05.
青柳家もまた、非常に静かであった。
火曜日の昼、今日は応接間に通された園田は、部屋の隅で祥子がせっせと編み物をしているのを見かけた。
窓の外では庭木に糸を張り、添え木を用意するスズの姿が見える。
冬の訪れを感じさせる様相に、やはり焦りを感じる。

「そう言えば、園田くん。立川の被服工場の件は知っているかね」
「はい。この間火事があった、あの工場ですね」

青柳は布の卸だけで、縫製については手を出していない。
ただ無論、卸の先については気になるのだろう。

園田は少し考えるように唸ってみせた。
今回、立川の被服工場には陸軍の立ち入りがあった。
理由としては、放火の可能性があったからだ。
内容については軍部の機密に多少なりとも当たるので、そう簡単に答えてはならない。
ただ、三好は最初からこの件を青柳に話すつもりだった。

「…事件性はないようですが、火元が休憩室だったので何とも言えないんだそうで」

火元は従業員の休憩室からで、休憩室と、そこから外の従業員通路を挟んだ向かいの倉庫が全焼した。
煙草の消し忘れの可能性も高く、本来であれば禁止されている煙草を休憩室で吸っていた従業員もいたという証言があげられている。
そのため、従業員の殆どがマナーのなっていない喫煙者がうっかりやらかしたと思っている。
幸いにも、休憩時間はとうに過ぎた時間帯に火事は起こったため、人的な被害はなかった。

ただ、工場の主が頑なに工場内は火気厳禁であったと言っているため、警察が介入していた。
念のため警察が確認しているようだが、恐らくは不注意によるものと判断されそうである。

ただ、三好はそう考えていない。
被服工場にとって火は厳禁であり、火の扱いには気を付けているはずだ。
煙草の不始末があり得ないとは言い切れないが、もし不始末で起こった火事程度であれば直ちに対処ができたはずだ。
被服工場には布だけではなく、ミシンなどの機械に使う油を取り扱うこともある。
工場長の言う通り、火の元には細心の注意を払い、万が一の時には防災にも力を入れているはずだ。

「乾燥する日々が続きますし、火の元には気を付けませんとね」
「ああ。しかし、あそこの工場長はそれに気を使っていたはずだが」
「お知り合いで?」
「そうだ。もともと、同じ大学の同期だった。非常に真面目な苦学生だった…実家を火事で無くして貧乏だった。火には別段気をつけていたから、あいつ自身煙草は吸わないし、マッチも持ち歩かん。火事なんぞ早々に起こす男じゃない。火事が起こったときの行動も随分と知っていたはずだ。だから死人も出ず、全焼には至らなかったのだろうな」

青柳と工場長が知り合いであることは知っていたが、工場長の身上調査まではしていなかった。
青柳の話が正しければ、更にこの火事に対しての疑念は深くなる。
工場の倉庫が全焼しているくらいの規模の火事は小火騒ぎとは言わない。
煙草の不始末だけの火力とはいいがたい。
恐らくは休憩室に誰かが置きっぱなしにした油があったかもしれない、と三好は考えていたし、軍も同じ考えだった。
しかし工場長の事情を知ると、その可能性は低いように思える。

放火の線を強めるとして、では誰が、という疑問が残る。
立川の被服工場で燃やしたいものがあったのか。

「お父様ったら、その方に随分と言われていたんでしょうね」
「おや、なぜそうお思いに?」
「火事があったと聞いて、すぐスズに火災の原因になりそうなものはないかと探させたんですもの」

部屋の隅で編み物をしていた祥子がくすくす笑いながらそう言った。
青柳は単純で尚且つ慎重な男だ、知り合いのところで火事があったとわかった後、すぐに火元になりそうなものを探させたのだろう。

「何か見つかりましたか」
「そう言えば、スズが物置にマッチ箱と煙草の箱が少しあると言っていたわね」
「全く使えぬ貰ものだ、何を考えて贈ってきたやら分からん」
「うちには煙草を吸う人はいませんものね」

青柳は煙草を吸わない男だ。
昨今珍しいとすら思えるが、庭や部屋を見れば彼が煙草をしない理由は明確だ。
恐らく青柳はかなり綺麗好きで、指がヤニ汚れするのを嫌っているのだろう。
それを知らないで、ある程度の実業家なら嗜んでいるだろうと勘違いした人間が贈ってきたというわけだ。

「園田さんはお吸いに?」
「ええ。嗜む程度ですが」
「なら、持って行くといい。帰りにスズに持ってこさせよう」

園田はちらと外にいるスズを見た。
彼女は1人、縄をまとめて蔵の中へと消えて行った。

「もう冬が近いのですね。こうも植木があると大変でしょう」
「ああ。スズが庭仕事を好んでいるようで助かるものだ」

落ち葉1つない庭は綺麗に整頓されていて、青柳はこの庭を自慢としている。
庭師を淹れることもあるようだが、細かなところはスズがこまめに面倒を見ているようだ。
今日は庭の冬支度、松のこも巻きや冬囲いの準備をしていたらしい。

園田はその後、青柳と庭の話で盛り上がった。
東京は雪が少ないから雪吊りまではしなくていいだろうが、見栄えの問題でやっているらしかった。

「スズは東北の出自だ。冬支度は得意なのだろう」
「なるほど。東北は雪が深いですからね」
「ああ。一昨年の雪の時も1人で随分と雪かきをしてくれたものだ」

一昨年、東京で記録的な大雪があった。
雪慣れしていない東京では車や鉄道はもちろん、人々の生活にも被害をもたらした。
転げたり慣れない雪かきをしたりする必要があり、外科が随分と儲かったという皮肉があったくらいだ。

そんな話をしている最中、スズが大きな紙袋を抱いて応接室へ戻ってきた。

「お待たせいたしました、園田様」
「すまないね。重くはなかっただろうか?」
「いえ。お包みいたしましたので、よろしければお持ちくださいませ」

紙袋を手渡してきたスズの手は、皮膚が乾燥しささくれ立っているところもある。
祥子の滑らかな肌とは全く違っていて、働く人間の手だった。
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