Everyday
人識は自分のナイフを研いでいた。
天気も良いので、縁側でナイフを並べていたのだが。

「おま、おい、アブねーからくんな」
「にゃあ」

一匹の三毛猫がのそのそ歩いてくる。
どうも目的地はこの縁側のようで、ナイフが置いてあるにもかかわらずここで寝ようとか考えているらしい。
人識は、少しナイフを片付けつつ、猫を追い払おうとするが猫は聞く耳を持たない。

着慣れない浴衣のおかげで動きにくいのもあって、人識はまごついていた。

「こら、くんなって」
「にゃ」
「にゃ、じゃなくってさ、ほら、あぶねーだろ」

我が物顔でのんきに歩いてくる猫に慌てる人識。
猫に向かって話しかけること自体が無駄ということに気付いているのかいないのか必死に話しかける。
もちろん猫は気にせずマイペースに歩み寄ってくる。
どうも、喋りかけてくる人識が遊んでくれると勘違いしているらしい。

「みーちゃん」
「なうー」

人識が慌てていると、横から名無しさんが猫を抱き上げた。
どうもその三毛猫はみーちゃん、というらしい。
ありきたりすぎて、ネーミングセンスも何もない。

片手にお茶と猫缶の乗ったお盆をもった名無しさんは肩に猫を乗せて歩く。
猫缶が欲しいのか猫は名無しさんの肩の上からお盆に向かって身を乗り出した。

「あぁ、もう、駄目だってば。今あげるから」
「なーうー」
「人識、猫缶持ってて」
「おう」

お盆から猫缶を放り投げる。
その瞬間に三毛猫が肩から飛び降りそうになったが、名無しさんが片手で寸止めした。

人識がナイフを片付け終わるのを見てから、猫を縁側に下ろした。
猫はご機嫌斜めなのか、名無しさんや人識に見向きもせずに丸くなってしまった。

「あらら…ご機嫌斜めね…」

猫缶を開けながら、苦笑を浮かべる。
人識がここで暮らし始めて3日が経っていた。
全く変わり映えのない風景、生活だったが、それでも人識が思っていたよりも不便ではなかった。

何より心休まるというか、確かに休養するにはちょうどいい場所であった。
名無しさんは献身的で、お人好し、気がきくし優しかった。
自分の兄ながら双識にはもったいない相手だと思った。

「開けてあげて。猫は気分屋だからすぐに機嫌を直すわ」
「ん、ほら、みーちゃん、これやるから機嫌直せって」
「にー」

猫缶を開けると、その香りにつられたのか顔をあげて、人識の方にゆっくり歩み寄る。
何というか現金なやつだと思いつつもすり寄る三毛猫を撫でる。
それだけで猫はご機嫌になったみたいだ。

「はい、人識」
「さんきゅ、名無しさん姉」

お盆の上にあった冷茶を差し出す。
甘いものが好きな人識のために栗ようかんを切ってあった。

最初こそこんな田舎で生活なんて、と馬鹿にしていた人識だが、ここの生活に大分慣れてきて楽しんでいる。
名無しさんが暇なときにちょっとずつ作った家庭菜園や裏庭。
暇になったら裏庭に行ってみたりだとか、家庭菜園で勝手に野菜をとったり。
なにもなくてもそれなりに楽しめる。

「なんだかんだいって人識もここの生活になれちゃったね」
「最初は絶対3日もたねぇって思ってたけどなぁ…」
「少し遊びに来るくらいならいいでしょ?」

夏休みに行く祖父母の家といった感じだ。
まあ祖父母の家になど行ったことがない人識だが。
しかし、テレビで見るとこんな感じだった気がした。

「名無しさん姉はなんでこんなとこ住んでんだよ」
「うん?ああ、言ってなかったっけ?病気だよ」

双識に一度聞いたが、本人から聞いた方がいいとはぐらされていた。
そのとき双識がやたらに言いづらそうにしていたので、人識も聞かずにいたのだ。
だが、名無しさんはたいして気にする風でもなく、さらっと言う。

「空気が綺麗な所じゃないと呼吸困難になりかけるの。だからここに住んでるのよ」
「へぇ…わけわかんね」
「あはは、良いんだよそれで」

名無しさんはのんびり笑いながらお茶を啜る。
何とものんきな名無しさんの姿を見ていると、全く深刻そうでない。
双識とは全く違う反応に人識は内心驚いた。
恐らく名無しさんは気にしていないが、双識は負い目を感じているのだろうと人識は冷静に考えた。

「にゃあ」
「はいはい」

まだ食べ足りないのか猫は人識にすり寄って甘える。
人識はまんざらでもないのか猫の額を指で撫でた。
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