Hope
真っ白、だった。
目が覚めると見たことのない天井。
呼吸はだいぶ楽になっているが、それはとりつけられている酸素マスクのおかげだろう。

「…、?」
「お前、目ぇ覚めたのかよ…頼むから助けてくれ、」
「…」

部屋の片隅には空気清浄機と、拘束された奇野可知。
可哀想に、なんというか、その、ある種の拘束プレイのような格好になっている。
なぜか上半身裸で、各所に痛々しい傷跡があった。
一体何をされたのか聞くまでもない。

同情の念を述べるにしても、今の名無しさんにはその手段がなかった。

「あ、そっか、話せねぇよな。起きれるだろ?サイドテーブルに携帯があるぜ」
「…、」

名無しさんは起き上がって、携帯を開く。
どれだけ時間がたっているのか気になって、時刻と日付をまず見た。
どうも1日は眠っていたようだ。

携帯のメール機能を駆使して、彼に意思伝達をする。

「“ 何でそんな恰好なの?^^ ”」
「何でって、お前の家族にボコされたんだよ」
「“ ふぅん、私なんてをストーカーするからだよm9(^Д^) ”」
「お前、メールだとキャラ変わりすぎだろ」

呆れたようにそう呟く。
それは携帯の変換機能が発達しているからなのだが、その話は置いておこう。

「“ 私の家族は? ”」
「さぁな、知らねぇ。たださっきまでいたからちょっとばかし席外しただけだろ」
「“ そっか。なんだか迷惑かけちゃったな…´・ω・` ”」

だから顔文字やめろって、と突っ込む少年を尻目に、勝手に酸素マスクを外す。
なぜか外の空気が、酷く薄く感じる。
どう考えても、ただの症状じゃないことだけは確かで。
でも、昨日の夜道よりは呼吸が楽だ。

けほ、と咳をする。
喉に嫌な違和感を感じた。

「おーい、酸素マスク付けてた方がいいぜ?ここに空気清浄機あるとはいえ」
「“ 何なの?この病気 ”」
「あー、それな、ヨーロッパで言う中世に見つかった古代種の細菌。症状としては、喘息の酷いものと考えてくれりゃあいい。悪化させりゃあ、死に直結する。これは薬以外に治せはしないが、一応手当はあんだよ」
「“ ?何それ ”」

細菌を使うって…、どんなだよ。
見た目10代前半にしか見えない少年は、淡々と専門知識を語る。

「病名は特にないがな。中世ヨーロッパで微妙に流行って、すぐに消えたもんだ。伝染はなし。発症性は低い。菌自体は弱いもんだ。この病気が流行らなかったのには理由がある。かかったやつらのほとんどが罹ったという自覚障害を持たずにそのまま寿命で死んでるからだ」
「“ かかったって言う自覚がない? ”」
「そうだ。理由はそいつらが農民だったこと。その細菌はある種の植物と共存している。罹ったやつらはその植物から細菌を摂取してしまった。その病原菌の発症条件は、汚染された空気を吸うことだ。」
「“ 農民は都会に出ることなく郷里で一生を過ごしていた、ってわけね ”」

その通り、とのんきに可知は言う。
そういえば、奇野、聞いたことがあったような、なかったような。

ぼんやりと考えていても、可知は話を続ける。

「そ。んでもって、その発症しちまったその病気を抑えるのも、綺麗な空気なんだよ。だからこの部屋には空気清浄機を置くように言ったんだよ。」
「“ あの夜道は国道のすぐ隣だったから、すぐに発症したってわけね ”」
「そそ。つか、もっと早くに発症すると思ったらよ、お前マジで発症しねぇし、俺殺すつもりだし。」
「“ 別に殺すつもりはなかっ ”」

最後まで文字を打ち終える前に、扉が開いた。
今まで話し合っていた可知がびくり、と肩を揺らす。

「“ …双識、その子に何し ”」
「愛織!!」
「うごっ…」

扉からの助走を込めて、タックルをかます双識。
ぎゅ、っと抱きすくめる。
いつもより過激なスキンシップに名無しさんは抵抗することもなく、何も言うこともなく。

双識の肩口から、少し遅れて静かに入ってきた曲識の姿を見る。
彼もまた、ゆっくりと安堵したような表情だった。

「“ 大丈夫だから…とりあえず離して ”」
「本当にね、俺は心配したんだよ、愛織。夜に可愛い妹を外に出すだなんて…オオカミの中に野兎一匹放りこむような…!」
「“ わかった。弱くてごめんね ”」
「いいのだよ、弱くたって。それをフォローするのが家族だろう?」

全く。
これで健全で変態じゃなければいい兄だろうに。

そっと名残惜しそうに離れる双識の姿を見てつくづくそう思う。

「愛織、あれほど呪い名とは戦うなと言っておいたのに…」
「“ …あ、思い出した、奇野 ”」
「…今思い出したのか」

呆れたように曲識がため息をつく。
そうだ、奇野は呪い名の一つだった。
感染血統奇野師団、毒遣いだ。
なるほど、それで気付かないうちに感染していたのか。

困ったように名無しさんは笑うしかなかった。

「けほ、ごほっ」
「おーい、ちゃんと鎮静剤飲ませろよ。そいつ酸素マスクでも結構咳してたからな。もともと小児喘息か何かあったろ」

その通りであった。
もともと、中学まで小児喘息を引きずっており、体育を激しくやるとぶり返したりしていた。

ごほごほと苦しそうに咳きこむ名無しさんに、双識が水と薬を差し出す。
水を飲んでも吐いてしまいそうだったが、この乾燥した状態じゃあ薬は飲めない。
諦めて、無理やり水と薬を流し込む。

「…ところで、お前。この病気の解毒剤は持ってるのか」
「もってねぇって。んなもん存在しねぇから」
「おーい、ふざけたことばっかり言ってると君の首が飛ぶよ」
「や、ふざけてないっす。ガチでその病気の解毒剤はないっす」

いつの間にか大鋏を出した双識が可知を脅す。
だが、可知は今まで通りのすまし顔で、けろっと問題発言を繰り返した。

「俺のこと、殺してもいいっすけど、そうするとあんたらの可愛い妹の病気は一生治んねぇぞ?」
「…、何で解毒剤のないものを愛織に仕込んだ?解毒剤のないものを仕込めば僕たちを脅すのも簡単だっただろう」

そこは名無しさん自身も疑問に思っていた。
どうして即死性のある毒でもなく、解毒剤のある毒でもない毒を使ったのか。

即死性があれば…それは駄目だな、と名無しさんは思う。
名無しさんが死にでもすれば、零崎の長男である双識率いる家賊全員が報復をしに来るだろう。
だが、解毒剤のある毒ならば、必ず助かる手立てのある毒ならば。
脅すのも簡単ではないが…だができるだろう。
解毒剤を持っているものを殺してしまえば、元も子もないのだから。

だが、あえて可知が選んだのは。
恨まれやすい、解毒剤がない、助ける手立てがない毒。

「あー、なんつぅんすかね…。すいません、おたくのお嬢さんで人体実験させてもらいました」
「ふふふ、そうかい。じゃあ今ここで死ね」
「…それも悪くない」
「“ 落ち着け ”」

2人とも目が本気だった。
解毒剤をつくらないうちに可知に死んでもらうわけにはいかない。

いつもクールな曲識さえも、双識に賛成してしまっている。

「…本当にこの病気の解毒剤がいまだに作れないんすよ。俺と兄貴で今作ってるんですけど…俺らの目標なんすよ。これの解毒剤作ることが」
「へぇ、それで、俺の可愛い愛織を実験体にしたと?」
「別に誰でも俺らはよかったんすけど、本家のやつらが実験体にするなら零崎にしろって…」

俺らも零崎敵に回すのなんて、やでしたよ。
まぁこうなることもすべて、彼らにとっては予想通りだったに違いない。
ただ、それを予想してなお、この病気の実験体を零崎にしたのだというのならば、その覚悟は並大抵ではないだろう。

可知の身体は傷だらけ。
恐らく双識や曲識に拷問でもされたんだろう。

「“ どうして、この病気の解毒剤を作りたいの? ”」
「…それは、兄貴自体がこの病気の発症者だからですよ。ただ兄貴は生まれた時から免疫力ががない病気で。だからこの病原菌以外の病原菌がたくさんいすぎて、純粋なこの病原菌が取れないんす。だから、他の奴にこれを移して解毒剤をつくらない限り、兄貴は救われないんす」
「“ OK、分った。いいよ、私から血清を作るとか、そういうことなんでしょう?その解毒剤ができれば万々歳だわ ”」

ごめんなさい、と小さく謝る可知。
双識も曲識も名無しさんが言うことなのだから、それ以上何も言えない。
確かにここで可知を殺してしまえば困るのは名無しさんだ。

仕方なさそうに、可知を縛っていたロープをほどくを解く。

「あの、とりあえず、血液だけ取らせてください。俺も兄貴も長くこの病原菌と闘ってますけど、解毒剤がいつできるのかは分かりません。でも、できたら兄貴で実験して、大丈夫そうなら、貴女に渡すと誓います」
「“ ありがとう、実験頑張ってね ”」

ベッドの前で膝を折って、首を垂れる。
両脇に零崎の2人がいるというのに、何の物怖じもなく、可知はそう言い切った。
その度胸に両端も手を出すことはなかった。
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