06.
煙草片手に帰ってきた三好を迎えたのは、甘利と波多野だった。
昨日、各々買い出しと夕食サボタージュした2人はそのことを結城中佐に気付かれ、係を延長させられたのである。

福本が料理好きということもあって彼に任せているだけで、機関員の全員が炊事くらいは難なくこなす。
夕食のカレーの残り香が漂う食堂に、三好は少し眉を寄せた。

「おー、三好。何だそれ」
「煙草だ。貴様らにやる」
「へえ、随分と羽振りがいいことで」

波多野と甘利は既に夕食を済ましているようで、煙草を吹かしながら談笑していたようだ。
食堂に入ってきた三好を見て、手にある紙袋の中身を問うた。
紙袋の中身は三好があらかじめ確認をして、ただの箱入りの煙草であることを知っている。
銘柄が好みではないため、三好自身が吸うことはなさそうだということも。

甘利たちに紙袋を渡して、三好は台所へ向かった。
カレーもまた好みではないが、腹に収まれば何でもいい気分だった。

「神永は?」
「今日は見てないな」

立川の被服工場の件で何かわかったことがあれば、と思ったが神永もまた苦戦しているのだろう。
三好はそう考えて、テーブルについた。
隣のテーブルでは波多野が紙袋から煙草の入った箱を開けている。

「ほー…、こりゃ面白い。いくらか綺麗に抜き取られているぞ」
「は?」

三好はスプーンを置いて、怪訝そうに波多野たちのいるテーブルに移動した。
波多野と甘利の間に押し入ると、波多野だけは睨むように三好を見たが、やがて箱を指差した。

貰ったのは、煙草のカートン箱とマッチの入った箱だった。
カートン箱は丁寧に梱包されており、開けられた形跡は一切ないことを確認している。
マッチ箱は何かに使ったのだろう、梱包が外されて開けられた形跡があり、数個のマッチがなくなっていた。

三好は波多野が持っていたカートン箱の中を覗いた。
この銘柄のカートン箱は20個入りと決まっているが、数は18個。
2つほど数が足りない。
波多野は三好が見終わった後、しかめっ面で箱を手に取った。

「梱包は完璧。梱包した奴が抜いて猫ババか」

包み紙は丁寧に取られている。
甘利がセロハンを綺麗にはがして、包み紙も丁寧に折り畳んでくれていた。
包み紙を開いてみても、セロハンが千切られた部分は殆どない。
つまり、中を抜いたとすれば梱包する前ということになる。

貰いものであると青柳は言っていた。
贈り主自ら中身を少しだけ抜くなどと言う姑息な真似はしないだろう。
恐らくは梱包した下手人辺りが抜いたに違いない。

「いーや、こりゃ違うな」

カートン箱を見ていた波多野が気だるげにそう言った。
銘柄の掛かれた箱はぱっと見たところおかしな点はない。
三好は箱を手に取ろうとしたが、波多野に遮られた。

「どういうことだ」
「飯食ってからにしろよ。せっかく俺が作ったんだ」

波多野は隣のテーブルに置きっぱなしになっていたカレー皿を指差した。
なんとも腹が立つが、波多野は飯に関して煩い。
食事の時はそれ以外のことしない、させない。
先ほど一瞬機嫌が悪そうに見えたのは、食事を中断させたからだろう。

実家は農家かと思いながら、三好はテーブルに戻った。
何度も言うが、カレーはあまり好きではない。

「それで。何が違うと思ったんだ、波多野」
「これ銀座三越の包み紙だろ。あそこは季節や物によって包み紙を変える。もしこれが贈り物だったなら、この包み紙は選ばれないはずだ」

波多野の記憶力は機関員の中でもずば抜けている。
さらに波多野は続けた。

「この包み紙は贈り物用じゃなくて、自宅用。季節は夏。大きさ的には、このカートン2個分くらいの大きなものを包んでた可能性が高い」

波多野はそう言いながら、包み紙の端に指を乗せた。

包み紙の端は綺麗に切られているが、よくよく見てみると切られている部分がおかしい。
三越の包み紙は横幅によっていくつか種類のあるロール紙だ。
だから、切り口の向きは変わらないはずだった。
この包み紙は一般的な三越の包み紙とは違う方向に切られている。
だから波多野はカートン箱よりも大きなものを包んでいたと話したのだろう。

「そうだとしたら、貰い主の方の誰かが猫ババしたってこと?」
「まあ、なんとも言えないけどなー。猫ババしたのは贈り主側、受取り側は主人に渡す前に包み紙を汚したとかそう言う可能性も無きにしも非ず。受取り側の下手人が猫ババって可能性ももちろんある」

波多野の言う通り、どちらが抜いたのかは定かでない。
ただ、青柳家の人間は誰一人として煙草を吸わない。
つまり受取り側が猫ババと言う可能性は低い筈なのだ。

しかし三好の中では、抜かれたのは受取側の方だろうと確信していた。

「この猫ババした奴は煙草を吸わない奴だろう」
「何で?煙草盗んどいて吸わないってないだろ」
「普通喫煙者はカートン箱の開け方くらい知ってる。よっぽど貧乏じゃない限りは」
「あ、なるほど」

カートン箱は普通、箱の上面…一辺が最も長いところから開けるのが一般的だ。
しかし見栄えの問題でそこには特に開け口がなく、開け口らしいものは両側面の最も小さな長方形の部分にある。
しかし両側面の開け口は差し口が深く入っていて、実際には非常に開けにくい。
煙草を吸うものであれば、カートン箱を開ける際は尤も開けやすい上面から開ける。
側面の一件開けられそうな部分を開けようとするものは殆どいない。

何より、三好はこの猫ババしたであろう人物を殆ど特定していた。
青柳家の女中、スズである。
波多野が包み紙の話を切り出した時から、彼女であろうと想定していた。

彼女は贈り物が包まっていた包装紙を丁寧に畳んで保管していたし、彼女が煙草を吸うとは考えにくい。
問題は動機であるが、それも分かりそうだ。

「まあ、その煙草は好きにしたらいい」

煙草を開けて勝手に吸い始めた波多野に火事には気を付けろ、とだけ言って三好は食堂を出た。
神永の報告が楽しみだった。
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