1.夏が始まる
イギリスの夏は蒸さなくていい。
日本に長らくいたが、あの蒸し風呂のような夏には、とうとう慣れなかった。
夜風を部屋の中に通すと、エアコンもいらなそうだ。
リオは、そうではないようだが。

「パーパー、暑いってば!エアコン付けようよ」
「ダメだ。エアコンをつけたらヤタとナギニにヒーターをやらないといけなくなる」
「少しくらい平気でしょ」
「ナギニはまだしも、ヤタにエアコンは辛いだろう」

あまりエアコンをつけない理由は、放し飼いにしている蛇のためである。
変温動物はエアコンの風だけでも体調を崩すことがある。
ナギニくらいに成長した蛇ならまだしも、成長しきっていないヤタにエアコンの風は寒すぎる。
夏場にヒーターを使うのも癪であるし、それならばエアコンを控える方が効率的だ。

だらしなくキャミソールの肩紐を二の腕に垂らしているリオに苛立ちつつ、ヤタを彼女の腕に運び、肩紐を直した。
自分よりも丸く、柔らかな目がきょとんと自分を映している。

「ヤタでも抱えてろ。涼しいだろ」
「ヤタが暑がるじゃん。36度は暑いよねえ、ヤタ?」
『床の方がいいよ、パパさん。リオ、熱いもん』
「…お前らな」

ヤタは大人しくリオの腕に収まっているものの、恨みがましそうに俺を見上げている。
暑がりの娘と、熱すぎても寒すぎても良くない口煩いペットに目を細めたが、仕方がない。
どちらとも自分が育てると決めているのだから。

リオが眺めていたらしいテレビは、夏のバカンス特集を映している。
白亜の建物と青いエーゲ海、ギリシャの特集らしい。

「パパもバカンスに興味があるの?」
「無い…が、お前に暑い暑いと言われるくらいなら行ってもいいかもしれないな」
「え、嘘」

リオは比較的涼しい場所で育てた。
理由は単純に、日本本州の暑さがとにかく不快であったことと、リオの母親の実家が北にあったからである。
リオが夏の暑さに弱いのはそのせいかもしれなかった。

実のところ、マグル界のイギリスのことを俺は殆ど知らない。
幼い頃は殆どロンドンを出なかったし、学生時代は魔法界にばかりいて、その後もやはり魔法界ばかりにいたことが原因だ。
リオの母親に出会ったあとは、日本に行ったので、実はマグル界のイギリスにいる時間よりも日本にいた時間の方が長いくらいだ。

ぱっと顔を上げたリオは期待に満ちた目をしている。

「国内だが」
「え、全然いい!私、飛行機あんまり好きじゃないもん」

ソファーで寝転がっていたリオはすぐに身体を起こした。
全くもって現金な奴だ。

リオは普段、旅行に連れて行けとか、買い物に行きたいとかそう言うことをあまり言わない。身の回りにあるものだけで十分と言う考えが強いようだった。
その辺りは自分に似てはいる、そして差し出されたものはとりあえず手を付ける部分も、だ。
旅行に行こうと言われれば、それなりに楽しみになるものだ。

俺がパソコンの前に移動すると、リオはテレビを消して、後をついてきた。
その後にヤタとナギニが続く。

「どこ行くの?」
「湖水地方。ピーターラビットで有名な地域だ。…まあ2週間くらい居てみるか」
「今からでも間に合うの?」
「会社所有の別荘の空き室が多くて困っているらしいからな。明日にでも電話してみよう」

湖水地方は国内でも有名な避暑地だ。
夏場は混雑が予想されるが、会社の福利厚生の一環でいくらかの別荘がある。
それは自由に使っていいことになっているのだが、今年の夏は他の社員が海外にバカンスに出てしまっているようで、使う機会が少なくなっているらしい話を聞いたのだ。

リオは嬉しそうにパソコンの画面を見ては、ここに行きたいだとか、食事はどんなものなのかだとかぺちゃくちゃと話している。
足元の蛇どもは丸い目をこちらに向けて、懸命に今何が起こっているのか確認しようとしているようだ。
こっそり蛇語で旅行に行くことを伝えると、彼らもまた嬉しそうに身体を伸ばしてリオの首に巻きついた。
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