07.
窓を開け放していると寒い時期になった。
まだ雪は降らないにしろ、買い出しに出ると栗や南瓜やら鰊やらが並ぶ。
乾燥した寒風が室内を抜けていくのを感じて、三好は窓を閉めに行った。
如何せん、寒いのは苦手であった。

「例の火事、人的事故の線が強いそうだ。火元は休憩室に置かれていた洗濯予定の作業着」
「煙草か?」
「ああ。消しそびれた煙草をポケットに入れた不届き物のせいだろうと言うのが警察の見解だ」

煙草の火を揉み消した神永は笑った。
神永もまた、これが事故ではないということを感じ取っている。

「全焼した倉庫にあったのは、これから出荷される予定の衣類。それから、過去の帳簿が入った作業棚があったそうだ」
「隠滅か」
「可能性は高いだろうな。帳簿の内容は出納簿や卸売先とのやり取り、買付表」

放火であると仮定した際、動機が重要となる。
過去の帳簿、衣類、作業棚…どれを隠滅したかったのは明白である。
そして放火の犯人が誰であるかと言う部分。
それに関しては、三好も探りを入れていた。

火事があったのは、月曜日。
その日、青柳家の住民はいつも通りだった。
青柳一正は朝7時に家を出て、8時には会社に到着、その後17時まで仕事をして真っ直ぐ帰路についたようで、18時には在宅であった。
祥子は父と同じ時間に学校へ、15時に帰宅し、母の美恵子と共に編み物を。
恵美子は午前中に隣家の奥様とお茶会をして、15時に帰宅している。
スズは昼過ぎに商店街へ毛糸を買いにお遣いへ出て、祥子と共に帰ってきた。
ただ商店街の人々がスズの姿をしっかり確認していて、それもまた、アリバイだ。

一方、神永の探っている関口家の住民にもアリバイがあった。
少なくとも両家の住民が犯人である線は薄い。
何より、だ。

「…こちらの動きがバレているな」
「ああ。明らかにスパイが入ってきたことを警戒した動きだ」

証拠の隠滅は、その証拠を暴こうとしている人がいることを察知した行動だ。
スパイは悟られた時点で負けとすら言われる。
相手が確信を持っているかどうかは別として、警戒をされていることは確かであった。

三好も神永も素人ではない、早々に気付かれるわけがなかった。
無論、その可能性はゼロではなかったが、そのような心配は取り越し苦労になるだろうとくらいには思っていた。

「どこで漏れた?」

神永の問いかけに、三好は薄い瞼を閉じた。

今までの動きを思い返し、過去を遡り、細やかな記憶のページの一枚一枚を捲って確認する。
青柳から手渡される書類、内容は毎週似たり寄ったり、変わるところは料金収納額だけだ。
青柳の表情に変わったところは見られない、園田のことを快く思って、祥子とよく共に過ごさせた。
書斎には大きな窓があり、庭が一望できる。
マボカニーのデスクにつくと、窓は背後になって見ることはできない。
壁には風景画、風景は山々の稜線を鮮やかに写したものと、鳥の絵。
少し椅子を引いて振り返ると、庭いじりが好きなスズや花が好きな祥子を見ることができるような間取り。

祥子の部屋はロココ調の白を基調にした美しい部屋、サンルーム、飾られた花。
花を飾るのはスズの役割で、毎日花は替えられる。
イヌサフラン、グラジオラス、ダリア、バラ、キンギョソウ、夏から秋にかけての花々が飾られ、それに感想を言う祥子と答えるスズ。
花瓶は普段、祥子のベッドサイドとチェスト、ちょうど窓の両端だ。
シンメトリーが好きな祥子は花の本数を気にしている。

夏から秋にかけての風景を思い返す、当初、スズは非常に聡明な女中であると三好は感じた。
花言葉や中国の二十四節気…スズの育て親は中国に詳しい人物である。
中国、福本からのレジスタンスの報告、関口の中国との関係、中国系二世を親にした孤児。
全てが繋がっている可能性は低くない。

「工場の従業員、特に中国系は調べたか?」
「調べてある。見るか?」

神永も無論、中国系の従業員に目星をつけていた。
二世も含めた中国系の従業員、その中国系従業員と仲のいい日本人従業員を洗い出し、更に怪しそうなものには印をつけた。

三好はそのリストに目を通した。
外村もそこに入っている、中国系の従業員と仲のいい日本人として。
しかし外村の名前の部分には二重線が引かれており、脇には非レジスタンスと書いてあった。
聞けば、彼は中国人に都合のいい話ばかりしてくる日本人には気を付けろと忠告してまわっているらしかった。
そんなことをすれば、レジスタンス側の従業員に目を付けられるだろうに、と三好は眉を潜めたが、お人好しとはそう言う人種なのだろう。

その他の日本人で怪しいのは木ノ瀬正晴という墨田出身の男だ。
彼は中国系の従業員を頻繁に家に招き入れている。
外村と木ノ瀬の接点はないが、お互いに中国系の従業員との関係の深い2人である。

「三好、貴様は適当な相手に目星をつけているんだろう。そっちはそっちでやってくれ」

スパイであることが相手に察知された場合、こちら側が取るスタンスは1つだけ。
相手が自分たちを見つけるより先に、自分たちが相手を見つけて押さえる。

三好はもう誰を押さえるのか、殆ど決めていた。
東北の農村で生まれ、墨田で中国系の人々と育った経歴を持つスズ。
煙草を盗んだ可能性があり、尚且つ園田との関係も深い。

スズとは火曜日の夕方に会う。
そこから、彼女を絆し、吐かせ、弱みを握ること。
それが三好にできる最適解であった。
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