2.ピーターラビット
窓から首を出すリオを窘めながら、ハンドルを握りしめた。
車の運転は久し振りであるが、自転車と同じ要領のようで、何となくできるものだ。
日本と違って比較的に道幅が広く、真っ直ぐであるから、安心でもある。

「パパさあ」
「何だ」
「やっぱり何しててもかっこいいよね。写真撮ったら売れそう」
「やめろよ」
「やらないけどさ〜、なんか私だけで独り占めってもったいない気がする」

数十年程姿を変えずに暮らしていることがばれる可能性があるので、写真は必要最小限しか撮らないようにしている。
最近はリオがホグワーツに入学したときに一枚撮った、その前はリオの七五三の写真くらいだ。
その時と今が変わらないのはそう問題はなさそうだが、今後どうなるともわからない。

できる限り人前には出ない、見せない。
リオを守るために俺ができる唯一の防衛策はそれだった。

「ピーターラビット、持ってきたのか」
「そ。わざわざ買いに行っちゃった」

リオは腕に抱いていたトートバックから、兎の絵が描かれた本を取り出した。
ビクトリクス・ポターが描いた児童書で、グリーンの表紙に青い上着を着た兎が描かれている。
昨晩からリオはその本をのんびりと読み進めているようだった。
読書好きのリオにとっては、絵本も立派な本だ。

ピーターラビットも過去に読んだことがあっただろう。
緑の表紙に、健康的なピンクの爪が映えているの。
ふくよかな温かな指が過去に、この緑の表紙を抱えていたのを覚えていた。
読み聞かせた覚えは、なかった。

「わ、あれ、羊?」
「羊だな」

緑のなだらかな陵丘の中に、ぽつぽつと白い点が見える。
その点は車の動きとは違う方向に動いていたり、全く動かなかったり。
イギリスの郊外には羊が沢山いる。
リオはピーターラビットの本から風景に視線を移していた。

車窓は街があったりなかったりする風景から、山と言うには低い丘がいくつも連なる広々とした草原の風景に変わっていた。
運転とちょっとした感傷で気づいていなかった。

「俺もこの辺りに来るのは初めてだ」
「そうなの?」
「ああ。魔法界ばかりにいたからな」

美しい風景だ。
魔法界の、しかもノクターンやアルバニアの深い森にいた時期が長かったから、マグル界のイギリスの風景を見ることなど、殆どなかった。

予てから、魔法界はイギリス国土の非常に狭い地域にある。
その地域は国内に散らばり、すべての地域でマグルに見つからないよう、厳重な警戒が敷かれている。
それについては純血の魔法使いが散々に討議をしたことであるが、さておき。

「そっか。じゃあパパも楽しみ?」
「そうだな」
「そっか!やったね!」

何がだ、と言いたかったが、言わないでおいた。

えへへ、とあほな顔をして笑うリオは幸せなのだろうか。
助手席のダッシュボードの上に腕を放りながら、俺ではなく、周りの景色を眺めている。
そう言えば、親子らしいことなどほとんどやってこなかった。
旅行だってこれが初めてと言っても過言ではない。

「旅行は初めてだな」
「あーそうだっけ。なんかイギリス来たとき、旅行みたい!って思ってたから。パパも私も出不精だし、まあいいかなーって思ってたけど」
「…適当だな」

ちらとリオの目を見たが、本当にちっとも気にしていないようだった。
読み取った思考の隅に、パパと一緒ならどこでも楽しい、という一文を見かけたのが、嬉しかった。
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