らない学校名の入った校章から認識した)、ブレザーを着ていたがあまり似合っているようにみえない。
その上、オールバックに眼鏡。
どこぞのセールスマン(見習い)のような印象を受けた。

物腰柔らかな言葉づかいではあったが、どこか変な感じがした。
心の奥底がもやもやするような。
関わりたくない。
大体、人の隙をついてくるような人間はあまりいい人間はいないんじゃないか。
名無しさんの殺人鬼への第一印象はそのようなものだった。

「私は1人で傷心旅行ですよ」
「へぇ…若いのに大変だね」
「あなたの家族はどこにいるんですか」
「いやぁ、恥ずかしながらはぐれてしまってね」

小学生かよ、と思うがまぁ平日だというのにツアー客で溢れかえっているので仕方のないことではある。
…ふとそこで名無しさんは違和感を感じた。

そう、今日は平日なのだ。
じゃあ、なぜ目の前の青年は、高校の制服でいるのだ。
サボりなら高校の制服でいる必要もないし、家族で来るなどもってのほか。
ふと、彼の顔を見上げる、と柔和そうな笑み。

「そうなんですか、出口で待っていたらどうです?」
「ああ、それがいいかな」
「それでは、良い旅を」

正直関わり合いたくないと思った。
速攻で逃げてしまうのが一番だろうと。

ただ、そうもいかなかった。

「ちょっとまって」
「…なんですか」
「俺を見捨てるのかい?」
「傷心旅行に相方はいりませんから」

酷いなぁ、と軽口を叩いてはいるものの、掴まれた腕はびくともしない。
一応男と女の差、と言われたらそれまでであるが、名無しさんはそんなのではないことを身をもって知った。
これは、この手は、この感覚は。
同じなのだ、と。

振り返って見た。
後悔した。
その柔和な笑みの隙間から、不敵な笑みがうかがえた。
ああ、厄介なものに捕まってしまった、と。
必死に冷静を装っているが、きっとばれてる。

「君、今の家族好きかい?」
「…今、ああ、いいえ、違いますね、昔っから私には家族という概念の人間はいません」

そう、あれは家族なんてものじゃない。
あれは、名無しさんを娘といった。
だが、それは口だけで、血液だけで、遺伝子だけで、あの人と私は家族でない。
家族って、あんなものじゃないはずなんだ。

あんなあんなあんなあんなあああああ。

「おや、予想外の回答だ。じゃあ、欲しいと思うかい?家族が」
「…どうでしょうね」
「いいや、君は欲しいんだろうね。だからこそ、君は傷心旅行をしているんだ」

それは傷心旅行じゃない、探し物の旅だ。
彼の言うとおり、名無しさんは探している。
家族の中にある、恋人たちの中にある、親子の中にある、「愛」ってやつを。
欲しくてたまらない、甘くて蕩けてしまいそうな響きの魅力的な、宝物。

身体を探しても、愛という器官はない。
人間関係の中に生れて、そして消えていくそれを。
儚く美しく愛おしいそれを。

「お兄さん、ただのナンパかと思いましたよ」
「おや、心外だね。よく変態とは言われるが、ナンパとは初めて言われたな」

…変態って言われてるんだ。
一瞬現実的になってしまった。

それにしたって、この人は何なんだろう。
…そんなの関係ないか。
この人について行けば、名無しさんは一生生きがいに沿って生きることに困らない。
彼自身が、生きがいに困っているようにみえないから。

「じゃあ、俺と一緒に来ないかい?」
「…え、もしかして誘拐犯だったんですか」
「違うよ、誘拐じゃないさ、勧誘だよ」
「どちらにしても悪質ですね。ま、私にはぴったりですけど」

今度こそ、見つけるんだ。

現代は失いすぎた、目に見えないもの、形がないもの、聞こえないもの。
探し続けよう、それらを、見えないものを掴めないものを聞こえないものを。


それが、名無しさんの“生きがい”なのだから。



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