5.英国の朝
朝起きて、ロフトの上からリビングを見下ろすと、昨晩の悪酔い男がいた。
不機嫌そうなパパがキッチンでサンドイッチを作っている隣で、散々に謝り倒しているようだ。
パパは全く持って無視しているようだけど。

私もああされるのかな、と思いながらリビングに降りた。
ちょっと面倒くさいなと思いながらも、だ。

「大変申し訳ない!見苦しいものを見せてしまって…」
「あ、いえ。お酒は抜けました?」
「ああ…ありがとう、もう大丈夫だ」

目の前で深く頭を下げた男に苦笑いしながら、適当に返しておいた。
私がどうこうしたわけではないし、見苦しいものは見たかもしれないけど、まあそこまで気にするほどピュアではない…のかな。
そこまで気にならなかったのだ、良くも悪くも。

それに男はワイシャツをきちんと着れば、非常に真面目そうな人に見える。
アルコールは人を狂わせると言うが、まさにその通りなのだろう。
普段きっとしっかりしたいい人なのだろう。

男はややあって顔を上げた。
枯草色の髪とエバークリーンの瞳、太い眉が特徴的な男性で、結構イケメンだ。

「俺はアーサー・カークランドだ、よろしく。…親子水入らずの休暇にすまなかった」
「あ、リオといいます。気にしないでください、いつも水入らずですし」

アーサーというと、例のウィーズリーさんちのお父さんを思い出す。
何かの縁があるのかもしれない、こじつけだけど。

今回のことで機嫌を悪くしているのはパパの方だ。
他人を家庭に入れることをとにかく嫌うパパは、出先とはいえ、アーサーを家にいれるのは嫌だったはずだ。
眉間にしわを寄せたままのパパがサンドイッチの乗った皿をリビングテーブルに置いたのを見て、アーサーさんの前から離れ、キッチンへ向かった。
アーサーさんも私の後に続いて、マグカップを持つのを手伝ってくれた。

「朝食まで頂いて…悪いな」
「別にいいよ、ね、パパ」

パパはイエスとは言わないものの、文句も言わない。
我慢しているんだろうなあと思いながらも、私はアーサーさんに興味津々なので別にいいということにしておく。
アーサーさんはティーカップとソーサーを持ち、丁寧に紅茶を飲んでいる。
家柄は相当に良さそうだ、ドラコですらそんな古めかしい飲み方はしない。

アーサーさんは普通じゃない、それは私もパパも分かっていることだろう。
彼は魔法使いにしては異質な感じだ。
杖を持っている持っていないという小さなことではなくて、もっと根本的な部分で。

「アーサーさんは何やってる人なんですか?」
「まあ、政治関係者ってやつだな。…そう言う君たちは魔法使いか」
「そ。お兄さんもでしょ」

そうだな、とにやりと笑ったアーサーさんの言葉には含みがある。
魔法界で政治関係者というと、十中八九、魔法省の関係者となる。
しかし、魔法省の関係者が杖なしでマグル界をふらついていることはないだろう。
その上、マグル界のパブで泥酔するなど大問題だ。
…いや、そう言うアホみたいな魔法省の関係者もいるのかもしれないけど。

私の向かいに座るパパは時折、アーサーさんを眇め見ている。
パパは恐らく彼を警戒している。
アーサーさんには謎が多すぎるからだろう、パパは不明瞭なことが大嫌いだから。

「まあ、信じる信じないは勝手だが、俺はこの国の化身だ。だからこの国にある民俗や文化…魔法もそれらに含まれるわけだが、それらについては把握してるし、使えるってわけだ」
「えっ」
「ちなみにリオちゃんは日本とイギリスのハーフだろう?日本にももちろんいるぞ、菊っていうんだけどな」

ぱちくりと目を丸くした私に笑って、アーサーさんは信じる信じないはお前次第だ、と再度言った。
ちらとパパを見たが、パパも半信半疑みたいだ。
国の化身と言う意味が分からないが、

「え、何か証拠はありますか?」
「魔法使いの割に現実主義だな。…たまに写真にいたりはするが…」


「そうだな。俺はイギリスが今の名前で呼ばれる前からずっと生きているから…例えば、君のパパの祖先を知っている。何世代も経てるだろうに、目元と性格はそっくりだ」

はっとしたようにパパがアーサーさんを見た。
誰とは言わないが、とアーサーさんは意地悪そうに笑った。
パパの出自は私も知らないし、パパも絶対に語らない。
だからパパはアーサーさんを睨んだのだ、変なことを話すんじゃないぞ、という意味を込めて。

アーサーさんは肩を竦めて、軽く頭を振った。
話さないから安心しろと言う意味だろうと私にもわかった。

「どうだろうか、信じてもらえるかな?」
「うーん。紳士の国なのにあれってどうなの?」
「…まあ、それについては何も言えないが。国にだってああいう時もあるものさ」

そういえば最近、マグル界ではテロが多いとかなんとか聞くから、イギリスも大変なのかもしれない。
やけ酒もしたくなるような情勢だということなのかな。

確かに不思議な感じがするとか、魔法使いにしてはちょっと変わってるとか、昨晩はピクシー妖精がいた彼の周りに今度はニフラーが飛んでいるとか、彼が国の化身と言う異質な存在だからなのかもしれない。

「貴方が国だとして。今日はお仕事しなくていいの?」
「それがだ。俺は国だが、居りゃいいってもんじゃない。仕事はある…今もポケットが煩いくらいなんだ」
「さっさと戻ったらいいだろう」

ローストチキンとチーズのクラブサンドを齧っていたアーサーさんは私の言葉にニヒルな笑みを浮かべた。
どうやら彼にも仕事はあるらしい。

茶化すように話すアーサーさんを、パパが面倒くさそうに睨んだ。
本当に来客が嫌いな人なのだ、うちのパパは。

「このクラブサンドが美味すぎるのが悪いと思わないか」
「詰めてやるからさっさと帰れ」

確かにパパの作るクラブサンドは美味しいが、この空気間でそれを言うとはアーサーさん恐るべし。
伊達に長く生きていないってことなんだろう。
美味しそうにクラブサンドを頬張るアーサーさんは、それは助かる、と嬉しそうに言った。

パパはクラブサンドをいくつか取り皿に乗せて、キッチンに戻って行く。
本当に早く帰って欲しいと思っているに違いなかった。

「君のお父上は良い人だな」
「うん、とってもいいパパ!」
「大切にしろよ」
「もちろん!」

でもアーサーさんは悪い人じゃない。
パパは嫌いそうだけど、私は好きなタイプだと思う。

結局アーサーさんは皿の上に乗っていたクラブサンドを全て平らげて、その上でパパが包んだクラブサンドも持って、帰って行った。
迎えに来た人はきちっと髪を七三わけにした、いかにもお役所仕事の人、という顔ぶれだった。
散々に謝り倒された上で、またお礼に上がりますなんていうから、パパが結構だと断っていた。

「昨日今日とありがとうな。また何かあったら会おう」
「うん、アーサーさん、仕事頑張ってね。私、日本も好きだけどイギリスも好きなんだから!」
「ああ、もちろんだ。ありがとう」

アーサーさんは笑って握手をしてくれた。
またどこかで会えたらなあと思ったけれど、パパの視線が背中に突き刺さっていたので言うのはやめた。
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