6.夏の終わり
初日から大変な旅行だったけれど、その後は恙なく楽しく過ごせた。
実はあの初日が一番印象強くて、面白かったのだけど、それを言うと絶対にパパは不機嫌になるから言わないでおく。

「あー、楽しかった!」
「買ったものはきちんと片づけろよ」

久し振りのロンドンはやっぱり暑かった。
蒸し風呂状態のリビングのエアコンをつけながら、荷物をソファーに適当に置いた。
パパはリビング内に入って眉を顰め、風通しのいい廊下にヤタたちの入ったゲージを置いてから戻ってきた。
寒すぎても暑すぎてもダメなんて、なんて繊細なんだ。

パパは私の投げた荷物を横目に見ながら、キッチンに一直線に向かっていった。
冷蔵庫の中身はバカンス前に空っぽにしたから、買い出しをしないといけない。

「リオ、郵便受けを確認してくれ」
「はーい」

荷物を階段に移動させていると、パパからの指令が飛んできた。
パパは私の手から荷物を奪い取ると、そのまま二階に行ってしまった。
恐らく私が持って行くよりもパパの方が早いという判断の元だろう。
私は言われた通り、ヤタのゲージを跨ぎ、玄関の郵便受けの中を覗きこんだ。

郵便受けの中には、3通の封書が入っていた。
1枚は見覚えのありすぎる封筒だ…ホグワーツからの来年度の教科書一覧である。
後の2枚は同じ封筒で、シンプルな薄いグリーンのものだった。
廊下を歩きながら封筒の宛先を確認する…1通は私宛、もう1通はパパ宛だ。

「あいたっ」
「気を付けろよ」

封筒を見ながら歩いていたせいで、足元に注意がいっていなかったみたいだ。
廊下にあったヤタのゲージに足をぶつけた。
ヤタが重いせいでケージはびくともせず、足の指の方がジンジンと痛む結果になった。
別にヤタのせいではないけれど恨みがましく睨むと、ヤタは鎌首を擡げて睨み返してきた。
寝ていたのに起こしやがって、と言いたげである。

生意気なと思いながら、今度はきちんとケージを跨いでパパのいるリビングに向かった。

「大丈夫だったか」
「うん、ちょっと足引っ掛けただけ。それより、手紙来てたよ。ホグワーツと、あと2通」
「…?どれだ」

パパはリビングテーブルの上にたっぷり氷の入ったアイスティーを用意してくれていた。
私はそれを手に取りながらも、片手に持った手紙をまるまるパパに手渡した。

パパはそれらの宛先を見て、眉を顰めた。
そしてすぐに杖で手紙を叩き、変な呪文が掛かっていないか確認した。
元々警戒心の強いパパのことだから、そうするだろうことは分かっていたけど、ホグワーツからの手紙にもそれをするものだからちょっと驚く。

「問題はないな。お前の分は自分で開け」
「はーい。学校行くのに必要なモノ、今度買いに行かないとね」

ホグワーツからの手紙をテーブルに置いて、私はもう一枚の手紙を開けた。
誰からの手紙か気になるからだ。

ペパーミントグリーンの封筒の中には、よくある白い便箋が入っていた。
端に湖が…ビクトリア湖の描かれた便箋だ。
この間のバカンスで行ったばかりだったので、すぐにわかった。
便箋には美しい筆記体で、アーサー・カークランドより、と書かれていた。
どうやらあの時のお兄さんからの手紙のようだ。
手紙には、先日のお礼がきちっと書かれていて、最終的に携帯の番号で閉められていた。
新手のナンパに見えなくもない。

手紙の他に、両端にユニオンジャックの描かれたリボンと名刺サイズの紙が一枚。
紙はフローリッシュ・アンド・ブロッツの図書カードだ、ただし、値段は書かれていない。

「パパ、図書カード貰った」
「それで勉強しろということだな」
「でも、値段書いてないよ」
「使ってみればわかるだろう」

魔法界ではお金に関してちょっと適当なところがある。
ダイアゴン横丁ではあまりないことだが、意外と物々交換なんてこともあるらしい。
パパはちらと図書カードを見て、すぐに私の手に返した。
どうやら見たことがないものみたいだ。
流石に人へのお礼に使えない図書カードを渡すわけがないと思うので、今度学用品を買いに行くときに使ってみよう。

「パパは何を貰ったの?」
「…大したものじゃない。」

パパが持っていたのは写真のようだった。
ちらと白黒の背景が見えた、端はぼろぼろと崩れてきているような、古い写真だ。
裏面には掠れた文字で何か書いてあるが、読めなかった。

パパはその写真を封筒に戻し、丁寧に引き出しにしまい込んでいた。
ママの写真を仕舞っている鍵付きの引き出しに。
そこにあるものが、パパにとっての宝もであることを私は知っている。
今年の夏、色々なモノが増えたなあ、と私はしみじみ思って笑うのだ。
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