4.パブにて
随分な酔っ払い方をした馬鹿がいるものだ。
リオは目を丸くして、ワイシャツの肌蹴た男性を見ていた。
驚きすぎて目が離せないのだろう、衛生上良くないのでリオの顔の前で手を叩いて、注意を逸らした。

「…ええと。あれ大丈夫なのかな」
「あまりに酷くなるようならヤードを呼ばれるだろう」
「ああー…うーん、そっか。なんか可哀想だけど」
「いや、あれは警察を呼ばれてしかるべきだ」

男は何か嫌なことでもあったのか、エールを煽りながらも口汚い言葉を叫んでいる。
スタッフも他の客も遠巻きに見るばかりで動くものはない。
俺もその一人だ、関わりたくないと言うのが大多数の考えなのだろうが、俺はそれとは少し違う理由で関わりたくなかった。
リオもそれには気付いているようで、そわそわと男を見ている。

楽しそうに騒ぐ男は更にエールを頼んでいく。
酒に強くもないのだろう、顔は真っ赤である。

「パパ、警察呼ばれても面倒なんじゃないの、あれ」
「…それはそうだが」

添え物のフライドポテトを咥えたリオが男をちらっと見た。
彼の周りにはピクシー妖精が飛び交っていて、彼らも楽しそうにキィキィと鳴き声を上げている。
ピクシーたちは男と違って悪さをすることはない、大人しい性格の奴だけが揃っているようだった。
しかし、店内を飛び回っては棚に座ったり、エールの泡を増やしたり、照明を突いたり、悪戯したくてうずうずしている様子だ。

男は、間違いなく魔法使いなのである。
マグルの世界に来て、その上泥酔して暴れるなど言語道断。
杖は持っていないようだし魔法がばれることはないだろうが、危うい状態ではある。

「だからと言ってどうする。連れて帰るのは御免だぞ」
「しょうがないよ、連れて帰った方がいいって…。ピクシーたち、すごいじゃん」

リオはうっとおしそうにピクシー妖精を払った。
あの魔法使いが飼い馴らしているのか、危害を加えることはないものの、見えるものから言わせてもらえば目障りこの上ない。

さっさと自分たちだけ店を出る選択肢もあるわけだが、同じ魔法使いという思いがリオにはあるらしい。
少なくとも俺はそんなことは思わない。
そもそも、年頃の娘を持っている身らかすれば、あの酔っ払いをリオと同じ屋根の下に置いておくこと自体あり得ない。

「2階には入られないようにしてさ、リビングに転がしておけばいいと思う。…可哀想なんだよ、今、ウィーズリーさんの家バカンスらしいし」

マグル製品不正使用取締局は今回関係がなさそうだが、マグル界で魔法が利用されると無意味に呼び出される可能性が高いことは確かだ。
何といってもウィーズリー家は魔法省に置いて地位が低い。
関係のない仕事を押し付けられることもままあるようだ。

リオはウィーズリー家の誰かに彼らが夏休みの間、バカンスに出ていることを聞いたらしい。
彼らの旅行を邪魔したくないのだろう。
リオの思いは分かるが、馬鹿の尻拭いをするのには抵抗がある。

「会話が成立しそうなら考えよう」
「そだね。成立しない可能性あるもんね」

カスタードプリンを掬って口に運んでいるリオは苦笑いしながら、再度、男を見た。
男はとうとう上のシャツを脱ぎ捨て、目の前のバーテンダーに絡んでいる。
目には涙が浮かんでいるところを見ると、どうやら何か感傷的になっているようだが、亜の様子では誰も同情はしないだろう。

バーカウンターの端に視線を移すと、奥の方で店主と思わしき50代の男性が事務所に引っ込もうとしていた。
ヤードを呼ばれる前に回収した方がいい。
彼らと衝突を起こされたらウィーズリーが呼び出されて、リオがウィーズリー・ジュニアたちの愚痴を聞かなくてはならなくなってしまおう野だろうから。

リオのカスタードプリンはあと2口程度といったところだ。
頃合いとしてはいい。

「おい」
「あー?何だよ…」
「ヤードを呼ばれると面倒だろう。話はうちで聞いてやるから」
「はあ…?お前、良い奴だなあ…」

泥酔している男は呂律が回らないようで、会話がしづらい。
ただ、できないわけではない。
意識自体は対象なりともあるようで、こちらの言葉を理解している。
思考回路は滅茶苦茶なようで、こちらの言葉を鵜呑みにしてヘラヘラしている。

男は嬉しそうに笑って、聞いてくれよ、と話しかけてくる。
この調子であれば、何とかできるだろう。
それに、見るまでもなく丸腰なので攻撃される心配もそうなさそうだ。

「近くにコテージを借りているんだ。そこに行こう」
「あー…ボウネスか…いいとこ借りてんなあ…涼しくていいだろ」
「ああ。酔いを醒ますのには持って来いだな」

さっさと酔いを醒まして素面に戻って頂きたいものだ。
足元の覚束ない男を支えながら、店の玄関のほうへ向かった。
バーテンダーに会計を頼んでいるリオを見つつ、俺は男に肩を貸しながら店を出る。
スタッフの一人がすみません、と謝りながら扉を開いた。
申し訳なく思うくらいなら、リオが気にし始める前にヤードを呼んでほしかったのだが、それを彼に言うのは筋違いだろう。

夜風に当たった男はだらしのない声を上げて、心地よさそうに目を細めた。
魔力はあるようだし、間違いなく魔法使いなのだろうが、少し変わっている。
肩を貸す際に腰回りと胸周りを確認したが、杖がなかった。
マグル界とはいえ、魔法使いが杖を持ち歩かないというのは珍しい。

車の鍵を開けて、後部座席に男を座らせた。
夢心地らしい男は座るとすぐに窓に頭を凭れさせて、目を閉じた。

「パパ。お会計済んだよ。そのお兄さんの分もしといた!」
「…まあ、そうなるか」
「カード切っちゃったけど良かった?」
「あとで請求するとしよう」

男を車の後部座席に押し込み終わったのを見たらしいリオがこちらに近寄ってきた。
危機感の薄いリオだが、流石に酔っ払いには近づきたくなかったようだ。
財布はリオに渡していたので、会計自体は問題なかったようだが、男の分まで支払ってくるとは思わなかった。
考えてもみれば、店は回収できるところからしたいという思いがあるに違いない。

リオから財布を預かり、運転席に座った。
バックミラーの中で男はぐっすり眠っている。

「リオはリビングに降りてくるなよ」
「うん。もう今日は部屋にいるよ」

親子水入らずになる予定だったのに、とんだ邪魔者がやってきた者だ。
多少腹が立っていたので、腹が空いたと喚くヤタをリビングに放流しておこうと思う。
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