04.
週に1度しか家に出入りできないのは多少不便であった。
既に2か月が経とうとしているが、大きな進展はない。
焦りは禁物であるし、早々に解決する案件ばかりではないと理解しているが、それでもあまりに微々たる進展がないのはどうにも焦燥に駆られた。

陰鬱とした気分を恢復させようと夜のカフェ街に行くことも考えたが、雨音を聞いて断念した。
足を濡らしてまで行くような場所ではないからだ。
仕方なく、寝室のサイドテーブルに誰かが置いて行ったらしい新聞を持って食堂に向かった。

食堂は誰もいないために消灯されていた。
三好は壁際のスイッチを一度で見つけて灯りを付けた。
どうやら三好以外は外出しているらしく、協會内は静まり返っている。
福本がいないため基本的に食事は当番制で作っているが、今日の当番の波多野はサボったらしい。
1人で食事を作って摂るのは面倒だからと、台所のブランデーだけをロックグラスに注いだ。

グラスをテーブルに置き、煙草を咥え、夕刊に目を通す。
どうにもならない頭の軟弱な政治家たちが集まって話し合いをしている写真を眇め見て、ため息をついた。
どうにも最近の上は視野が狭くて馬鹿馬鹿しい。

パラパラと情報操作に溢れた一面を捲り、生活面に目を通す。
物資の高騰、行方不明人、婦人會の有志によるコメント、立川の被服工場での火事。

「なんだ、三好か」
「なんだとは何だ、神永」

食堂前の廊下で足音がすることは気づいていた。
三好が新聞から顔上げて食堂の扉を見たのと、神永が食堂に入ってきたのとが同時であった。
手ぶらの神永は食堂をちらと見渡して、眉間を寄せた。

「波多野は?」
「知るか。どうせ街だろ」
「ペナルティだな。俺らが帰ってこないと思ったんだろ、アイツ」

神永は一度台所に寄って、グラスとボトルを持って三好のいるテーブルについた。
元々、福本がいれば料理担当は彼なのだが、仕事でいないときは当番制になる。
今日の料理担当は波多野、買い出し担当が甘利だ。
先ほど氷を取るために近くに寄ったついでに開けた冷蔵庫の中には、ほとんど何も入っていなかった。
恐らく、甘利が忘れたか仕事が長引いたかで買い出しができず、それを見た波多野が面倒になって街に出たのだ。

神永はそこには気付いていないようで、文句を言いながらボトルを開けた。
三好は神永の愚痴を無視して、新聞の生活面を捲って、新聞の続きを読みだした。

「おい、三好それ…」
「何だ」
「新聞、貸してくれ」

グラスを傾けていた神永の声音が切り替わったのを理解した三好は、丁寧に畳みながら読んでいた新聞をそのまま神永に手渡した。
神永がそれを乱暴に開くのに殺意を覚えながら、三好は手持ち無沙汰な右手にグラスを収めた。

「火事があった立川の被服工場は関口所有の工場だ。何かある」

神永は唸る様にそう言った。
三好よりも先に関口家に入り込んでいる神永もまた、成果が得られないことに焦る1人だった。
神永は半年以上、関口家に潜伏している。
どちらにしても、中国との関係の深い人間だからつけていて損はないが、如何せん長すぎる。

関口は心証的にはクロなのだが、どうにも証拠を掴ませない。
何度か無人の関口家に忍び込んでもものが出てこないという徹底ぶりである。
そのため、神永は関口の人間関係を全て洗い出していた。

関口家は貿易で得た資源を使って、被服工場を経営していた。
そのうちの1つ、立川工場で火事があった。
今まで殆ど動きがなかった関口の大きな動きに、神永は興奮したように立ち上がった。

「…、ちょっと待て。火事の原因やら犯人やらが見つかったら伝えてくれ」
「何でだ?」
「今まで関口は動きがなかった。それが突然だ、気になる」

突然、と三好は言ったが心の隅で引っかかる部分があった。
何が引っかかるのか言葉にはできなかったが、直感で怪しいと感じたのだ。
論理的なことを好む三好だが、直感を無視するほど愚かではない。
直感は自分の深層心理が生み出す勘であり、自覚するより前に感じていることがきっかけになっている場合があるからだ。

神永は三好の言葉に了解、と答えて食堂を出て行った。
テーブルの上に無造作に置かれた新聞を丁寧に畳み直して、もう一度続きを読み始めた。
内容はどうでもいいものばかりで、最後に目に留まったのは地方の役場の怠慢の記事くらいなものだった。
役所にもしっかりとした政治家を入れなければなるまい、で結ばれた記事は、どうにも胡散臭く、馬鹿馬鹿しかった。
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